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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
人の領域
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異界にて⑥

魔力剥奪制度とは

魔石を人工的に作る際に利用される制度。

世界的に魔石の不足により人口魔石の作成が急がれた。

16歳以上のランクがF以下で成長が見込めない魔術師を対象に魔力を永久に奪う。

 将軍様の行きつけの店とか言ったら高級な懐石料理店とかだったらどうしようと考えていた。いや、この徳川拳吉という男はMMと同じように作法とか気にしなさそうだけど、周りの人々はそうもいかない気がする。そもそも、こいつが将軍ならば、作法とか悪くとも将軍相手に作法が出来ていない、行儀が悪いなんて注意する輩なんていないはずだ。そんなところには行きたくないと思っていた。

 そんなことを思いながら拳吉の部下に周りを囲まれながら、拳吉の後をついて行く。周りの風景が低い木造の平家が目立つようになってきた。少し町の中心部から外れると江戸時代くらいの風景が未だに残る場所もあるんだなと感じた。

「着いたぞ!」

 大声でそう宣言して拳吉が足を止めたその店は平屋の一角にある赤い提灯が店先に出たどう見ても普通の庶民的な汚い居酒屋にしか見えない。

「え?ここなの?」

 美嶋も驚いているようだ。それもそうだ。俺も驚いてるよ。まさか、天下の将軍様がこんな居酒屋を行きつけの店にしているっておかしくないか?もしかして、こういう風貌をしているが実は中が京都みたいな日本庭園のある店とかだったらするんだろ。きっと、そうだろ。

「中京!上京!下京!付き合せて悪かった!今日はもう帰っていいぞ!」

 拳吉がそう言うと3人は会釈をして帰って行った。

「じゃあ、俺たちも帰るか」

「そうですね」

「ほら!行くぞ!」

 ガラガラという音を立てて扉を開ける。

「へい!いらっしゃい!」

 という生きのいい声。

「よう!おやじ!今日も来たぞ!」

「おお!拳吉様じゃないですか!」

 ・・・・・・あれ?普通の居酒屋だぞ?

 中に入ると酒の匂いで満たされていているだけで酔ってしまいそうだ。

「私ここ苦手なんですよ」

 そうアキが俺の耳元でつぶやく。

「あたしも長時間はいたくないわね」

 同じく美嶋も呟く。

 まぁ、同一人物なので嫌なものが同じでも驚きはしない。

「ここが俺の特等席なんだ!お前たちもこっちにこい!」

「遠慮します」

「そう固いこと言わずに!」

 拳吉には聞く耳が存在するのか怪しくなってきた。

 拳吉のいう特等席というのは店の一番奥のカウンター席だ。拳吉の隣に俺が座り続いて美嶋、アキという順番で座る。拳吉が隣にいることに若干の悪意を感じながら店のメニューを広げる。どう考えても居酒屋なので頼める物は限られてくる。

「好きな物を頼め!今日はワシのおごりだ!ついで店にいる者たちにも酒を一杯おごってやろう!」

 そう見せ中に聞こえる声で叫ぶと店が一気に盛り上がる。いるのは飲んだくれのおっさんばかりなのだ。

「教太も何か酒を頼め!」

「いや、俺未成年なんですけど」

「気にすることはない!おっさん!いつもの日本酒を4つ頼んだ!」

「はいよ!」

 いや、おっさん「はいよ」じゃなくてなんか否定してくれよ。

 するとすぐに拳吉の前にコップに入った日本酒がやってきて俺たちの前にも同じようなものがやって来た。え?マジで酒飲むの?確かに俺は不良モドキだがモドキであって不良じゃない。未成年飲酒とかあのオカマですらあらないことだぞ。タバコはやってたけど。

「では、乾杯!」

 上機嫌でそう掛け声をかけると見せ中の客がその掛け声に応じる。

 俺も飲まないといけないのか・・・・・。

 美嶋も同じように顔を引きづりながらコップに口を近づけるとすぐに異変に気付いた。それは明らかに酒の匂いをしない。口をつけて飲んでみるとそれはただの水だった。美嶋も水だよねって尋ねているかのように目線を送る。アキの方を見て片目を閉じた。まさか、店の人が考慮してくれたとでも言うのか。

「はいよ。拳吉様。いつもお気に入りのから揚げです。お連れ様も同じものでいいですか?」

「おお!いいぞいいぞ!」

 いや、明らかにあんたに聞いたものじゃないよ。

「それと拳吉様なんて堅苦しい呼び方止めるんだ!人類皆平等なんだ!拳ちゃんと呼んでくれ!」

「分かりました。拳吉様」

 このおっさん拳吉の扱いに慣れてる。

「アハハハ!」

 おっさんの言ったことに高笑いしているとテーブル席の方の酔っ払いたちがカラオケでもしないかと拳吉を呼ぶと喜んで飛んで行った。

「ああいう人だけど、悪い人じゃないんでそんな嫌そうな顔しんといてください」

 そう小声で俺たちに言う。

 アキはすぐに分かってますよと返すと、追加の注文をする。アキ自身もこういう拳吉の無茶ぶりに慣れているような感じがした。その拳吉は酔っ払いの誘いのカラオケを熱唱し始めた。聞いたことのない曲だ。演歌っぽいJポップのような曲だ。そんな様子を見ながら拳吉が勝手に頼んだから揚げをむさぼる。ジューシーで普通においしい。

「アキナちゃん。トマトサラダお待ちどうさん」

 アキはお礼を言って受け取る。

「あんたさんたちも何か頼みな。拳吉様はめんどくさくて嫌かもしれないが金だけは持っている」

 それは将軍何だから当たり前か。

「じゃあ、俺は牛タンの炭火焼き」

「あたしはナポリピザを」

「おう、少し待ってくれ。おい!ナポリピザを頼んだ!」

 厨房に入って注文を叫ぶと生の牛タンを持って再びカウンターに戻って来た。炭火焼きを俺たちの目の前で焼いてくれるよう。

「アキナちゃんは最近、見なくなったけどまた会えてうれしいよ」

「おじさんも元気そうで」

 アキは笑顔で答える。

「そこのふたりは始めて見る顔で。どこから来たんですか?」

 異世界って答えていいのか分からない。でも、これ以上俺の世界に魔術師が来てほしくないし、魔術を持ちこんでほしくもない。本来ならば、広まるはずのない力をこれ以上広めたくない。そのためにも魔術側から俺たちの世界の情報をなるべく伝えない方がいい。と思っていたのだが・・・・・。

「ふたりは異人ですよ」

「ほう、異世界の方ですか」

「アキ!何で言うの!」

「異人は有名ですよ。ここでは隠し事は無駄です。それに隠したところで驚きもしないと思いますよ。おじさんがいい例です」

 確かに全然驚いてない。

「ちなみにおじさんは非魔術師(アウター)ですよ」

「はぁ!?非魔術師(アウター)だと!」

「はい。もう、かれこれ30年近く魔術なんて使っていませんよ」

 そういうと完成した牛タンの炭火焼きを出してくる。カットレモンをいっしょについていてすごくうまそうだ。

 って食べ物に気をとられていた。

「拳吉様が連れてきたということは以前に話していた国分教太さんってあんたのことかい?確かシンさんの力を伝承したとか」

 名前まですでに割れてるし。しかも、俺が引き継いだ力まで割れてるし。どれだけおしゃべりなんだよ。アキが隠し事は無駄だというのは分かった気がする。あのカラオケを独占使用しているのを客と言い合っている拳吉がべらべら言いふらしているんだろうな。あんな口の軽い奴がこの国のトップでいいのかよ。

「でも、そちらの彼女の名前は聞いてないな」

 それは美嶋のことだ。聞くのと同時に奥の厨房から美嶋の頼んだナポリピザが出てきた。トロトロチーズがいい感じに溶けてうまそうだ。アキの目線が完全にピザを狙っている。

「えっと、あたしは・・・・・・」

 すると美嶋はアキの耳元で何かを囁いている。ああ、美嶋秋奈って隣にいるからどう答えていいか分からないのだろう。変に混乱させるのは面倒だからだろう。特に魔術との関わりの薄い非魔術師(アウター)ならなおさらだ。

「み、美嶋秋奈です」

 あれ?そのまま答えたの?

「アキナちゃんと同じ名前なのかい?」

「た、たまたまなんですよ」

 三月アキという名前を使うのも違和感があると思ったからだろう。まぁ、俺も中学の頃に全く同じ同姓同名の人が同じ部活にいた。

「そうか~。何て読んだ方がいいかな~」

 アキのことをすでにアキナって呼んでいる時点でどうすればいいか悩むよな。始めてアキにアキって自己紹介されて定着してよかった。

「ちょっと!アキ!」

 アキが隙を狙って美嶋の頼んだピザを一切れ食べた。それを見つけた美嶋がなぜか取り戻そうとじゃれている。なんかそのふたりの光景を見ていると和む。

「おい!ダブル美嶋!せっかくだからお前らも歌え!」

 顔を真っ赤にした拳吉がふたりに無茶ぶりでマイクを渡してくる。

「ちょっと待って!あたしこの世界のどんな曲があるか知らないんだけど!」

「私も戻って来たの4カ月ぶり何ですけど!」

「いいからいいから!美人二人の歌だ!しっかりと聞いてくれ!」

 そう拳吉が盛り立てるとそれに合わせるようにおっさんどもがふたりの手を引いていく。

「教太!助けなさい!」

 いやだ。

「教太さん!助けてくださいよ!」

 ごめん、いやだ。

 ステージまで連れて行かれた二人はあたふたとどの曲にしようかと慌てている。なんかそのうち俺の方に飛び火してきそうで怖い。するとフラフラになった拳吉が俺の隣の席に戻って来た。

「あ、うまそう」

 とつぶやいて美嶋の頼んだピザを一切れつまみ食いして席に着いた。確かに美嶋の頼んだピザはうまそうだ。俺も一切れもらっておこう。

「どうだ?うまいだろ?」

「ええ、まぁ」

 確かにおいしいのもあるが、それよりもこの店中に漂う空気が軽くて居心地が悪くない。俺が思っていた負の力に縛られたこの魔術の世界がこんなに明るいものだなんて思いもしなかった。

「平和でいいだろ」

「はい。まるで俺たちの世界と何も変わらない」

「そうか。教太の世界もこんな感じなのか」

 から揚げを一口で平らげてマイクを持ってドギマギする二人の姿を俺と同様に見つめる。それを囲むように飲んだくれのおっさんたちが囲む。

「あの中に魔術師と非魔術師(アウター)が混ざっているんだよな」

「そうだな。と言ってもこんな汚い店に来るのはほとんどが非魔術師(アウター)でやって来る魔術師もランクの低い下級魔術師ばかりだけどな」

 そういってコップに注がれた日本酒を飲みきる。

「ワシが目指している世界がここでは実現している」

「目指した世界?」

「そうだ。アキナのような上級魔術師と力のない下級魔術師、教太のような才能に恵まれた教術師、力なく捨てられた非魔術師(アウター)が同じ席で宴会が出来るような世界だ。教太はこの世界に来たのは非魔術師(アウター)のためだと聞いている。そうなると彼らが魔術師たちをどう思っているか知っているだろ?」

 知っているとも。力がないことをいいことに魔術師の言いなりになるほぼ奴隷と変わらない扱いを受けてきた者たち。魔術師たちに対する憎悪は俺の魔術に対する思いよりもはるかに強く重く暗い。

「MMには何を言われた?あの女狐は何を考えているのか未だに予想がつかない」

 そうだろうな。あの化粧の下には何が隠れているのか分からない。

「MMは非魔術師(アウター)のことなんて眼中になかった」

「まぁ、そうだろうな。元々、力ない奴のことなんて気にもかけないような女だ」

「それで俺に言ったのは自らの力を・・・・・このシンの力を理解し、振るえって言われた」

「・・・・・そうか」

 拳吉が空になったコップをカウンターの上に置くと店のおっさんが日本酒を注ぎ足してくれた。それを拳吉は口に付ける。

「ワシも同じようなことを言われた」

「え?」

「まだ、あいつがこの国に来たばかりの頃だ。最初は皆があの女とその力を抱え込むことに反対した。逆にこの国が飲まれかねないと警戒したからだ」

 ここで俺はふとしたことを思った。MMの言った世界のバランスのことだ。

「MMは世界のバランスを保つために力を振るうべきだと言っていた。でも、あいつはその力を振るったがために戦争が起きた。それはすでにMM自身が世界を崩壊させているとこにつながるんじゃないかって今思った。拳吉も思ったんじゃないのか?」

 すると拳吉は手元の日本酒に口をつけてから冷静に話す。酒気によって赤くなった顔とは裏腹に至極冷静に話す。

「MMの作る組織が出来るまでは世界にあった大型魔術組織は二つだけだった。もし、仮にその二つの組織が激突して戦争になったとしよう。その戦争が終わるということはどちらかが負けたということになる。それが意味するのは独裁の世界だ」

「独裁の世界・・・・・」

「二つの組織はそれを恐れて睨み合う時期が続いたがそれもいずれは壊れる。片方の組織が好きなように世界の情勢を操作できるようになれば逆らうことができない。我々に自由も権限も存在しない。まさにそれこそが負の世界だ。何もない闇の世界」

 誰も逆らうことが出来ず、否定することのできない世界に光はないか・・・・・。

「その状況がよろしくないと感じ取り素早く行動に移したのがMMだった。彼女は今の世界の情勢の危機感を多く者に話した。そして、それを多くの者が理解した。ワシもそのひとりだ」

 勢力が3つあれば、ひとつの組織が仮に潰れたとしても好きなことはさせないと睨みを聞かせることが出来る。バランスの完全崩壊ということはなくなるということか。

「戦争の火がこの国に入ることはワシ嫌だった。この国の民が死に逝く様を見ているのが嫌だった。この国の民が奴らを嫌うのはワシも同じだ。しかし、この国がこれほどまでに豊かになったのは彼女らの組織のおかげでもある。それは否定できない」

 その出来上がった第3の魔術の組織のおかげで世界は安泰になるわ、この国は豊かになるわ、大きな犠牲を払って手に入れたものはあまりにも幸福すぎた。

「でも、この国を作ったのはMMじゃなくてあなたですよ、拳吉様」

 割って入るようにおっさんが追加のから揚げを拳吉に渡した。

「もし、このままMMがこの国を治めるようなことが起きたら俺ら非魔術師(アウター)に未来はなかった。その未来をくれたのは誰でも我らが征夷大将軍の徳川拳吉の誰にいるんですか」

「おやじ・・・・・」

「国分ノ教太。この徳川拳吉の定義は力は皆平等にだ。力は確かに個人の物かもしれない。だが、その力を他人のために使えばみんな平等に分かりあえる。魔力剥奪制度という悪魔のような制度も拳吉様の平等性のおかげでわしらにも恩恵がある。剥奪した魔力はみんなで使う。魔術師や教術師はみんなを豊かにするために力を使え。これがこの国の力のあり方だ」

 そういえば、組織の本部に行く際に乗ったバスの運転手は非魔術師(アウター)だという話だった。彼は魔力剥奪制度によって生まれた魔石を使って乗り物を使いこなしていた。

「ワシが今の役職に就く前にワシは傷を負った」

 すると拳吉はジャージの上着をまくり上げるとしまった筋肉質の横腹には一筋の傷が入っていた。

「これはとある非魔術師(アウター)の男に刺された傷だ」

「マジかよ」

「その非魔術師(アウター)は次期将軍を刺したということで即打ち首となった。ワシもその場に居合わせた。そして、男は最後にこう言った。この世のすべての力が憎いとな。ワシはその言葉に心を打たれた。将軍になったワシはすぐに今の魔力剥奪制度の現状を変えるために剥奪して作った魔石を一度集めた。そして、一般利用のための魔石を魔術師、教術師、非魔術師(アウター)に限らず平等に配った。それぞれの用途を打診してもらい、それに応じた魔石を配った。その申請をする用紙にはランクを書く欄を設けなかった。ワシは非魔術師(アウター)が人生を棒に振ってまで譲ってくれた魔力を彼らのために使わせてあげたい。だから、ワシはこの世のすべての力は平等にあるべきだと思う。それが理解不可能な神の領域であると言われてもワシはそれを目指す。それがワシが思う平和の形だ」

 誰よりもこの国の平和を求める将軍の言葉には熱がこもっていた。第一印象はただのうるさいKYな将軍様かと思ったがこうして城下の人々と違和感なく関われる国民的な人なんだな。こういう人がトップにいて国のことを第一に考えるからこの国には魔術という負の力が存在していながらも平和なんだ。

「教太!」

 美嶋に呼ばれた。それは明らかに助けを求める声だ。

「さて、助けに行くか」

 気が変わったのだ。

 拳吉のいう力の形の主張が俺の目指すものと共通点というか同じものを感じた。そんな力を平等にすることは正直無理に近いことかもしれない。それを実行しようと彼は奮闘している。なら、俺も彼を見習って無理だと言われたている目的に向かってこの力を使って行こう。

 この力の周りではもう二度と死者を出さない。そして、俺の世界にはびこる魔術を消す。それが出来るまで俺はあきらめない。

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