風は起きる③
これはアッキーという偽名で国外に出ようとするアキナが部屋を訪れる数時間前の話だ。
「調整終わりました」
「すまないな」
渡された魔武は少しばかりきれいになっている。持ち手も少し硬くなっていることからサービスで改修してくれたのだろうとこのときは思い込んでいた。
「よくもここまで」
と感心していると。
「弟子をひとり生贄にしましたからね」
「おい」
どうりで後ろにいるやつが干からびた顔をしているわけだ。
「左の魔武には要望どおり攻撃系の風属性魔術を組み込んであります。風の塊を作ってそれを爆弾のように破裂させるものです。使い勝手は右の魔武と変わらないのでいいと思います」
「ありがとう」
剣の持ち手を力強く握りしめる。
「覚悟はできているようですね」
「当たり前だ。これから人生の中で一番の山場だ」
機関から抜け出す以上の山場はもう訪れないだろうと思っていたが。
「やはり、風也くんも思いますか?MMがここにくると?」
「思う。リンやリュウガはMMに報告するとは思えないが、どこかでアキナが国外に出る情報を掴んでくるはずだ。正直、外れて欲しいことだけどな」
MMに勝てる気など微塵もない。自信を持って言えることだ。
「MMは来るでしょうね。そうなれば、僕は国外に出ることは許されないどころか殺される可能性があります。彼女のためなら命を張る覚悟はできていますけど」
本当にアキナのことが好きみたいだ。国外に出て悪さをしないかどうかが気がかりだ。
「風也くんは死なない程度にがんばってください。彼女だって君が死ぬところはもう見たくないでしょう」
「分かってる。死なない程度にがんばる。どのくらい稼げばいい?」
「僕がこの部屋を出てから10分程度です。手続きが滞りなく進めばの話ですが」
多く見積もって20分はMMを足止めしないといけないのか。果たしてそれだけ持つかどうか分からない。だが、MMの使う教術については頭に叩き込んである。
「MMはどちらかといえば防御タイプだ。4大教術師と呼ばれる所以はあの破格の防御力にある。だが、攻撃面に関してはあまり話を聞かない」
そこに俺の勝機がある。
「聞かないだけで実際は分かりませんよ」
とブレイが釘を刺す。
「防御力の高さが際立つあまり攻撃力が埋もれている可能性があります。どんな刃も銃弾も魔術も通さない絶対の盾、絶対防盾という名前にだまされているのかもしれません」
「可能性はあるな」
「しかし、絶対防盾という名前がある教術であっても完璧の攻撃を防御することはできません。この世界に絶対はないからです。実際にMMの盾を超えた人は少なからず存在するのですから」
俺の知る中でMMの盾を超えることができるのは教太の力の持ち主であるシン・エルズーランくらいだ。あいつの破壊の攻撃は絶対に防ぐことはできない。実際には防ぐ方法があるかもしれないがMMの盾では防ぐことができないのは確かだ。
「とにかく、死なないでください。君には彼女以外にも待っている人がいるはずですよ」
いたずらめいた笑みを俺に浮かべるブレイは俺の心でも読めているのではないかと疑ってしまう。彼女というのはアキナでそれ以外に俺を待つ人。異世界に残したひとりのために―――いや、ふたりのために俺は死ぬわけには行かない。
立ててしまったフラグを回収させる気はない。俺の運命は俺が決める。
「それはそうと」
ブレイが懐から一枚の紙切れを渡してくる。それを受け取って書いてある内容を見て驚愕して今までの緊張が吹き飛んで別の不安が立ちこめる。
「・・・・・なんだ?これは?」
「何って?請求書ですよ」
それは知っている。




