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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
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前へ進む⑥

 日も傾き空が紫色になるころ昨日同じように俺は城下町の飲み屋が並ぶ平屋建ての通りをひとりでとぼとぼと歩いていた。視界に入る自分の左手を握りしめたり緩めたりしてしっかり自分のものだということを認識する。

「・・・・・俺は生きているんだな」

 まだ、転生魔術が成功して風上風也という人間が生きているのかどうなのかぜんぜん実感が沸かない。しかし、転生魔術後のアキナの様子が変わったことも気になる。お別れとしたのは誰なのか?あの後、曖昧なまま流れてしまったことだ。今のままではいけない。魔術を使えるようになったからといってアキナは魔女に戻る気はない感じだった。魔力の総量からしてそれは無理かもしれないが、魔女のアキナに戻ることで美嶋さんもどれだけ安心するだろうかと考えるとアキナの意思が俺の知るものと少し違う気がした。

 活気のある飲み屋のあるこの通りをどうして俺は二日も連続でやってきたのかというとある人物を探すためだ。昨日、リュウガと共に呑み入った居酒屋に覗くがそこにそいつの姿はなかった。ちなみにリュウガは組織のほうで仕事があるといって脅威に一日中姿を見ていないので今はひとりだ。

「そういえば、泊まってるホテルの場所のメモを貰った気が」

「その必要はないですよ」

 突然、乗りかかるように美形の男、ブレイが現れた。

「僕を探していたんですか?」

「まぁな」

 とりあえず、二日連続で居酒屋に入る。昨日と同じリュウガの特等席だ。さすがに酒を飲む気はないので俺はウーロン茶を頼むが、ブレイは梅酒を頼む。

「それでどうして僕を探していたのですか?」

「・・・・・ちょっと、魔武の調整をしてほしくてな」

 俺は収納魔術を発動させて例のチェーンで繋がれた二本の刀を取り出した。

「調整するって何をどうしたいのですか?」

「俺は雷属性が使えなくなった。だからだ」

 アキナにアキナの魔力を返したおかげでせっかくブレイに作ってもらった多属性搭載型魔武とかいう複数の属性を使うことのできる魔武の最大の利点を失ってしまった。

「なるほど。それで僕に雷属性のほかに何か別の風属性の魔術を仕込んで欲しいとでも言いたいのですか?」

「その通りだ」

 今の風属性の魔術は斬撃が後から風という形で飛んでくるスタイルの風属性魔術だ。そのタイミングは俺がコントロールできる。早いタイミングで斬撃の風を起こせば体を浮かせて飛ぶことができるということだ。斬撃という判定は俺が一任でき、その判定も甘いために剣を振り回していなくても剣を振ったつもりになれば風は起こる。だが、それでは機動力に長けているが攻撃力は乏しい。

「要するに、こっちに攻撃型の風属性魔術を仕込ませて欲しいということですね」

「察しがいいな」

「商人ですから」

 とりあえず、預かって明日にでも返しますと告げてカードの中に剣を収納してカードを懐のポケットに仕舞う。

「突然の依頼ですね。昔の好でなかったら、断っている依頼ですよ」

「突然、頼んで悪かったな」

 とりあえず、頭を下げて謝る。

「それほど、急用なことなのですか?」

 梅酒を一口飲む。

「まぁな」

 今のアキナは何かするか分からない。俺では止められない気がした。だから、いつでも俺は万全の状態でアキナを守らなければならない。いくら魔力を再び得たからといってアキナはまだ弱い。

「僕もあまり暇ではないのですが、明日の昼までには調整を終わらせて起きましょう。搭載する魔術はこちらで勝手に決めていいですか?」

「任せる。魔武の特性と俺の癖を知っているお前なら最適な魔術を組み込んでくれると信じている」

 長年の付き合いからの信頼だ。

「その信頼は商人としてうれしい限りです」

 照れを隠すためか枝豆を一口食べて梅酒を飲み干して追加で梅酒を再び注文する。

「いつまでここに滞在するつもりだ?」

 話題がなくなって別の話題を振る。

「明日には日本を出る予定です。その前に昨日渡したメモに書いてあるホテルに取りに来てください」

「すまないな。忙しいときに」

「忙しいのはいいことですよ。ですが昨日も言ったと思いますが、世界の情勢は戦争準備状態ですから。不安もありますが、商人からすれば品物が売れるのでうれしい限りです・・・・・」

 昨日とまったく同じ話しの内容になりそうで場が持ちそうにないなと思ったときだ。

「あれ?風也ちゃんがいる」

 声が聞こえて振り返るとそこにはさっき分かれたばかりのリンとアキナの姿があった。

「どうしてふたりが?」

 こんな汚い居酒屋にとはいわないで置こう。リュウガの特等席は店のカウンターから近すぎる。

「いや、リュウガちゃんと連絡つかないからここでいつもみたいに飲んでいるのかなって思ったんだけど、まさか風也ちゃんを見つけるなんてね」

 俺も会うと思っていなかった。

「そちらの方は?」

 アキナがブレイの方を見ながら尋ねる。

「どうも、ブレイ・アルベルトです」

 丁寧にお辞儀をする。

「俺とブレイは古い付き合いでたまたま日本に来ているんだ」

 と補足の説明。礼儀としてアキナとリンが自己紹介する。

「・・・・・風也ちゃんって女以外にもそういう美青年に興味でもあるの?」

「あるわけないだろ!」

 どうしてそうなる!

「風也さんって長年の付き合いがある人によく手を出しますよね。氷華さんとか」

「だからって何でブレイまで入っているんだ!」

「後で氷華に報告ね」

「はい。風也さんが男相手に浮気してるって」

「いつもと違う逆鱗に触れて殺されるからやめろ!」

 嫉妬深い氷華は冗談抜きで殺しにかかる。

 するとブレイは俺の肩を叩く。

「あの夜は激しかったですよね」

「何デタラメ言ってんだ。殺されたいのか?」

 冗談さて置きとどうぞどうぞと席を女性二人に譲るブレイ。俺の怒りの不完全燃焼に終わっていらいらしながらもブレイの隣に座る。リンはレモンハイを、アキナは未成年なのでオレンジジュースを頼んで話題はブレイのことへ。

「ブレイさんって風也さんとはどこで知り合ったんですか?」

 そうか。アキナは魔武を使わないからブレイのことを知らないのか。隣のリンは知っている感じだ。おそらく、腰の紐スカートの魔武もブレイ商会製のものなのだろう。

「僕と風也くんは機関にいたころからの知り合いなのです」

「え?」

「ブレイは魔武の生みの親だ」

「そうなんですか!」

 やっぱり知らなかったか。魔武を使わない魔術師や教術師は知らない奴がいてもおかしくない。

「でも、ブレイさんの名前って属性が入っていませんよね?」

 機関出身者の見分け方としては名前にそれぞれの属性の名が刻まれていることだ。俺のように名前を変えてひそかに暮らしているという場合もあるが、ブレイは違う。

「僕は機関にいましたけど、風也くんとは立場が違います。彼は囚われの身で僕は機関関係者です。つまり、僕は機関を管理する側の人間なのです」

「管理する側って風也さんたちを・・・・・」

 アキナは察しがいい。要するにブレイは幼い俺が強制的に魔術の知識を植えつけられて凶悪な戦士として育て上げられた加害者であると。だが、ブレイは少し違う。

「ブレイは主に武器の開発を機関に頼まれてやっていただけだ。武器関連以外のことはほとんど関わっていない」

 実際にブレイという男のことを知ったのは機関を出てからだ。

「ですから、僕と風也くんが加害者と被害者という関係ではありません。ただの友人です」

 まさにそのとおりだ。

 だが、ブレイが機関関係者だったということに敏感に反応したのはリンだった。

「機関って確かイギリス魔術結社の管轄内の施設だったよね?じゃあ、ブレイちゃんはもしかして」

「僕は結社の人間だということにはなっていますが、僕自身はそのしがらみを気にしていません」

 リュウガにもした同じような説明をリンにもする。魔武の販売はイギリス魔術結社にも黒の騎士団にも組織にも平等に行っているということだ。彼は結社の人間ではなく商人として世界各地を回っている。

「うらやましいです。私もそんな風に世界中を旅してみたいです」

 アキナが夢物語のように呟く。この世界において旅行というのはリスクは伴う。

「僕としてはこの3大魔術組織というものの存在自体が必要ないと考えています」

「というと?」

「魔術組織はいわゆる国家同士の同盟みたいなものです。日本という国があって、アメリカという国があって、イギリスという国があります。国単位で土地を切り分けているのにそれをさらに魔術組織というものでさらに繰り分けています。国同士ですらも出入りするのに手続きが面倒でありますのに、そこに魔術組織の管轄内に入るための手続きとかが必要な国もあります。それが僕たちの世界を狭めています」

 それは俺も教太たちの世界に行って感じたことだ。パスポートがあれば基本どんな国にでも旅行にいける。あの世界は自由だった。国々同士のいざこざはあるが、逆に言えばそれだけだ。こちらの世界では国同士のいざこざと魔術組織同士のいざこざが混在する。

「もしも、この世界で魔術組織間のいざこざがなければ、私はイギリスに行ってみたいです」

「なんで?確かにきれいな町だけど」

 リンは行った事あるような感じの口調だ。

「いえ、魔術発祥の地です。私の知らない魔術に関する資料が眠っているという話です」

 結社は魔術に関する情報を秘匿していた時期があったらしい。しかし、それは魔術の知識を巡る戦争の勃発により魔術という技術は世界中に開放された。開放されたが、まだまだイギリス魔術結社は秘匿している魔術の技術があるとされている。魔武もブレイが広めるまではイギリス魔術結社のみの技術だった。そういったものが多くイギリスという地には眠っている。

「魔力を取り戻しても前と同じではダメです。皆さんが知るような魔術の延長線上にいるだけでは何も変わらないと私は思っています」

 アキナの魔女としての強さは持つ魔術の知識とその使い方が長けていたからだ。しかし、アキナの言うように使う魔術は誰でも知っているようなものだ。特性や細かい効力までは知らなくともひとりは知っているような魔術をアキナは深く知っていた。

「教太さんが会いに行っている魔女、イム・ハンナのように少しばかり特殊な魔術を身につけたいと考えています。特に今のランクの低い状態で今までとスタイルを変えていかないと私は強くなれないです」

 コップを握る力が強くなる。

「それに最近冷静に考えてこの世界の魔術の常識が少し変に感じるんですよ」

「変って何が?」

 強く握りしめていたコップのジュースを飲み干す。

「教太さんたちの世界ではいろんな知識を学校で教えてくれます。読み書きや計算は当たり前ですし、歴史や政治、地理、この世界にはない化学、物理も何も抵抗なく教えてくれます。ですが、この世界はどうですか?読み書きや計算は教えてくれます。それ以外はどうですか?特に魔術に関して」

 俺は機関にいたせいでこの世界の常識的な教育というものを知らない。リンとブレイはしばらくしてから答える。

「なんか抵抗を感じたというか、しっかり魔術のことを知ったのは組織に入ってからだね」

「僕も幼少のころから属性魔術と無属性魔術のことは知っていましたが、魔方陣や魔力の波長については仕事をはじめてから知りました」

 俺はすべて機関で学んだ知識がそのまま生きている。

「魔術の知識はすべての発信元はイギリス魔術結社です。何か知られないために結社は隠し事をしていると考えています。でなければ、この世界の中途半端な魔術師の教育環境はなんですか?」

 教えたいのか教えたくないのか分からないということか。それは何かを隠していてそれを知られたくないから魔術の知識面である程度コントロールが利くイギリス魔術結社が何か裏で手を回していると。

「私は魔女でしたが、魔術についてまだまだ無知な部分が多いです。だから、イギリスに行ってこのもやもやを消したいと考えています」

 胸に手を置いて自分の思いを俺たちに告げる。

「でもさ、それってボスが許してくれるとは思わないよ」

 リンが待ったを掛けるように告げる。

「前に教太ちゃんが国外に出ようとしたときにボスが直接引き止めに出てきたらしいよ。そこで拳吉ともぶつかったって話だよ。アキナちゃんもそれなりに回りに与える影響力が大きいからたぶんボスが止めに来ると思うよ」

 魔女としてのアキナはリンの言うとおりに与える周りの影響は大きい。ただの一般人だった教太があそこまで強くなれたにもアキナの助言があったからだ。実際に逃亡戦争中も魔女としてのアキナがどれだけ戦場に影響を与えていたか。

「分かっていますよ。でも、今の私は国外に出る手段がないです」

 長距離の時空間魔術を使う魔術師、ツクヨは旅行に行ってしまったということで行方不明だ。現状は日本から出る方法としては船か外部から時空間魔術でこの日本につないでくれる以外方法がない。

「僕は国外に出る方法を持っていますよ」

 そこに天の一声が。

「え?」

 一斉に天の一声を放ったブレイに目線が集まる。

「なんていいました?」

 アキナが聞き直す。

「僕はこの国に入ってくるときに時空間魔術を使ってきました。MMが容認しているものです。明日、この国を出る予定です。いっしょに行きますか?」

 それはアキナにとってまたとないチャンスだ。しかし、導くものがいればそれを止めるものもいる。

「いいわけないよ!教太ちゃんの時と同様にボスが出てきたらひとたまりもないよ!」

 同じように拳吉が出てくるとは限らない。教太が無事に国外に出られたのは拳吉がでてきたことが大きい。以前のような衝突が二度起こるとは考えにくい。拳吉自身もこれ以上組織と中央局との間に溝を大きくする気はないだろう。国のことを第一に考える拳吉なら組織との協力関係を完璧に崩すつもりはないだろう。

「そうですけど・・・・・このままでは何も変わらない。変わるためにはリスクが生じます。そのリスクに怯えていたら何も変わりません」

 教太は変わるためにMMに対抗することを選んだ。この魔術世界において頂点に君臨しているとも言える強者との対抗だ。俺だったら絶対に無理だ。だが、それによって教太は国外に出て別の魔女と会って俺たちの見えないところで強くなっている。3大魔術組織が自分たちの魔術組織と同等の勢力になるのではないかと警戒されているくらいに。アキナも自分を強くするために教太と同じようにリスクを負おうとしている。

「私はアキナちゃんに死んで欲しくないよ。私だけじゃない。風也ちゃんもそうだし、教太ちゃんだって同じことを思っているはずだよ。私がボスに掛け合って組織が保有している魔術に関する資料とかを全部アキナちゃんが見られるように手配するから・・・・・だから・・・・・お願いだから、無理しないで」

 リンの涙腺が緩む。そんなリンの頬の涙をアキナがぬぐって胸にリンを抱き寄せる。

「心配する必要はありません。私は大丈夫ですよ。教太さんのためにも秋奈さんのためにも死ぬ気なんてさらさらありませんよ。・・・・・それにですよ」

 場を切るように魔女としてのアキナが一瞬だけ垣間見れた。

「今の私には魔力があるんですよ。方法はいくらでもあります。MMと戦うことを回避する方法くらい、魔術が使えれば―――」

 アキナには何か考えがあるようだった。それはMMが、アキナが魔術を使えない、ということを前提にする考えだ。あの魔女、アキナが言うことだ。必ず、成功するだろうとその場の誰もが思った。

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