Side1:第三十一章
スタジアムの中を一人歩くと、喧騒の中で自分だけ浮いているような気分になる。周りを見渡すと、友人と談笑する者、他校の生徒と交流している者、プログラムを眺めている者など、様々に過ごす生徒たちがいる。観客席に上がれば、もっと多くの生徒たちが、自分たちの代表が繰り広げる魔法戦を観ているところだろう。
時刻は午後二時前。俺は暇を持て余していた。
田辺先輩は、皆交代で休憩しているから、と言って俺に休憩を言い渡した。加えて、昨日休んでないから、長く休憩を取っていいよ、とも言っていた。
「そうは言っても、休んだところで何すりゃいいのさ……」
呟きながら、そういえばプログラムすら手元にないことに気がついた。本部に行けば余っているかもしれないし、そもそも自分のが置いてある気がする。そうかと言って、休憩を言い渡されておいて本部に戻るのは、なんとなく冷やかしに来たみたいでばつが悪いような
だがしかし今どの競技を行っているのかもはっきりしないのでは、観戦もしづらいことこの上ない。観戦以外に特にすることもないというのに、だ。ということで俺の脚は本部に向いた。
本部となっている部屋の近くにたどり着いた時、向こうから見知った顔が近づいてきた。その人物も俺に気づいたようで、手を振りながら小走りで近づいてきた。
「よう田辺。走ると転ぶぞ」
「流石にこのくらいじゃ転ばないよ、内藤君。こんなところで、本部に何か用事?」
「いや、用事ってほどのことでもないんだけど、休憩もらったから、競技を観てみようかと思ったんだ。でも、プログラムを本部においたままでさ、荷物ごと」
隠すことでもないので正直に話すと、田辺はそうなんだ、と相槌を打った。
「ねえ、私も今休憩貰ったところで、競技観に行こうと思ってるんだけど、内藤君さえよかったらい、一緒に行かない? プログラムも、持ってるし」
そう言うと、後ろ手に持っていたプログラムを俺に見せてくる。
「本当か? それは俺も手間が省けて助かる。それに、正直一人じゃ辛いなと思ってたところなんだ」
「じゃあ決まりだね、客席に行こう!」
「だから走ると転ぶって」
「平気だって……わわっ!」
「早速転んでるじゃねえか!」
田辺を助け起こして二人で客席に上がると、まさに次の競技が始まろうとしていた。
「なんの競技だろう……」
「うーん、時間がずれてるからプログラム見てもあんまりわかんないね……」
「まあ始まればわかるか。座ろうぜ」
空いている席を見つけて座ると、場内アナウンスで競技の説明が始まる。
「次は、各校二年生代表による、『パン食い競争』です。ルールを説明します――」
「パン食い競争……?」
「そんなもん魔法使ってやる必要のかよ」
つぶやく俺たちの眼前で、金属製のポールが二本、設置される。
「――地上十五メートルの高さに設置されたパンを獲得し、最初にゴールにたどり着いた人の勝ちとなります」
ちなみに、これは後から聞いたことだが、棒高跳びの世界記録が六メートルと少しだそうだ。
呆然とする俺たちを尻目に、説明が続く。
「なお、パンは口で咥えるものとし、口で咥える前に手で掴むことは禁止です。一度咥えたパンは手で触れても良いですが、移動する時は手を離してください。また、安全に配慮して、使用する魔法についてはあらかじめ委員会のチェックを受けております。では続いて、出場選手の紹介です――」
「……なんか、思ったよりシビアなルールだな」
「う、うん……」
出場選手の中に、名前を知っている生徒はいなかった。特定の誰かを応援する意思はないので、別に構わない。
選手が一列に並び、ゴールテープが準備される。上空十五メートルには、人数分、六個のパンがそよいでいる。
「位置について、用意……」
雷管が撃ち鳴らされる。
その音に弾かれるように、選手が一斉に飛び出す。
そして思い思いのポジションにつくと、魔法を発動する。様々な色の光が、スタジアムに溢れる。
「あんな高いところにあるけど……魔法を使えば、できるのかなあ」
「できなきゃ競技にはしねえんじゃねえの……? 田辺、お前だったらどうする?」
「そうね……魔法でトランポリンでも作るとか? 内藤君ならどうする?」
「え、俺か……? 脚をめっちゃ強化して、ジャンプ、とか?」
「力押しだね」
「お前のがファンシーすぎねえか? ……あほら、準備終わったみたいだ」
スタジアムに目を戻すと、選手たちの魔法が効力を発揮し始めている。
パンの真下に陣取った二校の選手が軽く地を蹴ると、その身が一メートルも高く、しかしふわりとゆっくり浮かび上がる。まるで重力が低減されたかのように。そして地面に降り立つと思い切り勢いをつけて、――跳躍。一直線にパンに向かって飛んで行き、そして、パンの高さを行き過ぎて、その上に渡された金属の棒に頭をぶつけた。
「うわ……」
「痛そう……」
場内はその様子に、笑い声が漏れた。しかし当の本人は至って真面目だ。その上、衝突によってバランスを崩し、着地が危うくなっている。落下速度は相変わらず低速だが、それでも数秒後には地面に衝突するだろう――と思った矢先、その真下に魔法陣が現れた。転写だ。そして落下を続けていた選手はさらに落下速度が遅くなり、なんとか着地することが出来た。
「今の転写、誰だろう?」。
「周りに何人か、係の人がいるから、その人たちじゃないかな」
「本当だ……って、あそこにいるの岩渕先輩じゃないか? あっちは二校の……なんて言ったかな、口調の変な先輩」
「え? あ、本当だ。忙しいね、先輩たちも」
「のんびりしてるけどな、俺ら」
他の選手はというと、本当にトランポリンを作り出し――というか転写した魔法陣がそのままトランポリンになっている者がいる。何度も跳んでいるが、どうやらまだ目標の高さには届いていない。足元の地面を隆起させて岩の塔を作り、十五メートルの高さに届こうというものもいる。だがあれは、どうやって降りるつもりなのだろうか。まあそのくらい考えてあるか、さすがに。
一際目を引いたのは、三校のある女子生徒だ。なんと彼女は背中から白い羽を持つ翼を生やし、宙へ舞い上がったのだ。彼女が宙に浮いた瞬間、客席全体がどよめいた。彼女のルックスが平均よりかなり上のものであると見受けられることもあって、かなり絵になる。着ているのは三校の共通の体操服ではあるが。
「うわっ……すげえ、あれどうやって生えてるんだ」
「さあ……でもすごい、天使みたい」
「体操服の天使ってのも色気がねえな。でもあれすごいな。生えてるのも謎だし、飛ぶにしたって制御が……あ、ふらふらしてるな。やっぱ難しいんだな」
天使は頼りなく空中を飛び、それでもなんとかパンにかぶりつくことに成功した。そしてそのままゴールを目指してさらに飛行を続ける。速度は遅いが、今度は上昇の必要もないためか先ほどまでよりは安定した飛行だ。
その時、スタート位置からこれまで一歩も動いていなかった一校の男子生徒が、ついに動いた。その生徒は――地面を踏みしめ、思い切り跳んだ。しかも跳躍の瞬間、足の裏で赤い炎が上がり、爆発音がスタジアムに木霊した。
まるで砲弾のような、正確で勢いのある跳躍。撃ちだされた彼は一直線にパンに向かって飛び、そしてパンの位置でちょうど放物線の頂点を迎え、顔全体で受け止めるようにパンにかぶりつくと、放物線の行き着く先は、スタート地点とパンを隔てて対称にある、ゴールテープ。
再び爆発めいた炎を発生させながら着地した彼が、天使を空中で抜き去って一着となった。
雷管が二回撃ち鳴らされ、競技の終了が告げられる。
「……あれ、角度とか計算してったのかな、予め」
選手たちに拍手を送りながら、田辺に話しかける。
「そうだと思う……角度の調整に時間がかかったとかかな。あんなにきっちりパンの高さだなんて……」
「なんというか、生徒会の先輩たちとは違うほうにやばいな、あの正確さは……」
「うん……」
呆気にとられる俺達を尻目に、吊るされていたパンは片付けられ、次の競技の準備が始まる。




