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Side3:第三十一章

 反世界より歪みを通して現れる魔物は、大抵がその魔力を本能の赴くままに消費し、散々周囲に被害をもたらして消滅するが、稀に、理性を持ち、自身を律することができる種が現れることがある。人語を解し、高度な知性を持つ彼らのことを、人々は通常の魔物とは区別して、上級魔物と呼ぶ。そして、上級魔物のうち、反世界に帰らず、正世界に留まる者は、正世界での生活の仕方を魔法省から指導された後、人間社会に紛れて生きるか、もしくは優れた魔法の知識を活かして魔法省で働くか、どちらかの道を選択する。

 ラニスタは後者の道を選択した上級魔物のようだった。というより、最初に日本に来た上級魔物がラニスタなのだから、彼が出現して、魔法省と交渉していく中で、これらのルールが作られていったのだろう。そして、彼は出現から今日に至るまで、正世界の魔法の発展に寄与してきた。士沢が学んでいる魔法、その歴史を創ってきた者が今目の前に居る、そのことを認識した士沢は一言も発することができなかった。

 「僕の凄さをようやく分かってくれたようで何より。それじゃ今日の本題に移るぜ」

 士沢の反応に満足がいったのか、上機嫌な顔になって、ラニスタは話を切り出した。士沢はいまだ心中の驚きを抑えられなかったが、慌てて首を縦に振った。

 「まず事件の概要だ。本日、6月10日の朝8時ごろ、スタジアムの西4番出口付近で歪みが発生。それに出くわした士沢くんは、一緒に居た竹森真衣さんに助けを呼ぶよう指示し、競技会本部に向かわせた。士沢くんはその場に残って、歪みから出現した魔物と戦闘。で、魔法を行使して魔物を歪みから反世界に追い返した、と。これで間違いはないな?」

 「……はい」

 頷きながら、士沢は再び、事件の光景を思い出していた。文章化された事件の概要は、読み上げれば一分とかからなかったし、大したことではないように聞こえた。しかし、魔物との対峙の時間は永遠に感じられたし、一歩間違えれば大惨事、少なくとも自分という存在は消えていたことを思い返し、士沢は身震いした。

 「それじゃあちょっと分からない点を聞かせてもらうぜ。まず、何で君は逃げなかったんだ? 発生当初の歪みを見つけたようだし、猶予はあったはずだぜ?」

 「!! それは……」

 その質問に、士沢は咄嗟に答えることができなかった。無我夢中で理由なんて分からないから、ではなく、言ってもいいのかという躊躇いがあったからだ。

 「答えにくいなら後回しでもいいんだ、これは。僕が詳しく知りたいのは、もう一点、君が使った魔法のほうだ。何やら透明な板を出して、魔物を歪みから向こうに追い返し、歪みを封鎖したそうじゃないか。そんな魔法を、ただの一年生が一体どうやって習得したのか、是非とも聞かせて欲しいところだぜ」

 「……」

 ラニスタの問いかけに対して、士沢は完全に黙るしかなかった。投げかけられた二つの質問への回答は、一つの事実を明るみに出してしまえばするりと導かれる。それは、昨日の夜にある女性と出会い、彼女から魔法陣を貰ったという事実だ。その魔法陣という勝算があったからこそ、士沢は一人で魔物に相対することができた。

 素直に事情を話せば、きっとラニスタは満足して立ち去るだろう。しかし、士沢の中には、それをやってはいけないという否定の感情が渦巻いていた。今も士沢のズボンのポケットに入っている魔法陣は、昨晩の女性から、決して彼女と会ったことを口外しないという約束の下で、士沢に渡されたものだ。つまり、彼女と士沢、両者の信頼の証だ。そして、士沢が彼女を信頼して使用した魔法は、競技会が何とか続行できる程度の被害に押しとどめ、士沢自身のみならず、この競技会を楽しんでいる全員を守った。ならば、彼女から士沢への信頼に、士沢は何としても応える義務がある。

 方針は定まった。この場を何とか誤魔化して、彼女の存在は秘匿する。しかし、どうするか。声にならない呟きを漏らして、士沢は必死に考えを巡らせた。

 「こんな事例がある」

 沈黙を破って、ラニスタが士沢に助け船を出した。

 「ある魔物がこっちの世界に出てきかけた時、ちょうど歪みの位置がコンクリートの地面のすぐ上で、身体全部が出る前に地面と正面衝突した。すると魔物は逆再生したみたいに、歪みから向こうの世界に戻っていったらしい。そして、歪みも消えてなくなった。つまり、こっちに出てくる最中、何か固いものと正面衝突すると、魔物が戻っていく可能性があるってことだ。今回の事件も、その条件を満たしているように見えるぜ」

 「そんなことが……」

 ラニスタの話した現象は初めて聞くものだったので、本当に驚く気持ちはあったが、一方で士沢は、今回の事件がその現象によって解決されたものではないと確信していた。士沢が魔法によって作り出した透明な板と柱の魔物は正面衝突した時、それによって魔物が跳ね返されたという感触は無かった。むしろ、魔物は透明な板を突き破って直進しようとしてきて、透明な板との押し合いになっていた。

 だが、このラニスタの話に同意すれば、無事にこの場をやり過ごせるのではないか、と士沢は考えた。自分が行使した魔法は、ただの透明な板を前方に出すだけのもので、魔物を追い返すという戦果を挙げた理由は今初めて知った、ということにしよう。士沢は決意して口を開いた。

 「もしかしたらそうかもしれません」

 「なるほど。ということは、君の魔法は、何の変哲もない、ただの板というわけだ」

 「はい」

 「じゃあ一つ目の質問だけど、魔法を習っていると言っても、基礎中の基礎しか知らない君が、どうして逃げるという選択肢を取らなかったんだ?」

 「それは……」

 もう一つの質問の存在をすっかり忘れていた士沢は焦ったが、ここでボロを出しては全てがご破算になるため、頭を回転させて、回答を絞り出した。

 「俺……勘違いしてたんです。魔法学校に入っただけで、まだほとんど何も学んでないのに、自分も魔法使いになった気がして。自分の実力をはき違えて……行ける、と思ったんです」

 ここ数週間ずっと、自分がいかに実力を勘違いしてきたかということを考えていたためか、真っ先に出てきた回答のパターンはこれだった。

 「ああ、なるほど。つまり、思春期にありがちな万能感の錯覚と、まだメカニズムも解析されていないような偶然の現象が引き起こした奇跡だったんだな。それじゃあ、報告書にはそう書いておくぜ」

 「えっ、もういいんですか」

 「まだ何かあるのか?」

 「あっ、いや、ないですけど」

 「なら、もういいだろ。君の証言以上に信用できるものはないし。僕が抱えてる案件はこれだけじゃないんだぜ? これ以上ここに居たら遊ぶ時間が無くなっちまう」

 ラニスタはそう言って椅子から立ち上がり、ベッドのカーテンを無造作に引き開けた。

 「ああ、そうだ」

 そこでラニスタは立ち止まったまま、何かを思い出した表情をして、士沢に問いかけた。

 「三校の生徒は全員、あの魔法都市に住んでるのか?」

 「ああ、はい。全寮制ですから。……それがどうかしたんですか?」

 先ほどまでの会話とは全く関係のない質問だったので、士沢は首を傾げながら尋ねた。ラニスタは、何でもない、という風に首を振ってから、ニヤリと笑って言った。

 「いや、それじゃここに来るまで、さぞかし大変だろうと思っただけさ」

 出て行くラニスタの背中を見送りながら、士沢は頭に疑問符を浮かべつつも、何とか窮地を凌げたことに胸をなでおろすのだった。


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