前へ進む④
遠くなった意識の中で私が見たのは真っ白な空間だった。あたりを見渡しても見えるのはどこまでも続く地平線だけだ。立ち上がった私は何か導かれるように歩み始める。どこまで続く白い地平線は気が狂いそうだ。そんな地平線の先にひとつ小さな突起物を見つけた。それに吸い込まれるようにその地平線の中にある突起物に向かって歩く。その突起物がどんどん大きくなっていくとそれの形が鮮明になってきた。それは家だった。色は空間と同じで真っ白だった。でも、形は山の中にあるような丸太作りのログハウスだった。玄関と思われる扉がある。私はそのドアノブを触れてひねると扉は簡単に開いてしまった。
「え?」
ゆっくり引いて中に入ろうとすると誰かが私の手を突然引いた。
突然、音もなく近づかれて手を引かれたことに驚いてきゃっと悲鳴を上げて引かれた手を振り払ってしまった。振り返るとそこには誰もいなかった。
「な、何?」
そもそも、ここはどこなんだという疑問がここで始めて浮かぶ。そして、私の手を引いたのは誰なんだと疑問がログハウスの中に入ろうとしていた私を外へと導き出した。周りを見渡しても見えるのは同じ真っ白な地平線だけ。
目が回りそうなくらい見渡していると足音が聞こえた。思わず振り返ると影がログハウスの裏手にまわって行った。
「待ってください!」
呼び止めてその影が自らやってくることはなく追いかける。
ログハウスの裏手に回ると初めてこの謎の空間にやってきてはじめて自分以外の色のあるものを見つけた。赤のチェックのスカートに無地のワイシャツに黒髪を後頭部にまとめたポニーテールの少女は誰かとまったく同じだった。
「だ、誰ですか?」
身構えるけど、今の私は丸腰だ。
その誰かは振り返らずに私の質問に答える。誰かとまったく同じ声で。
「誰って私は魔女ですよ」
その誰かは私の振り返るとその姿を見て私は悪寒を覚えた。その誰かは私だった。魔女、美嶋秋奈だった。
「ど、どうして私が目の前に?」
困惑する。目の前に自分とまったく同じ姿をした人がいる。きっとただのそっくりさんだと冷静に考えればそう思うだろう。でも、声にしぐさに目の前に鏡であるんじゃないかって思うくらい目の前の魔女は私だった。
「どうしてってあなたが私を望んだからですよ?」
「え?どういうことですか?」
「そのままの意味です」
笑顔の意味が分からなかった。
「あなたは魔女に戻る気はないようですね。一度、半分切り捨てた魔女としての力を取り戻してもあなたの中は以前と比べ物にならないもの変わっていました」
「比べ物にならないって何がですか?」
ゆっくりと歩み寄ってくる目の前の魔女は私の左胸を指差して触れる。
「ここですよ」
ここって?
「だから、この空間は白くなったんですよ。前までどす黒い色をしていたんですけど、いろんな人と出会ってあなたは変わりました。だから―――」
目の前の魔女の姿が徐々に薄れていった。
「え?ちょっと!」
「私はあなたの中にいた魔女ですよ。小さくて弱かったあなたが自分を強くするために無理やり作った人格です。魔女としてあることで強くあることで自分の存在意義を示してきました。でも、その必要はもうないようですね。私も必要ない」
「何を言っているんですか!」
何も教えてくれないまま消えないでほしかった。いや、違う。目の前の魔女に私は消えてほしくないと感情が高ぶった。
「これからは自分でどうすれば強くなれるか、どうすれば前と同じ過ちを繰り返さないで済むかを自分で考えてください。今のあなたには魔女だった私にはなかった強さを持っています」
「待って!」
私は消えかかる魔女の手を握った。すると消えることに吹っ切れた顔をしていた魔女が鳴きそうな私の顔を見て驚いた。
「どうしたんですか?あなたは魔女だったころの自分を嫌っていたはずですよ。冷酷で残虐な魔女で誰からも近寄られない存在だったことに」
確かにそうだった。魔女だって言うことで私のことを毛嫌いする組織の人もたくさんいた。いまだに組織の人は私のことをアキナではなく魔女と呼ぶ。これは罰なんだと、それを償わないといけないと私は二度も命を削った。自分の罪を償うつもりで。
それをやるまで私を支えてくれたのは他でもない。
「私を助けてくれたのはあなたですよ、魔女さん」
目の前の魔女さんは戸惑った顔をしたまま表情を固める。
「私が魔女にならなかったら今の私はありませんでした。風也さんに出会うこともなかったし、教太さんや秋奈さんにも会うことはなかったです。それもこれもすべて私が魔女だったからです。今まで私が私でいられたのはあなたがいたおかげです」
額と額を合わせるように顔を近づける。
「ありがとうございます」
すると表情が固まっていた魔女さんの瞳から一筋の涙が流れる。
「ち、違います!私は魔女です。冷酷で残虐で誰もが嫌う負の存在です!」
「私にとってはとても大切な存在でしたよ」
同じように笑顔を向けるとさっきと立場が変わったみたいにその笑顔にどう反応していいか分からない感じだった。でも、すぐに涙を流しながら笑顔になった。
「そういわれると私もうれしいです。でも、もうあなたに魔女は必要ないようですね。魔女がいなくてもあなたは強くなれます。私は消えてしまいますが、ずっと見ています。魔女、美嶋秋奈ではなく魔術師、三月アキとしてのあなたのことを」
それを告げると目の前の魔女は私の前から消えてしまった。同時に真っ白だった目の前の景色がゆがんでいって再び意識が飛んで今度は真っ暗な空間に飛ばされた。目を閉じて飛ばされた空間をただ漂っていると声が聞こえて目を開けると真っ暗な空間からひとつ筋の光が差し込んでいた。私はその光に手を伸ばすと吸い込まれるように光に突っ込んでいって眩しさに目をしかめて目をゆっくりと開くとそこには心配そうな眼差しで私を見つめるリンさんの姿が映った。
「アキナ!」
同じように私のことを心配そうに見つめる風也さんの姿もあった。体を起こすと風也さんの声に目を覚ました私を見て不安から一気に解き放たれたリンさんが泣きながら私を抱きついてきた。
「良かった。・・・・本当に良かったよ、アキナちゃん。このまま目を覚まさないかと思ったよ」
本気で私を心配していた。そのことがうれしかった。
「おい?アキナ?どうした?」
「え?何がですか?」
私の顔を見たリンさんが再び心配そうな顔に戻る。
「アキナちゃんどうしたの?なんで泣いてるの?」
「え?」
すると私の頬を涙が流れる。それを皮切りに涙がどんどんあふれてきた。
「あ、あれ?何ででしょうね。涙が止まりません」
私の中でずっと私を支えてくれていた魔女がいなくなった。それは誰もが望んでいて私自身も望んだことだ。でも、私のために自身に傷をつけ続けた私の中の私がいなくなってしまったことが悲しくて涙が止まらなくて声を上げて泣いた。
誰も知らない領域で私は魔女ではなく、ただの少女になった。このことは誰も知らない。




