風は起きる⑦
地面が響く鈍い音が建物全体を揺らす天井から埃が降ってくる。倒れそうになるのをブレイさんに支えられる。
「大丈夫ですか?」
満面の笑み。
背中から冷えあがるような震えに襲われる。
「大丈夫です!」
さっと離れる。
「もう、どうしてそこまで僕を拒絶するのですか?僕はここまで君の事を愛しているのに」
「ごめんなさい。無理です」
と何度言えばいいのだろうかと私は思う。
アッキーという偽名でブレイさん一向に混ざって国外脱出を試みるためにこのホテルにやってきた。国外に出ようと決めたのはほんの昨日の話。秋奈さんには伝えたけど昨日の感じだとMMに伝えるようなことはなさそうだ。リンさんもきっとそんなことはしない。組織よりも私のことを第一に考えてくれる人だから。それよりもあの場にどうして風也さんがいたのかが謎だった。
「それよりもさっきから建物が崩れるような音がしているんですけど・・・・・」
「あなたが気にする必要はないです。それよりも急ぎましょう」
急かすように進める歩みを速める。
時空間魔術による長距離移動にはいろいろと制約がある。発動させるための制約ではなく、人が勝手に決めた使用制限だ。時空間魔術を利用すれば多量の戦闘力を持つ魔術師や兵器を一瞬で移動できるために戦いの火が大きくなり収拾がつかなくなると3大組織間で急襲を目的とした使用法を原則禁止している。だから、どの組織も時空間魔術による移動には神経を尖らせている。組織に依頼を受けてやってきたブレイさんも時空間魔術による移動をする際は組織の立会いがないといけないのだ。
その立会人がいる部屋にやってきた。
「失礼します」
とブレイさんを先頭に部屋に入るとその部屋は眩い光が部屋いっぱいに差し込んでいた。それもそのはず。だって、外側の壁がなくなっているから。
「・・・・・え?なんで?」
しかも、その穴はできたばかりのようだった。今でもレンガつくりの破片がぱらぱらと降っていた。そして、部屋の床には何か巨大なものが突き刺さったような大きな穴ができていた。この穴もできたばかりのようだ。
「・・・・・うん。問題ないようですね」
「いや、問題だらけですよ!」
「実は昨日、このホテルに宇宙からやってきた謎の超生物が部屋の壁を突き破って入ってきて床に穴を開けて帰っていたらしいのです」
もしも、本当に超生物がきたとして超生物は何しにわざわざ部屋の壁を壊して入ってきたの?
「どうやら、その超生物は床の材質をすごく気にする奴らしいのです。よほど、この部屋の床の材質が気になったのでしょう」
「もっと、まともな嘘つきません?」
この穴の様子を見れば普通じゃない。さっきの地鳴りも何か関係している。
外の様子を確認するべく穴から恐る恐る外を覗くとそこには半透明の宝石のような材質なできた巨大な巨人がいた。
「な、なんですか?あれ?」
ブレイさんも巨人は目に入っているようだ。
そして、その巨人に守られるように花魁風の赤い着物をまとったMMの姿が見えた。
「ど、どうしてMMが?」
私が国外に出ようとしていることが知られてしまっていると考えるのが単純だ。そして、あの巨人はおそらくMMの教術。MMは自分と同じく位の大きさの六角形の結晶を展開する。それは物理的に破壊することができない異常な硬さを誇るダイヤだ。それを防御と攻撃に使うことは知っているけど、あの巨人は何?材質は六角形の結晶と同じ。どうして、そんなものを出しているのか?
するとどんどんと連続で建物に何か岩でも衝突したような揺れが起きて天井のチリが降ってくる。倒れそうになるのを再びブレイさんに支えられる。すぐに引く。
「だから、どうして僕を」
「ごめんなさい。無理です」
私は強引な男性は苦手です。いや、嫌いです。
すると慌てて部屋の扉を開けて入ってくる人がいた。組織の関係者らしい桜色の花魁風の着物を着た金髪の女性だ。
「ブレイ様。ここは危険です。すぐに安全な場所に一時退避してください」
危険ということはやっぱりMMが誰かと戦っている。しかも、いつもと違う戦い方をしているということは苦戦しているということかもしれない。本気を出せばフレイナさんのように周りを巻き込む危険性があるということだろう。
「その必要はありません。予定通り僕たちは移動先の香港に向かいます」
「ですが、危険です。いつ戦闘に巻き込まれるか分かりませんよ」
「それは承知の上です。承認をお願いします」
バンと迫るように壁に手を突いて組織関係者の女性に迫る。あれが教太さんたちが住む世界で流行の壁ドンとか言う奴だ。この世界でもそんな単語があるかどうか分からないけど、ブレイさんのルックスに頬を赤らめる組織関係者の女性はブレイさんと目を合わせないようにして。
「ご、ご自分で責任を取るのであれば・・・・・」
とあっさり承諾した。
「ありがとうございます。僕はそういう女性が好きですよ」
と頬にキスをすると女性はほてった顔をしてその場に崩れた。承諾を確認するとブレイさんの弟子さんたちが魔術を使って連絡を慌てて始める。MMがここに来るかもしれないからだ。私を国外に出ようとすることを手助けしていると知られればただで済むはずがない。でも、そのMMの足止めをするために戦っているのは誰だろう?明らかにMMは戦闘態勢だ。
開いた穴から外を覗いた瞬間、私が見た光景は一度見たことあるものだった。
MMの手に握られた結晶と同じ素材でできた長い剣。両刃の直剣が振りぬかれて斬り飛ばされたのは人の腕と剣と剣同士をつないでいたチェーン。そして、腕を切り飛ばされた人は切り口から大量の血を噴出して倒れそうになるけど、それに歯向かうように折れた剣で切りかかろうとしてもMMの剣と同じ素材の盾で押し返されてそれによって隙のできたお腹に一筋斬った。同時に血が吹き出て倒れるその人にとどめを刺すように巨人が弾き飛ばして地面を何度もバウンドして私の覗く壁の穴の下にぶつかって止まった。
その傷を負った人を私は知っている。
「ふ、風也さん?」
そのとき、脳裏に再生された記憶。とある戦場で出会った属性に名前を縛られた人たち。その人たちは荒れた土地を耕して暮らしていた。そこが戦場になると属性に名を縛られた彼らは武器を手にして戦った。が、そのうちのひとりが他の仲間をかばって死んでしまった。その人は勇敢で強かった。誰もがその人を信用していたし、恋人もいた。でも、彼は死んでしまった。それも私のせいだ。私が戦いを持ち込んで私と仲間を守るためにひとり犠牲となった。その人の恋人は私に泣いてすがった。
―――返せ。私の風也を返せ。
今でもその声は耳の奥底に残っている。そこで私は禁忌を犯した。この暖かな人たちの助けになりたい。禁忌を犯したことに関して後悔はしていない。でも、私は今ここで自分の過ちに後悔した。
「風也さん!」
腕を切り落とされてお腹を深々と斬られてすさまじい殴打と共に壁に激突した衝撃でもはや虫の息の風也さんの名前をただ叫ぶしかなかった。握られた剣はもう刃としての役目を果たすことは出来ないくらいにぼろぼろに折れてしまっている。チェーンでつながっているはずのもう一本はそのチェーンが切られてしまってMMの後方に風で斬られてチェーンがゆれながら地面に突き刺さったまま。そんな風也さんにとどめを刺そうと剣先を向けるMMも声を上げる私の方に目がくる。
「そこにおったか、魔女」
風也さんに向けられた剣先が離れていく。それだけでほっとする。
後ろで何か慌てた声が聞こえた。でも、気にしていられない。手に十字架を握っていつでも魔術を発動できる状態にする。向こうはランクSで私はランクE。魔術の質も威力も天と地の差があるのは誰の目にだって分かる。でも、引けない。ここで引けば絶対に後悔する。
「今すぐ、風也さんから離れてください」
「なぜじゃ?」
「怪我をしています。すぐに手当てしないといけません。それと後ろの巨人さんと結晶と手に握る剣を今すぐ仕舞って欲しいです」
教術だから発動を解かせたところですぐに発動させてしまうけど、あるよりかはましだ。
「そうか。ならば、主も握っているものを手放せばわっちもそれに応じよう」
「え?」
「こやつの戦い方を見ていれば分かる。魔女、主はこやつから魔力を取り返したか?」
「そ、そんなことは!」
「こやつは二本の魔武で風以外の属性魔術を使う属性戦士の中でもトリッキーな戦い方を仕掛ける奴じゃ。じゃが、さっきまでの戦いで分かったなんし。こやつは風しか使えなくなっておる。考えれば簡単な話じゃ。誰かに伝承させた、いや、返したという言い方のほうがあっているじゃろう」
鋭い人だと冷や汗がでる。MMは絶対防盾というダイヤを使った教術師で別に相手の考えを透視するような教術を使うわけじゃない。そもそも、法則上教術師はひとつの教術師か使えない。教太さんのような例外もいるけどMMはその例外には入らない。
素直に従うしかないと握っていた十字架を手放すと床に音を立てて落ちた。その音を聞くとMMも巨人と周りを浮遊していた結晶、剣と盾を消した。そして、私のいる2階の高さまで上がるために足元から結晶を生成させてゆっくり上がってくる。
どうする?私が国外に出ることをMMはよくないと思っている。だから、ここにきた。なら、私が素直に国外になんて行かないと伝えればこの場は丸く収まる。でも、もしもMMの監視下でずっとここに留まれば私は何も成長しない。何も変わらない。秋奈さんの不安を払拭するために教太さんが国外でがんばっているのに私だけ何もしないで待っているのはいやだ。
でも―――。私が国外に出ないと一言告げれば、私の背後にいるブレイさんたちが危険な目に合う必要もなくなるし、風也さんの怪我の治療にすぐに取り掛かることができる。私は他を犠牲にして強くなることはしたくない。そんなことをして得た強さはいらない。MMに警戒されてしまうことになるけど、国外に出るチャンスはこの後にもあるはず。だから、ここでは一度引いて―――。
「アキナがそんなことを考える必要はない」
私の頭に直接はなしかけてくれたように声が聞こえて顔を上げると風が吹いた。
そのせいで少し顔を上げるのが遅くなるとそこに人影があった。
その人は左腕が肩から先の腕がなくなっていてお腹からはなえず血が流れてでて足元に血が水溜りのようにたまっていく。そして、残った右手に握るのは普通の方と比べたら少し短い刀が握られていた。
「なぜ、わっちの前に立つのじゃ?風上風也?」
もはや、虫の息だった。呼吸しているけど、目は開いているけど、立っているけど、誰の目に見ても分かる。風也さんは戦える状態じゃない。
「風也さん下がってください!あなたはこれ以上戦えません!」
MMがダイヤの剣を生成した。戦闘態勢だ。私もすぐに落とした十字架を拾って何か魔術を発動させて風也さんを後退させないと死んでしまう。また、あのときのように氷華さんたちを悲しませてしまう。あんなことを二度も起こすわけには行かない。
とりあえず、煙幕を発動させてMMの視界を奪ってから風也さんを引っ張って―――とカードを取り出すと風也さんの握る剣の剣先が私に向けられた。
「風也さん?」
風也さんは何も告げなかった。顔は血だらけで目の焦点もあっていないように見えたけど、ひとつだけ分かったことは笑っていた。
すると突然、背後から青白い光が発せられて慌てて振り返ると床に五芒星の陣が浮かび上がっていた。そして、陣を中心に先がまったく見せない真っ黒な穴が出来上がるとそこに風が吸い込まれるように発生する。時空間魔術が発動したのだ。発動させた人物はこの場にはいない。どこか別の場所で発動させた時空間魔術によって発生した時空間の穴がここにつながったということだ。
それを見た風也さんは持つ刀の峰でトンと私を押した。吸い込まれる風の勢いとしゃがんでいる態勢のせいで体はゆっくりと時空間の穴のほうに流れていく。この自然に倒れる動作に抵抗はできない。
「風也さん!」
必死に手を伸ばして押された剣を掴もうとしたけど、風也さんはその剣を引いてしまった。そして、虫の息のその状態で私に言うのだ。
「生きろ。俺の分まで」
視界は時空間の真っ暗闇になる。私が穴に入ったのを確認するとブレイさんたちも穴に飛び込んできた。
「風也さん!ダメです!死んだら嫌です!風也さん!!!!!」
私の叫び声は届くこともなく入ってきた時空間の穴は閉じる。流れる涙は出口の穴へ向かって私に遅れて落下していく。




