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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
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前へ進む⑧

 暗く静かな夜。夏虫の声は聞いているだけで真夏の昼の暑さを吹き飛ばしてくれる。そんな私の生まれ育った日本の夏の雰囲気はこの場所にはない。同じ日本の街の中にあるヨーロッパの風情はその土地が持つ風土というものを拒んでいる。MMがいる組織本部。スペインのバルセロナの町の中に建つサグラダファミリアのような教会がその組織の本部である。それに合わせるように周りもヨーロッパ風のレンガの建物が並ぶ。

 組織は世界3大魔術組織の一角といわれるほど強い力を持つ魔術組織だ。故に魔術を使うことのできない非魔術師(アウター)たちは決して近づくことはできない場所だ。つい、数時間前に魔力を取り戻したばかりの私はここに来る権利はある。けど、組織は私が非魔術師(アウター)になったことは知っていても魔力を取り戻したことまでは知らない。だから、組織側からすれば私は邪魔以外の何者でもない。下手な行動をすれば魔力を取り戻した私が国外に出ることがばれてしまう。そうなってしまった場合にMMという最大の敵が私の国外逃亡を全力で阻止に来ればひとたまりもない。

 そのリスクを背負ってまで私がここにきたのには理由がある。正面の巨大な扉からではなく、裏の小さな扉から組織本部内に入る。魔術で施錠されていて魔術師なければ簡単に入ることはできない。

 扉の飛ぶ近くに刻まれている四角形の陣に手をかざすと陣がかざされたものの魔力を感知して扉の施錠が解除される仕組みだ。手のひらをかざすと扉のカギが外れる。

 ゆっくりと中を覗くと扉近くの明かりが不気味に灯る。人を検知する明かりが灯る魔術だ。動力は魔石なので消費する魔力を少なくするために検知式にして明かりに使う魔力を減らしている。

 その見慣れた廊下をゆっくりと足音を立てないで進むけど、明かりのせいでそれがほぼ意味はない。誰にも会わないようにと祈りながら薄暗い組織本部内を進む。そして、ひとつの部屋の前にやってきた。一見変哲もない普通の扉。ただ、桜の間と書いてある部屋だ。木製の引き違い戸をゆっくり開けるとそこは玄関になっていてその先にふすまがある。部屋の明かりは廊下のように自動ではない。そこは何も変わらない。

 MMのことだからきっと彼女もここにいると根拠のない予想は当たる。

「誰?」

 ふすまの先にいた人物がゆっくりとふすまを開けると私の姿を見て固まる。

「あ、アキ?」

「・・・・・お久しぶりです、秋奈さん」

 異世界において私と同一人物である秋奈さんだ。違うのは髪の色くらいだ。私は黒髪で秋奈さんは茶髪だ。教太さん曰くもともとの地毛は黒い色だそうだ。逆に染めてくれているおかげで私と秋奈さんの判別がしやすくなっている。その秋奈さんはこの世界に来たときはまったく違う格好をしている。藍色に白の花の柄がある着物に桜の簪を挿した和風の姿をしていた。これはMMの趣味だ。

「どうしてアキがここに?だってアキは魔術が・・・・・」

 やはり、MMに私が魔術を使えなくなったことを聞いているようだ。ならば、早めに話さなければならない。戸を閉めて靴を脱いであがる。ふすまの先は生活空間になっている。畳6畳分の小さな部屋。板の間に押入れがある小さな旅館の客室のような部屋の隅に正座してちょうどいい高さのテーブルがあって、その上には魔術に関する本がたくさん並んでいる。隣の押入れの下に布団がしまってあって上の段には魔術に関する資料がぎっしりあった。つい、半年ほど前の話なのに懐かしく感じる。

「秋奈さんに少しお話があります。ここで話したことはMMには伝えないで欲しいです」

「どうして?」

「すごく大切なことです。でも、MMは反対するからです」

 教太さんのこともあって不安そうな秋奈さんを見ているとこっちまで不安になる。

 本題に入る前に少しばかり話をずらす。

「やっぱり、秋奈さんもこの部屋を使っているんですね」

「もって?どういうことなの?というかなんで私がこの部屋にいるって分かったのよ?誰かに聞いたの?」

 最後の質問にはいいえと答える。

「この桜の間は私が魔女だったころに使っていた部屋です。家にも帰らずに組織に加担してひたすら戦場に出ていたころの部屋です」

 何も変わっていない。

「私の魔力のランクが生命転生術を使ったせいで下がったことを期にここを使わせてくれなくなりました。その後、組織に新しい人が入った情報はなかったのでもしかしたらと思ったんです」

 他に理由があるとすれば、私と同じ秋奈さんだから。

「アキはこの部屋で魔女だったんだ」

「そう、魔女だったんですよ」

 孤独だった。人を寄せ付けない悪の象徴だった。誰とも話す気はなかった。だから、ひたすら魔術について勉強した。どのタイミングでどの環境で使えば最適化を徹底的に勉強した。それが私の魔女としての強さ。

「なんか同じアキと道を辿ってる気がするわ」

「それはどういうことですか?」

 よく見れば、私がよく魔術の勉強に使っていた机の上には魔術に関する本が数冊置かれていた。

「なんかこの組織の中で私って少し浮いているって言うか、なんか他の人から避けられてる感じがするのよね」

 それは私のまったく容姿が同じだということが関係している気がする。魔女だから。

「私も少しでも強くなるために、教太やアキを守れるように魔術の事を学んでるのよ。私は全属性魔術を同時に使えるって言う常識外れのことができるからそこに少しでも魔術の知識が加わればいいかなって思ったのよ」

 私や教太さんだけじゃない。秋奈さんもこうして自分でこの疎遠状況をどうにかしようと足掻いている。前と同じように3人並んで笑って歩けるようになるために。そんな秋奈さんなら分かってくれる。勇気がわいた。

「その上で秋奈さんにお話があります」

「なに?」

 久しぶりに私と話せたことがうれしかったのか表情は柔らかかった。

「私は魔力を取り戻しました」

「・・・・・そ、そうよね。じゃないとここにいないわよね」

 驚きながらも自分で私がここにいることの意味を整理する。

「でも、どうやって取り戻したのよ?」

「あまり、堂々といえる方法ではない強引な方法なので内密に」

 人差し指を立てて言及しないで欲しいことを伝える。

「わ、分かったわ。なら、このことをミレイユさんに伝えておくわね」

「えっと・・・・・ああ!MMのことですね!」

 通称で呼ばれることが多いので一瞬誰なのか分からなかった。

「伝えないで欲しいです」

「え?なんで?」

 キョトンとする秋奈さんを見ていると完璧にMMを信頼しているようだ。

「MMは私を国外に出すことを全力で阻止してくると思うからです」

「国外ってどういうことなの?」

 急に心配そうな眼差しに変わる。

「・・・・・私もこの国から出ようと考えています」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!教太に続いてなんでアキまで!」

「魔力を取り戻しただけでは今までと何も変わりません。ランクの低い状態で今まで同じ魔女は続けられません。今の私の似合ったスタイルを確立しなければなりません。そのためには魔術のことをもっと深く知りたいと考えています」

「それだったらここでも!」

「ごめんなさい。すでに私はここの資料の大半は眼を通しています。魔術の故郷であるイギリスに行ってもっと魔術について学びたいと思います」

「待って」

 私の服の裾をつまんで私を引き寄せようとする。

「ひとりにしないでよ」

 それは心からの叫びだった。

「私は秋奈さんの言うように弱いです。秋奈さんのほうが何倍も何十倍も強いです。そんな秋奈さんの不安を消すためにみんな必死に抗っています。教太さんも私もです」

 そのときの秋奈さんの反応を見て知らなかったようだ。どうして教太さんが国外に行ってしまったのか。

「べ、別にアキはここにいていいのよ!ここならミレイユさんもいる!フレイナさんもいる!誰もが強いって認める二人がいるのよ!それに私が強くなる!時空間魔術で突然やってきた強い魔術師や教術師に負けないくらいの強い魔術師になる!だから、アキはここに残っていいのよ!ここに残ってくれれば私が守ってあげるから!」

 私はそっと裾を引っ張る秋奈さんの手を握る。

「その気持ちはうれしいです。でも、もう決めたことです。守られるだけの私は嫌です。みんなでみんなを守れるようになれればもう私たちに死角はありません。だから、秋奈さんも強くなってください。私も強くなります」

「アキ。・・・・・なんで私にこのことを伝えにきたのよ?私がミレイユさんにこのことを伝えてアキが国外に出ることを全力で阻止しようとするかもしれないのに」

 確かにそうかもしれない。それには理由がある。

「私と秋奈さんと教太さんは3人でひとつじゃないですか?教太さんは自分が国外に出ることを決めたときに風也さん経由ではありましたが、私のそのことを伝えてくれました。だから、今度は私が秋奈さんに直接伝えにきました。まだ、私たちが敵同士じゃないってことを証明するためです」

 一度、私と教太さんは秋奈さんに攻撃されている。それでも私たちは敵じゃない。それは教太さんもきっと同じことを思っているはずだ。だから、仲間には行き先や考えを伝える。ごく当たり前のことをしたつもりだ。

「だから―――いってきます、秋奈さん」

 笑顔でまた会えるように。

 秋奈さんが握る手をゆっくりと離した。

「死んだら許さないわよ」

「え?」

「それは確実にありえません。ゾンビになっても生きるつもりです」

 その冗談に笑い声が上がる。

「いってらっしゃい。私も強くなるから」

「楽しみにしています」

 握手を交わす。

「気をつけてね」

 何が起こるか分からないこの魔術世界に対する不安は私よりも秋奈さんのほうが大きいはずだ。だから、その不安を吹き飛ばすくらいの元気よく返す。

「はい!」

 また、3人で当たり前のように学校に行って、空子さんやオカマさんと何気ない日常を送れるように。

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