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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
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前へ進む③

 頭が痛い。昨日は酒を飲みすぎた。アキナのこと、教太のこと、美嶋さんのこと。そして、梨華のことだ。今まではアキナのために梨華のためにと自らの力を使ってきたが現状は今までは違う。かなり複雑になっている。教太は国外に、アキナは非魔術師(アウター)に、美嶋さんはMMの元にと今まで一緒に行動していた仲間がバラバラの方向に動いている。それをすべて把握することは不可能だ。特に教太は今どこにいるのか全然分からないが、ブレイの言った教太が第4の勢力図になりうる可能性を持っているということでそれぞれの巨大魔術組織が警戒を続けているということは生きている何よりの証拠だ。

 そんないろんな難しいことを考えるのが嫌と言うわけではないが少しばかりは沸騰する頭を落ち着かせるためにアキナに剣を教えるのもいいだろうという心境で今日もアキナの家にやってきた。

 焼け野原の森を抜けてぽつんとたたずんでいる小さな木製の二階建ての家。表札にはアキナのほかにふたりの名前が書かれているがそのふたりはもういない。寂しさから俺の知らない憎しみがあんな小さな少女を凶悪な魔女へと仕立て上げた。今のアキナには魔術を使うことができない。魔女は魔術を使ってこその魔女だ。それ以外にも教太や美嶋さんとの出会いで寂しいものだったアキナの環境が激変したのもアキナを魔女でなくさせた理由だ。教太の言うようにこれからはひとりの女として魔術の運命を背負わずに生きてほしいと俺も思っている。

 ガラス戸の玄関から入ることはほとんどなく庭の縁側からいつも家の中に入っている。

「おはよう。今日も剣の稽古に・・・・・」

 その光景を見て俺は言葉を失った。

「な、なんだ?これは?」

 広い焼け野原の庭に白い白線で直径5メートルほどの円が描かれておりその中央には五芒星が描かれており交差点にはキーホルダーほどの小さな十字架が地面に刺される形で立っている。人の外側には筆記体で何か書かれているが陣を作成するということをしない俺には読むことはできないが、陣の素材に十字架を使うということはこの陣がどんな魔術なのか俺は知っている。

 その巨大な陣に目を奪われていると縁側にアキナとリンが立っていた。

「おはようございます。風也さん」

 丁寧にお辞儀をして挨拶をするアキナ。

「これはなんだ?」

 分かっているのに違うのではないかと思わず陣に向かって指をさして尋ねてしまう。

「・・・・・転生魔術です」

 言いにくそうに答える。心配そうな眼差しを送るリンだが、声を掛けなうようにしているということはこれは誰の意思でもなくアキナの意思ということになる。なぜ、転生魔術を用意したのか?考えるまでもなく今のアキナの置かれた状況から推察すればやりたいことは大体予想がついた。俺がここにいて梨華と関係がここまで回復したのはすべてアキナのおかげだ。この身を捧げる覚悟はとっくの昔についている。

 俺はこの世界に来るときにとんでもないフラグを立ててしまっている。そのフラグを回収されるだけのことだ。仕方ないと割り切る。

「そうか」

 ゆっくりと陣の中央へ向かう。

「待ってください!風也さん!」

 俺を止めるアキナの声は明らかに震えていた。足を止めて縁側に立ちすくむアキナを見つめる。

「わ、私は!私はこのまま弱いままは嫌です!教太さんも私たちの見えないところできっと強くなっていると思います。秋奈さんのために!秋奈さん自身もMMとフレイナさんのところで自分の身と私を守るために着々と力をつけていると思います。私だけ・・・・・私だけ何もないんです。魔女でない私はふたりの助けになることが出来ません。・・・・・何もできません」

 確かに今のアキナのままでは手助けになるどころかお荷物といってしまっても過言ではない。だから、戦いには出ないほうがいいと思っている。剣も銃も扱えないアキナには無理だと。だが、魔術という武器を再び手にすることができれば話は変わってくる。

「だから、俺の魔力を貰おうと?」

「え・・・・・は、はい」

 覚悟はしていた。

「・・・・・俺は正直生まれ育ったこっちの世界よりも教太たちの住んでいる魔術の無い世界のほうが住み心地がいいと感じている。実際に氷華に雷恥や火輪もそこで仕事を見つけて生きついている。あの世界に魔術はいらないと教太同様に俺も思っている。ならば、この力はもう必要ないのかもしれない」

 握りこぶしを作る。

「俺はアキナと違って剣が使える。だから、心配せずに」

「それじゃダメなんです!」

 アキナの高い声が焼け焦げた森に響き渡る。

「それでは風也さんが報われません。他人を不幸にして私が幸せになるなんてことは出来ません。それでは前までの魔女、美嶋秋奈と何も変わりません。私は風也さんたちと教太さんたちと出会って変わりました。不幸な自分が惨めだから他人を不幸にすることで自分の不幸を軽いものにしていた。それではただの魔女です。今の私は魔女ではありません」

 素足のまま縁側から庭に出てきた。

「今の私は風也さんに生きるということを、教太さんに守られることを、秋奈さんに女の子としての生きがいを教わりました。皆さんから教えてもらって出来上がった私を捨てたくない。このままでいたい!でも、このままでは教太さんも秋奈さんもいなくなってしまう!それは・・・・・・もっと嫌です」

 アキナは震えた声で俺の元までやってきて体を預けるように額を俺の胸に当ててくる。

「だから、私はこれからも魔女として生きないために一度だけ―――これを最後に魔女ではなく、あの世界の、あの、魔術のない明るい世界の三月アキとして生きていきたい。だから、風也さんの中に定着している私の魔力を私にください」

 俺の中に定着しているアキナの魔力とは俺の生き返らせるためにアキナが使った生命転生術で俺のほうに寿命と一緒に流れた魔力のことだ。その魔力のおかげで風属性の魔力の波長を持つ俺が魔術の法則上使うことのできない雷属性の魔術を使えている。それは2種類の魔力の波長を持っているからだ。ひとつは俺が元々持っているものでひとつはアキナのものだ。

「俺の中に流れているアキナの魔力だけを取り出すことが可能なのか?」

 俺が一番気になるのはそこだった。

 アキナは目元を裾で拭き取って強く答える。

「可能なはずです。シンさんの力の伝承させるために多くの魔術師、教術師に転生させては失敗してカードに収納しています。シンさんの力だけを取り出して繰り返し転生魔術を行っていたのなら風也さんの中の私の魔力だけを取り出すことも可能なはずです」

 そこにいたのは魔術が使えないだけの魔女だった。

「しかし、シンさんのときと違うのは風也さんに転生させた魔力は寿命送る際に一緒に転生されたものです。どんなリスクが生じるか全然分かりません。それに私は魔力を持たないので発動自体は風也さんかリンさんにお願いします。もしかしたら、風也さんの魔力を失ってしまうかもしれません。ですが。私は」

 一生懸命話すアキナの頭をなでる。

「風也さん?」

「そんなに自分を責める必要はない。この魔力は元々アキナの魔力だ。俺はそれを借りて使っていただけだ。それに俺はアキナのためなら命すら捧げるつもりでいるのは今でも変わらない。救ってもらった命をお前のために使いたいと考えていたからだ。だから、そのリスクは承知だ」

 俺はアキナの手を引いてポケットから十字架を取り出す。

 アキナのためなら魔術が使えなくなってしまっても悔いはない。逆にこれは本望だ。

「最初に何をすればいい?」

 尋ねる前にアキナは急に改まる。

「あの風也さん」

「なんだ?」

「もしも、これで魔力の転生がうまくいったなら、私にお願いがあります」

 お願いだと?

「これから私を守るために命を張らなくてもいいです」

「はぁ?」

「風也さんが氷華さんよりも私を優先するのは私が風也さんの命を救ったからです。でも、この転生魔術が成功すれば、そのしがらみは消えます。私が風也さんを生き返らせるために流した魔力が消えれば、そのときの風也さんは私のおかげで生きているというわけじゃなくなります。だから、風也さんは私のためではなく氷華さんのために生きてください。これがおそらく私の最後のお願いです」

 再び頭を深く下げる。俺がアキナを追いかけて教太たちの住む世界に氷華を置いてきてしまった。その罪悪感をアキナはずっと抱えていたということになる。俺の勝手な借りのせいでふたりの女を困らせていたということになる。本当に馬鹿みたいなことを俺はやっていたんだな。

「分かった。ただし、それは成功したらの話だ」

 顔を上げるアキナの頬から流れる涙を拭き取る。

「アキナが俺たちの心配なんてする必要はない。アキナは教太と美嶋さんのことだけを考えていればいい。俺は大丈夫だ。だから、今は自分の力を取り戻すことだけに全力を注げ!」

 最後は強く言い放つとアキナもそれに合わせるように強く返事をする。

「・・・・・まるでアキナちゃんと風也ちゃんが恋人同士みたいだね」

「な!」

「それは絶対ないです!風也さんには・・・・・氷華さんがいるんですよ」

 なんでアキナは震えているんだ?

「じゃあ、はじめようよ。もしも、危険だと思ったら叫んで私の時空間魔術を使って強引にふたりを陣の外に出してあげるから」

 紐スカートの一本をもむしりとって告げる。

「お願いします。風也さんには転生魔術の発動をお願いします」

「分かった」

 いったん深呼吸する。大丈夫だ。この魔術を指揮するのはあの魔女だ。成功しないわけがない。

 アキナも陣の中央にやってきて同じように深呼吸する。

「お願いします」

 その瞳から感じられるのは覚悟だった。

 教太と美嶋さんと共に戦いこの世界から帰るんだという魔女、美嶋秋奈ではなく、三月アキとして意志だった。俺はそれに答えるように精一杯魔力と祈りを十字架にこめて陣に打ち込む。

 青白い光が白線の上を走るように広がっていき陣の交差点につきたてられていた十字架が同じように青白い光に包まれて、光が十字架の輪郭だけを再現して巨大化し、十字架が俺たちを囲む。そして、十字架から稲妻のように走る青白い光が俺にぶつかってはじけると刺すような痛みが全身の節々を襲う。だが、それはほんの一瞬だけで消えると同時に稲妻も目的を終えたように引いていって同時にアキナに十字架から走る稲妻がぶつかり同じように痛みを生じたのか顔をしかめると魔術はその発動の役割を終えて静かに光が消えた。

 痛みで頭がくらくらするが倒れずに何とかその場で立ち続けることができた。しかし、アキナは魔術の発動の光が収まるとゆっくりと倒れてしまった。

「アキナ!」

 駆け寄ろうにも全身の痛みが俺の意識を遠のかせてゆく。伸ばす手はアキナには届かずに目の前の視界も真っ暗になる。リンの声が聞こえたが俺はその声にこたえることはできなかった。

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