砂の街で④
次の日も日差しは殺人的だった。現地の人たちは平気そうだといったら嘘になる。だが、この日差しの下に長時間出ていることが命取りになることを知っているから暑さから身を守る術を知っているからこそこの地域に住んでいられるのだ。どれだけ暑かろうが勝つために外で強制的に練習する学校の部活をするようなことはこの地域ではしないようだ。だから、外に出ても人とはあまりすれ違わない。
今、俺はひとり街を歩いている。
この暑さのせいもあるが夜型で昼間に全然外に出てこない魔女、ハンナの知識を欲しているユーリヤはハンナの活動時間に合わせている感じでイギリス魔術結社の関係者は街中で出くわせることはほとんどない。
一応、俺たちはエルとズーランのばあさんのいる遺跡の捜索を続けて行うことになったが、その仕事は俺だけに任せて欲しいと志願して俺はひとり砂漠の町を歩く。レイランに聞いて町の井戸がある広場にやってきて近くの日陰に腰掛ける。貰った水筒で水を飲みながら俺はそこに来るであろう人物を待つ。
でも、さすがにこんな真昼間に来ないだろうと思って少し日陰で目を閉じる。
―――ゴミクズ。聞こえているなら聞け。お前と話がしたい。
目を開けるがそこは砂色の広場だった。
あの無の空間への入る条件がいまだに分からない。今まであの空間は俺の心の中だとゴミクズから聞いていた。あの空間は無だった俺を象徴するかのように真っ白だった。だが、あの空間にはゴミクズ以外にも赤黒いキョウという奴も住んでいた。多くの謎が混在するあの空間に住んでいるゴミクズは何を知っているのか?あいつはきっと全部知っている。神の法則のことも俺が龍属性の教術が使えたことも。でも、ゴミクズはどうしてそれを俺に教えてくれなかったのか。
冷静に考えてみればあの無の空間というのは本当に俺の心なのだろうか?無だったころの俺はひどく不安定で自分を完全に殺して生きていた。それであの空間が白になってしまったというならばシンの力を手に入れた時点であの空間には色がつくはずじゃないのか?
神の法則は科学であり、物理である。この世界にない概念もきっと正解だ。だが、それ以外にも神の法則で証明することができることがある。それを分かることができれば人はきっとこんなところにはいない。真理を超越した神の領域へ達する。アテナが使うような天使の力はその神の領域に近づけたもののことだ。きっと、初めて教術を屈指して戦ったアゲハも七賢人は第6のグレイもアテナも彼らは無意識のうちに神の領域に近づいて神の法則の答えを無意識のうちに理解しているのではないか?
俺は不意に右手に力を加えて教術を発動させる。物質を分子・原子レベルまで無条件に破壊する力。手のひら付近にある元素ならある程度なら操ることができる。魔術や教術は魔力を別の物質に変えている。例えば、火だったり水だったり。だが、シンの力は魔力を使って元素を操って火を起こしたり水を集めたりできる。
俺も水筒から少量の水を流して地面に流してからその湿った部分で右手のひらを添えれば水を集めることはできる。攻撃に使えないから使ってこなかっただけで俺の操作できない元素はない。そこにふとした疑問が浮かんだ。
俺が今まで戦ってきた奴の中でとある元素を操る教術師がいた。そいつは黒い粉を使って自分を強化したり武器を作ったりして攻撃してきた。でも、その黒い粉は陣の中から生まれたものじゃない。集めているように感じた。
「もしかして、あれは・・・・・」
ふと顔を上げると井戸のところに俺が待っていた人物がそこにいた。
無の空間のことや神の法則のことや元素を操る教術師のことは後だ。今は目の前にあるかもしれないシンの痕跡を追うことが先だ。きっと、それがそのどれかを解決するかもしれない。
水を一気飲みしてその人物の元へ駆け寄る。
「手伝おうか」
と後ろから声を掛けると少女はジト目で俺を睨む。
「別に・・・・・いい」
その少女の顔を見て俺は言葉を失った。
待っていた人物はエルだ。あの砂漠の真ん中では生きるための水を確保することは難しい。だから、こうして毎日のように水を砂漠を越えて運ぶしかない。あの遺跡から一番近い井戸ここだということをレイランに聞いていた。だから、ここで網を張った。
そのエルは額に包帯が巻かれていて頬にはガーゼが張られていて痛々しい姿をしていた。
「それはズーランのばあさんにやられたのか?」
と俺が解いてもエルは黙々と井戸の中に落としたバケツを縄で引っ張り上げる。バケツを上げるとそれをタンクの中に流してまたバケツを井戸に投げる。ただ、その作業も黙々とこなす。縄を引っ張るとき少女は自分の全体重をかけて引っ張るその作業は少女からすれば重労働だ。俺は自然と少女と共にその縄を引っ張る。麻の縄は頑丈だけど強く握るとちくちくと刺さって痛む。その縄にはところどころ新しい血が染みていた。それはエルのものだとすぐに分かった。
急に軽くなったのが後ろから俺が引いているせいだと気付いたエルはじっと俺のことを見つめると作業に戻った。手伝うなとは言わないようだ。バケツがあがってくるとそれをタンクの中に流す。そして、同じようにバケツを井戸の中に落とす。
「いつもこれをひとりでやってるのか?」
質問するが答えは返ってこない。
「ひとりだと大変じゃないか?」
答えはない。
「ズーランのばあさんにそんな傷を負わされて平気なのか?」
ただ縄がきしむ音とローラが回る音しかしない。
「あんなところに住んでいて不満ないのか?」
ちゃぷちゃぷという音が大きくなってきた。バケツが地上に近づいてきた証拠だ。
縄を握ったままバケツを引き上げてバケツの水をタンクに入れてまたバケツを井戸の中に投げる。エルという少女は無表情で感情がないようだ。天真爛漫に笑顔を見せてもおかしくないと年なのに何かに縛られているようだ。
再びエルと共に縄を引いてバケツの水を引き上げる。
ここで少し質問を変えよう。少し俺の興味から外れた変わった質問をしよう。
「エルって好きな男の子とかいるのか?」
瞬間、エルが引いていた縄を驚いたように離してしまった。ローラーが乱暴な音を立てて回る。
「おい!ちょっと待て!」
必死に縄を止めようとするが麻の縄が俺の手のひらを擦る。
「熱い!熱い!こすれて熱い!」
結局バケツは井戸の水面まで落ちてしまったようだ。
「なんで急に離すんだよ!」
手のひらに向かって息を吹きかけて覚ます。
エルは俺の方に顔を見せずに言う。
「私・・・・・好きな人なんて・・・・・いない」
それいる人が言うことだよ。
「どんな奴なんだ?」
「だから・・・・・いない」
とそっぽを向いてバケツの水を引き上げるために縄を引こうとするが、俺が手伝っていないので加える力がさっきと比べて大きくなる。それを見て俺の方を見る。
「なんだ?」
「・・・・・手伝って」
どうやら俺に手伝ってもらったことで楽を覚えたようだ。だが、楽をするというのはそれだけ代償を払う必要があるのだ。
「なら、好きな人っていうのは誰なのか教えてもらおう」
と腕を組んで偉そうに上から目線で訪ねる。
「別に・・・・・いないし」
「いないのならどうして俺と目をあわせようとしない?それはいることを俺に悟られないようにしている証拠だぞ」
「だから・・・・・いないし」
「もしも、いるなら早めに行動することをお勧めするぞ」
香波のことももっと早く行動していればあんなことにはならなかったかもしれないと思う。
「お兄さんも・・・・・好きな人がいる?」
「・・・・・いないし」
「それ・・・・・いる人の反応」
ジーっと俺のほうを見つめてくる。確かに俺には好きな人はいた。香波のことだが、今は当時ほどの好きという感情が彼女から浮かばない。どちらかといえば、俺の好きと言う感情があるのはアキか美嶋あたりな気もするんだが、もうわけが分からない状態だ。このままにするのはよくないとレイランにも指摘されて俺は答えを出すのを未だに躊躇っている。
「・・・・・いるの?」
「だから、いないって」
「・・・・・いる」
何勝手に確信してんだよ!
「そういうエルもいるんだろ!」
「・・・・・いないし。あんなところで・・・・・出会いとか・・・・・ないし」
「確かに」
って納得してどうする!
「なら、俺も好きなこの子というからお前も言えよ!」
と勝手に約束する。
「・・・・・いないのに?」
首をかわいく傾げても無駄だからな。
「いるんだろ。だったら、ここはお互いに腹を割って話そうじゃないか」
「私・・・・・あなたのこと・・・・・何も知らないのに」
そうか。俺が一方的にエルのことを知っているというもの確か変だ。
「俺は国分教太だ。イギリス魔術結社の奴といっしょに行動しているが、俺は結社の人間じゃない」
「じゃあ・・・・・何?」
何かと言われると難しい。なぜなら、俺は敵対しているはずの3大魔術組織のメンバーと手を組んで行動しているからだ。
「俺は俺だ。どの組織から見ても敵でも味方でもない」
「意味・・・・・分からない」
「大丈夫。俺も分かってないから」
俺が向かう先はきっと茨の道だ。いろんな組織と手を組んで嫌われるようなことをやっている。でも、俺は自分の目的のために前に進む。誰も殺さない、殺させない。そして、真の力を理解してMMやフレイナとも十分に戦える力を得て美嶋に認めてもらう。そのために力を得るためにも俺は進まなければならない。
「さて、俺のことが知れたことで俺の好きな人のことを言おうじゃないか」
するとエルが周りをきょろきょろと見渡す。
「もっと・・・・・人のいるところで」
「俺に恥を晒せと!」
「みんなに・・・・・宣言すれば?」
なんで宣言する必要があるんだよ!
「宣言すれば・・・・・きっと・・・・・実る」
実ったらいろいろと面倒なんだよ!特に嫉妬深い香波とかに殺されかねない。
「俺が好きな子は弱いんだよ。強い力を持っているけど弱いんだ」
「・・・・・?」
意味が分からないのもわかる。
「弱いのは心だ。その子は強さを持っていてもそれを振るうだけの屈強な心を持っていない。だから、守ってあげないといけないんだ。俺が」
だから、俺は誰よりも強くならないといけない。
「・・・・・その人の名前は?」
俺は最早抵抗する気は一切なかった。レイランの言うようにこの問題はいつか俺を苦しめる。だから、いっそ答えはもう出しておいたほうがいい。そのほうがその壁にぶつかったときに対処ができる。
「俺が好きな人は美嶋っていう女の子だ。強がりで弱い子だ」




