風は起きる④
MMの絶対防盾はこの魔武では絶対に抜くことはできない。ブレイが改修してくれたおかげである程度は強度が戻ったはずだ。チェーンもすべりがいい。絡まることもなさそうだ。気持ちも強敵を目の前にしているのに妙に落ち着いている。体は軽いが握る剣の重さだけはしっかり認識している。まさに剣と一体になっているといってもいい。この感覚は機関を脱出するときに剣を握ったときの感覚と似ている。あの時は負ける気なんて微塵も感じなかった。
今もそうだ。
MMの足元から八芒星の陣が浮かび上がって囲むようにMMと同じ背丈ほどの大きさの縦長の六角形の結晶が生成される。
「最後の言うぞ。降参する気はないなんし?」
「ないな」
「残念じゃ。主ほどの男を失うことは。じゃが、敵になってこれほどまでに厄介な奴はおらん。死んでもらうぞ」
生成された結晶は全部で8。うち半数がMMの四方をがっちりと固める。残りが俺に向かって飛んでくる。勢いはさほどないが当たればただでは済まないとすかさず横に飛んで向かってくる巨大な結晶からかわす。俺のはいたところに勢いよく飛んできた結晶は轟音と砂埃を上げて落下してその半分以上が地面にめり込む。その威力を物語る。
「おいおい、冗談だろ」
「冗談ではない」
そういいつつ連続で結晶を飛ばしてくる。両手の魔武に風が宿って空を飛んで結晶の軌道からかわす。しかし、最初に飛んできた結晶は残りのとは別の軌道で背後から迫ってきた。
「くっそ!」
身を翻して風の力も借りて何とかかわすが次々と結晶が向かってくる。滞空状態くねくねと迫ってくる結晶からよけ続けるが形勢は圧倒的に不利だ。
「どうした?その場に留まらずに風属性の機動力を使ってよけたほうが楽ではないか?」
確かもそうかもしれないが、それでは俺がホテルの正面玄関に立った意味がない。
「一か八か!」
飛んでくる結晶を紙一重でかわしてそれを足場にして風を爆発的に起こしてMMに向かって突っ込んでいく。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣を構えて斬りに行くが四方を囲む結晶にその刃はまったく通らない。逆にはじかれる。
「間抜けめ」
はじかれて態勢を崩した俺に向かって結晶が降り注ぐ。どすどすと重みのある音が突き刺さる。その衝撃で砂埃が立ちこめて視界が奪われるがMMは焦ることはない。
「手応えないな」
察したMMの振り返ったその視線の先に飛んでくるのは刃のみ。弾かれる。
「チェーンをつなげたことで手を離しても術者の意思で背後から攻撃できる魔武か。わっちじゃなければ効果的であるのに」
次に正面を向き直ると再び斬撃が結晶に弾かれる。俺の姿もMMは視認した。
「機関出身者もその程度とは」
サンドするように結晶が迫る。飛び上がってなんと免れる。剣につながっているチェーンを引いて飛ばした剣を回収して玄関の屋根の上に着地する。そこに向かって結晶が飛んできて屋根を木っ端に破壊する。木の上に着地するも結晶が飛んできて木の幹をへし折る。壁を足場にして飛びのくとその壁に結晶によって大きな穴があく。飛びのいた勢いで地面に叩きつけられるも手を突いて飛び上がって滑るように態勢を立て直している先に結晶が迫る。再び飛び上がって棒高跳びのごとく背中すれすれを結晶が通り過ぎる。その勢いのまま結晶によって完全に防御されているMMに向かって切りかかる。
「無駄じゃ」
「同じ手を何度も試すほど馬鹿じゃない!」
俺がめがけて切りかかるのは結晶同士の境目だ。そこに刃がぶつかる瞬間、魔力を左の魔武に流しかえると別の魔術が発動する。
「風の破裂弾!」
切りかかる二本の魔武を中心にして爆弾のように弾け吹く風が結晶の境目付近で吹き荒れると結晶の境目に隙間ができた。それを確認してから風の勢いを使って数歩でMMから距離を置く。そして、再び剣を構える。
「驚いたぞ。いつの間にそんな魔術を仕組んだのじゃ?」
「いつだろうな?」
MMの絶対防盾について俺の知っている情報はMMの背丈ほどの縦長の六角形の結晶が防御面でも攻撃面で展開するということ。そして、必ず半数は防御に回すこと。もうひとつは結晶を六角錐の形にしてミサイルのように飛ばしてくる攻撃。後、結晶は常に浮遊しているからそれを使って飛ぶことも可能だ。最後にこの結晶はすべてダイヤでできているらしく物理的に破壊することは不可能だということ。基本情報としてはこのくらいだ。俺の知りたいことのひとつは浮遊する結晶はどのくらいの衝撃で動かすことができるのかということだ。これは一度手を合わせなければ分からない。斬撃をお見舞いしたくらいでは浮遊する結晶は動かないが、ブレイが新しく魔武に搭載してくれた風の破裂弾では多少押し返すことはできる。後知りたいのはMMが生成できるあの結晶の数だ。MMは4大教術師と恐れられていても規格外と呼ばれていても所詮人間だ。操る結晶には限界があるはずだ。8つでどれだけの魔力を使っているか分からないが、今ある結晶の数で俺を殺すのに十分だと思っているならチャンスは今しかない。風の破裂弾で結晶は押し返せる。それだけ分かれば十分だ。
「・・・・・目の色が変わった。わっちのような規格外を目の前にしてわっちの力の特性を確認するその冷静さはぞっとするぞ」
俺はまだ何か隠し玉を持っているかもしれないお前の強さにぞっとずる。
「フレイナのバカではないが、少しばかり楽しめそうじゃ」
途端、MMの足元に再び陣が浮かび上がると新たに結晶が生成された。
「嘘だろ」
「嘘ではない。宣言しよう。これがわっちが生成できる結晶の限界じゃ」
数は12。4つは以前MMの周りを固める。残り8つは結晶の鋭利な部分を向ける。攻撃側の結晶の数が倍になった。これだけの数をかわすのは至難の業だ。だが、これ以上は増えないということが分かったことは大きい。あの結晶が俺に向かって飛んできて再び同じ威力の攻撃を行うのに多少のタイムラグが存在する。4つすべてをかわすことができれば斬撃を2発は加えることはできる。だが、2発では足りない。後一発欲しい。そうすれば、MMの絶対防盾が超えられる。
手はある。MMを相手取るのに無策でかかるほど俺はバカじゃない。
「MMを殺してしまうかもしれないが、そのくらい本気でないと俺が死ぬ」
「何をバカなことを言っておるのじゃ?わっちを殺す?」
そんなことを無理だろと余裕の笑みを浮かべている。それが俺にとっては好都合だ。機関を脱出するときもそうだった。敵は余裕そうだった。俺たちごときでは何もできないと勝手に悟っていたのだ。その油断が俺たちにとって大きな救いとなった。この状況はあの時と類似する点が多い。
「行くぞ!」
魔武のチェーンの絡まりを解くために剣を振ってつながっているチェーンを張らせると同時に右の魔武に魔力を流して機動力を魔武から得る。そして、軽く飛び上がって突っ込む。
「ならば、こちらも」
と冷静に結晶を俺に向かって飛ばしてくる。防御に回っていない8つのうち6つ。情報どおり半数は防御に回している。その戦略も俺を有利にする。飛んでくる。結晶のスピードは風属性魔術の機動力があればかわすことは容易だ。1発目を空中で地面に向かって飛んでかわす。地面すれすれのところで地面側に魔武の風を起こして飛んでいく。左右に動いて2発目と3発目が地面に深々と突き刺さる。4発目は俺がかわした先をよんで向かってくる。若干速度を緩めて頭から飛んでいたものを足から態勢を変えて4発目を足場にしてさらに上に跳ぶ。その飛んだ先を狙って5発目と6発目が俺を挟むようにして向かってくる。握る魔武の魔力を左の魔術に転換する。そして、飛んでくる結晶に両剣の剣先を向けてぶつかる直前で風の破裂弾を炸裂させると進行すると結晶の速度が緩む。風の破裂弾の勢いを使って一気にMMに突進する。
後、2つ。攻撃態勢ではなく防御態勢。最初のほうに攻撃を加えて結晶も再び攻撃態勢に戻り始めるころだ。風の破裂弾は機動力を生み出すには威力が高く取り扱いが難しい。だが、扱うが難しいだけで生み出すスピードは今までよりも圧倒的手に速い。
再び両刃から風の破裂弾をロケットエンジンのごとく爆発的に起こしてさらに加速する。
風で髪が引っ張られる。飛ぶことで発生する風圧で顔がつぶれそうになる。だが、生み出されたスピードは防御に回る結晶を素通りする。そして、MMに迫る。
剣を強く握りなおす。
ブレイの魔武は強固だといわれる絶対防盾に勢いよく斬りかかっても折れないだろうかと心配になる。だが、張り替えられた持ち手は今まで使っていたかのように手にフィットする。魔力も俺の意思でうまく流れて魔術も扱いやすい。改修したばかりとは思えないほどの使い込んだ魔武の感覚が残っている。それプラス切れ味も強度も増している。
「信じているぞ!ブレイ!」
風を斬る。空気を斬る。振りかざす刃は絶対に越えられないという絶対防盾を切り裂く。その衝撃であたりのチリやゴミが吹き飛ばされる。ぶつかる刃と物理的には破壊できない結晶同士がぶつかり、こすれることで火花が散る。一向に切り裂けない結晶に刃がぎりぎりと悲鳴を上げる。風によって生み出された勢いと剣で切り裂けない結晶から跳ね返ってくる勢いに剣を弾き飛ばされないようにと握る両手がびきびきと悲鳴を上げる。
ここで負けたいたらすべてが無駄になる。アキナのためにもここで俺が負けるわけには行かない。だから、耐えろ。魔武!俺の腕!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
気合の雄たけびと同時に切り込んでいた結晶が動く。斬れらわけではない。浮遊していた結晶が風の勢いに押し込まれている。刃と結晶間にはいまだに火花が散りばめながら振り切った刃によって押し出された結晶はMMに迫る。それを避けるように小さく後ろに飛びのいた。切り裂いた刃は地面にぶつかって宿っていた風の勢いで地面をえぐり俺の足元に小規模なクレーターが出来上がる。砂埃から結晶越しに垣間見られたMMは至極不愉快そうな表情だった。それを見るだけで俺の中で勝ちだった。
なぜならMMはその絶対的な防御力からその場から動かずとも十分に戦うことが可能だからだ。だが、そんなMMをランクC程度の魔術師がその場から動かざるを得なくさせたのだ。
「どうだ?楽しめそうか?」
「―――風上風也!」
こめかみに血管が浮かぶのではないかと思うくらいの怒りが詰まった声で俺を威嚇した。
同時に結晶が頭上から振ってくる。これを後ろに大きく飛びのいてよける。まるで体から重力がなくなったように軽かった。距離がひらいてしまったが焦りはない。俺はまだまだ全部を出し切ったわけじゃない。うちからどんどん力があふれてくるこの感覚は心地いい。まだまだ、これからだ。
その俺の様子を見たMMは目を見開いて驚いた。笑った。




