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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
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風は起きる②

「・・・・・なんだ?これは?」

「何って?請求書ですよ」

 それは知っている。

 だが、その請求書に書かれている値段に冷や汗が止まらない。

「あ、あのな。俺が頼んだのは魔武に搭載されている陣の変更だけじゃなかったか?」

「はい。ですが、ブレイ商会はお客様が望んでいるであろう要望に的確に対応することでお客様との信頼関係を積極的に作っていくことを理念としています。ですので、風也くんが望んでいるであろう、切れ味の回復、磨り減っていた持ち手の交換、チェーンが絡まらないように油差しなどなどの処理を勝手にさせていただきました。そのほうが効率もいいだろうと思いまして」

「効率いいかもしれないが、なぜお客様の財布の状況を見て対応しなかった!」

「僕が相手をするのは財布ではなく、お客様です」

 白を切るな!

 梨華もこいつに武器を調達するときはこういう過度なサービスを勝手に施して金を巻き上げるから気をつけろといっていた。しかも、請求額が破格だ。

「ちなみにこの防臭加工ってなんだ?」

 剣にそんなもの必要か?

「ああ、これはですね。僕が昨日回ったお酒のせいで吐き出した唾液と胃液と枝豆とから揚げの匂いがきつかったのでついで血の匂いが剣に付着しないように加工させていただきました」

 要約するにゲロを剣にぶちまけてしまったのでそれを誤魔化すために防臭加工をしたということだ。

「これはお前が持て!防臭加工せざるを得なくなったのはお前のせいだろ!」

「お客様のためです」

 意志が固い野郎だ。

 ブレイは組織本部の近くにあるホテルの一室で時空間魔術を使った移動をしていた。その前にブレイの泊まった部屋に全員集まる。ブレイには弟子が3人いるらしいのだが、ひとり足りない気がする。

「おい、弟子がひとり足りないぞ」

「今、トイレに行っているのでしばらく待っていれば来るでしょう」

 といったときだ。

「お、お待たせしてしまってすみません」

 と入ってきた一人の少女。セミロングの黒髪をふたつにまとめてまるで中学生のようだ。大きな赤い淵の入っためがねからはドジっ子感があふれ出ている。服装は深緑色の迷彩服の半袖短パンを着ている。背中の大きなバックはブレイたちも背負っているものだ。いつもと全然違うが普通に分かる。

「何してる?アキナ?」

「え!い、いえ。私はアキナなんて名前じゃありません。わ、私の名前は・・・・・そう!アッキーです!」

「怪しさをがんばってしまおうとしているみたいだが駄々漏れだぞ。穴でも開いているんじゃないのか?」

 う~っと残念そうにうなるアキナ。

 いや、雰囲気変えればばれないと思ったら大間違いだぞ。それに偽名からも本名が顔出してるぞ。全然隠れられてないぞ。

「それがお前の考えた作戦か?」

「僕はこの田舎臭いけどもがんばって背伸びしている感じの子が堪らないのですよ」

 お前の性癖について聞いてない。

「最初は透明化とかを使ってこっそりとかも考えたんですけど・・・・・」

「入国管理は厳しいですよ。何人の出入りがあったのかはしっかり記録されます。時空間魔術を使用する際には不当に出入りされないように魔術を使った点検もあります」

「たぶん、透視系の魔術を使っていると思います。そうすれば、収納魔術の中身や透明化で潜んでいる人も簡単に見抜くことができます」

「その辺のことを彼女に伝えて仕方なくこの方法をとることにしたのです」

 もっと、別の方法はなかったのか?

「これだとバレると思うぞ」

 特にアキナは魔女として組織内でも名も顔も知られている。

「そもそも、残った弟子はどうするんだ?」

「置いていきます」

 ひどいな。

「そのうち迎えに行くことにしますよ」

 そのうちっていつだ?お勧めの本があるんだけど、読むかって勧められたときにそのうち読むっと答えるやつは大抵その本を読まない。ブレイの言うそのうちはそれに入らないだろうな?

「とりあえず、やってみないことには何も始まりません。ブレイさんはもしもMMにこのことがバレてブレイさんの身に危険が迫ったときは私を置いていっても構いません。後で言及されたときは私が脅していたといってください。私は魔女なのでその程度のことで驚かれはしないと思うので」

 アキナはこの状況においても自分よりも人のことを気に留める。こんなやつが魔女だなんて誰も思わない。

「別にいいですよ。ですが、僕の仕事は君を安全に国外に出すことです」

「え?仕事?」

「これはお金をとらない仕事です。個人的に君に興味があります。魔女でなくなった魔女が今後どうなっていくのか非常に興味があります。それに」

 アキナのあごに手を添えて目線をあげさせる。

「君みたいな天使の助けの声を聞かないというわけにも行かないのですよ。好きですよ」

「おい!」

 魔武の柄で頭を殴る。

「何をするのですか?」

「アキナを変な色目で見るな!」

 いい年して!犯罪だぞ!

「あ、あの」

 動揺するアキナは笑顔できっぱり答える。

「私の国外に出してくれることはありがたいことです。ですが、ブレイさんの気持ちには答えられません。無理です」

 一瞬で失恋したぞ。

 悲しむブレイは俺のもたれかかる。

「恋って儚いものです。一瞬で咲いて一瞬で散るようなものです」

 咲いて散るまで数秒足らずだったものを恋といっていいのか?

「風也くん。僕を慰めるために今夜も一杯飲んでくれませんか?」

 今から国外出るんじゃないのか?

「いや、恋というのは奥深いものです。どれだけ散ろうがまた種となって花を咲かせることも可能なはずです。ですので、僕は何度でも立ち上がり恋の花を咲かせます」

 迷惑なだけだが?

「何度咲いてもお断りします。無理です」

 誰にでも分かるような作り笑顔は逆に悪意を感じる。

「あのブレイさんそろそろです」

 弟子のひとりが申し訳なさそうに伝えると涙を拭き取っていつものトーンに戻る。

「では、そろそろ行きましょう」

「風也さん。では、行ってきます」

「ああ。気をつけろよ」

「風也さんも」

 そう告げて部屋から全員出て行った。足音がどんどん遠ざかって聞こえなくなってからパンと両頬を叩いて気合を入れる。俺の戦いはここからだ。ブレイから受け取ってまだ収納していない魔武を手に取る。二本の刀の柄から先端からチェーンでつながった刀を握って部屋の窓を開けて飛び降りる。落下速度を魔武の風で衝撃を和らげてゆっくりとホテルの玄関前に着地する。

「まさか、ここでフラグを回収するなんてな」

 そうぼやく。

「何の話じゃ?」

「こっちの話だ。気にするな」

 その目の間にいる女。派手な赤の着物に金箔が施されており背の高い下駄を履いて髪も派手に結ってある花魁風の金髪碧眼の女。組織のボス、MMことミレイユ・ミレーだ。日を避けるように大きな和紙でできた傘を同じく花魁風の格好をした銀髪の手下に差させている。

「どんな用事でここに来たんだ?」

 その用事について俺は知っている。

「別に主に言う必要はないなんし」

 と止めた歩みを再び進める。だが、その目の前に俺たちが立ちふさがる。

「どけ。命が惜しくなければ」

「別に俺は今の命にすがる気はない」

 すでに俺はどうやって生きているのか分からないからだ。俺は一度死んでアキナに魔力と共に生命力を流し込んでくれたおかげで生き返った。これまでアキナの命が魔力という見える形で俺の中で息づいていることを実感できた。だが、そのアキナの魔力を取り出したことでアキナの生命力が俺の中に残っているかどうかも分からない。だから、今俺が生きているのは俺自身の命だ。今まではアキナのためにアキナの命を大切にしようと思った。俺自身が死なないように努力してきたがその枷はもうない。

 これで俺は恩人であるアキナのために命を張ることができる。

「・・・・・紫。下がれ」

 といわれると紫は素直に傘を閉じて下がる。

「枷が外れた猛獣ほど飼いならすのは難しいなんし。主ほどの男なら組織の中でも幹部クラスの力を持っておる。今後の安定な人生のためにどうじゃ?こちらに来る気はないなんしか?」

「ないな」

 即答と同時に右手に握る魔武に魔力を流すと両刃から陣が浮かび上がって風が宿る。

「難しいなんし。話し合いとは」

 MMの足元を中心にして八芒星の陣が浮かび上がるとMMの周りを囲むように縦に長い半透明の六角形の結晶が現れる。

「分からないのなら力ずくで分からせるなんし」

 威圧に負けそうになる。だが、俺は負けない。後ろには俺を救ってくれた恩人。それに異世界には俺の帰りを待つ家族がいる。

「負ける気はしない」

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