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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
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風は起きる⑥

 俺がMMに勝つための必要なたったひとつの条件があった。

 それは慢心だ。ブレイは俺に告げた。MMが一番最後に傷を負ったのは同じ4大教術師のシンに負わされたのが最後だと。しかも、それはまだMMが故郷のローマでまじめに教皇の娘をしていたころというのでかなり前の話だ。MMはそのときに自分が慢心して強敵を目の前にして油断していたのが傷を負った原因だと悟った。それ以降、MMの戦闘スタイルが防御優先になったらしい。そのスタイルがここ数年間変わっていないということはそのスタイルを貫いていけば負けることはないとシンと対峙したときと同様に慢心していると感じた。慢心するということはつまり、油断しているということだ。そこに俺の勝機があった。

 だが、すでに俺の勝つ可能性は限りなくゼロへと近づいた。

 金剛の巨人兵(ゴーレム)という巨大な結晶の巨人が現れた。大きさは俺の5倍以上の大きさがある。今までの結晶とは違って巨人は巨人というひとつの結晶体だ。いくつもの結晶が合わさっているわけではない。だから、さっきみたいに風の勢いを使って押し返すとなるとあの重量のある巨人を押し返すだけの力が必要となる。それはかなり難しい。そして、あの巨人はアンバランスな巨大な腕でMMを守るように囲っている。隙間は結晶のときと比べてれば大きく攻撃はMMに直接刃を入れることも可能になったが、問題は今まで半数が防御に回っていた結晶がすべて攻撃態勢になっているということだ。数は12。いくら今の俺が早くなったからと言ってすべてをかわしながらMMにたどり着けるか?

 今の俺ならできる。天使の力とMMは呟いていたが俺自身はそんな感触はない。だが、体が異常に軽くて力がうちから湧き出てくる。人の目では追えないような速さで俺は動いていた。風属性魔術の中に神風(しんぷう)というものがある。レベル4で俺には発動できないが発動できれば術者の体を風に見立てて風と同じ速さで動くことができるという魔術だ。俺の知り合いに使うやつがいたがあれは人の目で追えるようなものではなかった。俺はその神風(しんぷう)を使っていないがそれと同じことが今ならできる。

 自信に満ち溢れた今の気分は最高だ。負ける気がしない。

 いくらどれだけの強度を誇る相手がいたとしてもそれは攻撃を受け止めたときにその効力を始めて発揮するものだ。つまり、受け止めることのできないスピードで攻撃すればいい話だ。

「怖気づいたか?」

「まさか」

「そうか。それは安心じゃ」

 周りに浮遊して展開する結晶が鋭利な部分を俺のほうに向けて一斉に飛んできた。魔武の風の勢いを使って飛ぶ体をひねらせれば勝手に体がその方向へ移動する。そうすることでMMの攻撃を難なくよけていき近づく。

 巨人の腕の隙間から入り込める。

 狙いを定めて一気に加速するが、開いて隙間を埋めるように巨人が腕を上げた。仕方なく巨人の腕に向かって斬撃をお見舞いするが、案の定斬りつけることはできず火花を撒き散らしながら刃が巨人の腕をスライドしていく。

「なめるな」

 その声が聞こえた途端、巨人が勢いよく腕を振りぬいた。振る抜いた腕の勢いのせいで吹き飛ばされた俺はホテルの一室の窓を突き破って壁にぶつかって止まる。砂埃と部屋にあったメモ帳か何かが舞う。

「さすがに一筋縄じゃいかないか」

 壁にぶつかってひっくり返っていると壊れた窓越しに浮遊する結晶がこっちに向かって飛んできているのが見えた。

「容赦なしか!」

 すぐに横に飛ぶと結晶が壁を突き破って俺がいたところに深々と刺さった。

 危なかったと安堵の息を漏らして結晶が破壊した壁から外に出ようと外を見れば多くの結晶がこっちに向かって飛んできていた。

「嘘だろ!」

 部屋の扉を蹴りあけて走ると俺を追いかけるように結晶が壁を突き破って襲い掛かる。木とレンガでできた壁は砂埃と木の破片を作りながら結晶が飛び込んでくる。物理的に破壊することができない結晶に当たればただでは済まない。

「だが、このままではアキナが時空間魔術を使えない」

 建物が悲鳴を上げて崩れかねない。

「くそ!」

 ほのかに風を起こして飛んで加速する。その先にある部屋と扉を蹴り破るとその先には窓と壁を破壊して結晶が迫っていた。それを股を通すようにして飛んでかわして結晶があけた穴から外に飛び出す。MMとの距離は10メートル以上ある。今の俺なら一瞬で距離を詰められる。MMはすぐに俺がホテルから出てきたことに気づいていない。チャンスはいまだ。巨人は確かに強固でパワーもあるが俺のスピードにはついてこられるはずがない。まだ、さっきの結晶による防壁のほうが厄介だ。結晶を押し出してその結晶の殻にこもるMMにぶつけて攻撃していた。それではたいしたダメージを与えることもできないし、第一斬ることのできない強固な結晶を何度も斬りつけていたら刃が持たない。だが、今の状態なら刃でMMを直接斬りかかるチャンスがある。

 風はまるで俺の手足のように自由が利く。動きもまるで鳥のように自由だ。今の俺に規格外なんて言う肩書きは通用しない。MMを倒して悠々と国外へ行くアキナを見送ってやるとする。

 だから!

 爆発的に風を起こして巨人の背後まで飛んで回り込みながら腕の隙間を見つける。MMの姿を見ることができた。左の魔武で風を起こして俺の体を吹き飛ばして巨人の腕の隙間に向かって右の魔武を突き出して突っ込む。風が螺旋のように帯びて威力が増す。いくら途中で俺の接近に気づいて巨人の腕を上げたところで間に合うはずはない。

「俺の勝ちだ」

 ―――そう確信したのが俺の敗因だった。

「その慢心がわっちを勝たせた」

 その声はあらぶる風の音で聞こえないはずの声だった。鮮明に俺の脳に直接響く声だった。

 俺の突き出す右の魔武の刃は巨人の腕の隙間を縫ってMMに襲い掛かる。

 が、刃はMMに通ることはなかった。

 パキン。

 という高い音共に右手に握る魔武が折れた。

「え?」

 なぜ、折れたのか。風になった俺が見たのはMMの左手には結晶や巨人と同じダイヤでできた盾だった。大きさはMMの体の半分を覆う程度で装飾は何も施されていない。質素な微妙に曲線を描いた長方形の盾は突っ込んでくる勢いに負けず魔武の刃をへし折った。折れた刃は巨人の胸の中で回転しながら舞う。刃が折れても俺の突っ込む勢いは死なない。その勢いを逆手に取るようにMMは盾で押し出して向かってくる俺にぶつけてきた。勢いよく顔面から激突した俺は歯が何本か折れて舞う。

「な、なんだと」

 まだ、隠し玉を持っていたのか。

「まだまだ、これだけで終わると思うなんし?」

 笑みを浮かべるMMの右手に握られていたのは盾と同じダイヤでできた剣だ。両刃の直剣は半透明で輝きを放っていた。盾で殴られた衝撃で態勢を崩した俺は為す術がなかった。

「わっちは攻撃もできるのじゃぞ」

 ダイヤの剣を振り上げる。異常な切れ味だったと切られた感覚で分かった。魔武を握る左腕が骨ごと何の抵抗もなく同時に魔武同士をつないでいたチェーンもろとも斬り飛ばした。山なりに飛んでいった腕と剣は巨人の懐から離れて言って剣は地面に刺さり近くに腕が落下すると同時に俺の切り落とされた傷口から血が吹き出る。その血で着物を汚さないように盾で血の雨から免れる。その血が自分の顔の左半分を染める。

 意味が分からない。MMは俺のスピードには目が追いついていなかった。俺が飛び込んでくるとところもほとんど見えていなかった。そもそも、MMは俺はまだホテルから出てきたところを確認していない。それなのにどうやって俺の攻撃から自分を守った?

血が付着して流れる半透明の盾から垣間見られたのはMMの余裕の笑み。

「あああああああああ!!」

 半ばやけくそに半分に折れた魔武で斬りかかるが、無駄な足掻きだった。盾で簡単に防がれる。押し返されてがら空きになった腹を再び剣で斬りつける。切り口から大量の血が吹き出る。倒れそうになる俺にとどめを刺すようにして巨人が俺を殴り飛ばす。地面をバウンドしてホテルの壁に当たって止まる。

 吐血して視界が曖昧になる。呼吸しているのが、生きているのが奇跡のようだった。

「魔術師にしてはなかなかじゃったぞ」

 剣を片手にMMはゆっくりと俺の元に歩み寄ってきた。

「どう・・・・・どうやって・・・・・俺の攻撃を・・・・・」

「防いだのかと?」

 そうだ。だって、MMは俺の動きについてこれていなかった。

「確かにわっちには早すぎる主の動きを見ることはできなんだ。じゃが、それがどうした?どれだけ早くとも主はわっちの防壁を超えることはなかった。ならば、主がわっちに勝つとしたら直接その折れてしまった刃で切りつけることくらいじゃ。わっちはただ餌をつるして待っていただけじゃ」

 餌をつるして待っていただけだと。

 つまり、巨人を出してわざわざ前よりも防御力の低い布陣に変えたのは―――。

「わっちはただ主が攻撃しやすいように金剛の巨人兵(ゴーレム)で隙間を作った。後は主がそこに飛び込んでくるのは待っていただけじゃ」

 餌というのはMMを攻撃できるチャンス。そして、MMはその餌に食いついた獲物を見事にしとめた。突っ込んでくる勢いを逆手に取った攻撃。

「わっちは使う教術が強力で、異常な防御力のせいで規格外で4大教術師と呼ばれているわけではないなんし。正直に言ってしまえば、わっちは4人の中では下から2番目の実力じゃ。単純な力比べじゃったらフレイナのほうが圧倒的に強いが、わっちにはフレイナにはないものを持っておる」

 MMは自分の頭を指差した。

「戦略じゃ。防御力は高いがそれ以外はそうでもない。じゃが、この防御力は本当に戦略をたてるのには面白い」

 MMは握る剣を逆手に持って俺に向ける。

「主の名はわっちの中でしっかりと刻まれておる。わっちに戦略を組ませるほどの実力のある魔術師だったと。じゃから、眠れ」

 ああ、ここまでか。と思ったときだ。

「風也さん!」

 その声に迫る剣先が止まる。声は上からだった。かすむ視界に写ったのは破壊された壁から顔を出したアキナだった。

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