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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
次の領域
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風は起きる⑧

 目の前に見える光景は未来の光景なのかもしれない。

 白い髪に白い肌の女性。そして、白と黒が混ざったような灰色の髪をした一人の小さな女の子。ふたり同じ白いワンピースを着て麦わらをかぶって浜辺を歩いていた。手をつないで小さな女の子は迫ってくる白波に笑い声を上げてよけた。たまにジャンプしてよけるがすぐに着地して飛び散った波が女性のほうに降りかかる。互いに笑いあってこちらを見た。

 白い女性は梨華で手をつないでいる小さな女の子は・・・・・誰だろう?

 目が合うと笑顔で俺の方に抱かれるためにやってきた。聞こえた俺を呼ぶ声。

 だが、俺はその声を聞くことなくその光景が突然ブラックアウトして目の前の視界が現実世界へと戻ってきた。左腕が斬り飛ばされて腹部も斬られて血が今でも流れ出ている。全身が強打されたことで何本か骨がいっているかもしれない。動けるような状態じゃなかった。

 さっきの光景はなんだったのだろう。

 ふっと俺が立ち上がるための手助けをするように目の前のさっきの浜辺を歩いていた白いワンピースを着ていた小さな女の子が俺に手を伸ばしてきた。

「これでいいの?」

 女の子は俺にそんなことを告げた。

 これでいいのか?

 MMは結晶の浮遊の力でアキナのいる2階へとゆっくり上昇していく。対するアキナもじっとMMに敵意ある強い視線を送り続ける。いくら魔術が使えるようになったアキナでもMMに敵うはずがない。俺が全力を出してこの始末だ。ブレイにせっかく作ってもらった魔武も壊してしまって使えない。俺にはアキナを助けるための武器がない。

 右手で握っていた折れた魔武を手放す。

 すると今度は小さな山小屋に俺はいた。その山小屋は見覚えがあった。俺はいすに座っている。その目の前にあるベッドに寝ている人がいた。栗色の髪をして頬に傷跡が残る男。やつれた顔をしているその男は俺の師匠だ。剣を教えてくれて機関という地獄から俺を救ってくれた恩人。

「奥の手は最後まで隠しておく。基本だろ?」

 そういって細くなったその手で俺に渡してきた一本の刀。短い契約系の風属性の魔武。契約した持ち主が握ったときのみ刃に輝きと切れ味を帯びる武器。

 剣を貰ってゆっくり引き抜いて銀色の刃が輝くと回りの光景が再び変わる。そこは土壁とわらの屋根でできた家だった。ここも見覚えがあった。俺はその家の中で胡坐を書いて刀を引き抜こうとしていた。すると入り口からひとりの少女が入ってきた。つややかな白い髪を持つ少女は泥だらけの顔で胸いっぱいにジャガイモを持ってきた。そして、俺に告げる。

「霧也のおかげで私は生きていられる」

 剣を鞘に収めると今度は知らない光景があたりに広がった。漣が聞こえる浜辺の流木に俺はただひとり座っていた。そして、その隣に傷だらけの俺に手を差し伸べた灰色の髪をした白いワンピースの女の子がいた。

 女の子は握る刀を共に握ってそして引き抜いた。

「大丈夫。私とお母さんは大丈夫だから。お父さんはお父さんが為すべきだと思ったことを最後まで貫いて。私もお母さんも悔いだけを残して終わってしょぼくれるお父さんを見てるくらいなら最後まで自分を貫いてすがすがしい気分で笑うお父さんを見るほうがずっといいよ」

 何を言っているのかわからない。そもそも、俺のことをお父さんと呼ぶこの子はなんだ?

「今は分からなくてもいい。もうすぐ、私やお母さんをいつでも見守ることのできる神の領域に行くことになると思うの。もう、こうやっておしゃべりすることもできなくなる。でも、お父さんは最後まで笑って。笑って私たちを見守って」

 目の前の視界がぼやけて消えそうになる。その前に俺は尋ねる。

 君は誰だ?

「私はまだこの世界にはいない。でも、もうすぐ生まれる」

 女の子は俺の腹に顔をうずめるように抱きついてきた。

「最後にこうやってお話できて私はうれしいよ」

 待て。質問に答えろ。君は誰なんだ?

 女の子は目じりに涙を浮かべながら答えた。

「私はお父さんの子供だよ」

 そこで俺は察した。目の前の女の子が誰なのか。

 最後まで笑って。

 その言葉を胸にとどめて俺は夢から現実に帰ってきた。気づけば、俺の手に握られていたのは折れた魔武ではなく、師匠から譲り受けた右風刀だった。いつ収納魔術から取り出したのか分からない。いや、俺が取り出したわけじゃない。きっと、あの子が取り出してくれたんだ。まだ、生まれてきていない未来の子だ。

 世代は交代していく。若い世代へと後退していって前の世代はただ次の世代の者たちへとその意思を伝える必要がある。俺にはそんな感覚はまったくなかった。そんな次の世代のことを考えるような年じゃないからだ。でも、梨華の腹に俺たちの子を身ごもった時点で世代は次へと変わろうとしている。

 だから、俺は師匠の残してくれた奥の手を取り出した。

 だから、俺は生きているもののために立ち上がった。

 だから、俺は次の領域へ進むために武器を握った。

 俺は俺のことを思ってくれた人のために戦う。利華のために、アキナのために、梨華の腹の中にいる女の子のために。

 俺は戦う。

 風は起きる。

 体が浮き上がってMMの前に立ちふさがる。その光景に誰もが驚き動きを止めた。

なぜ、呼吸している、目は開いている、立っている、武器を握っている、立ちふさがっている。

 答えは簡単だ。次の領域へアキナを導くためだ。

 握る刀をアキナに向ける。しかし、刃は向けない。同時にアキナの背後で魔術が発動する。浴槽の水が抜けるようにして空いた穴はあたりのものを吸い込もうとする。それを確認する峰でアキナを押し出す。涙を流すアキナは必死に手を伸ばすが、その伸ばす手を俺は拒否して刀を引いた。続いてブレイたちも穴に入ると穴は消えた。

 俺の役割は終わった。

「風上!風也!主はなぜわっちの邪魔をする!」

 激昂したMMの背後からダイヤでできた巨人兵が再び姿を現した。そして、大きな腕で作った拳が振り上げられた。逃げる力はもう残っていない。握る右風刀を向ける気力もない。ただ、振り下ろされる拳を見ていることしかできなかった。

「風也」

 俺の隣に梨華が。

「お父さん」

 俺の隣に白い女の子が。

 手を握る。そして、告げるのだ。

「笑って!」

 ニッと笑顔を浮かべるふたりに誘われて俺も笑うのだ。

 世代は次の領域へ。

これにて次の領域はおしまいです。


霧也、安らかに―――。

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