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Side3:第三章

 東京から魔法都市へ移動するのには、船で丸一日以上かかる。そのため、魔法都市の中に建てられた国立第三魔法学校に通う生徒は、魔法都市出身者でない限り、親元を離れて一人で生活しなければならない。

 魔法学校側も、当然この状況への措置は運営当初から万全にとっている。それは、魔法学校近辺にいくつもある学生寮。五百人弱の全校生徒は、それらの内いずれかに入居しているのだ。

 士沢と古折は、学校から歩いて十分かからない位置にある六階建ての学生寮に住んでいる。士沢が過去を思い出しながら歩いていると、あっという間に寮の前に到着した。

 士沢は、新居を見上げた。士沢の住む部屋は最上階の、ちょうど真ん中にある。毎日エレベーターで一番上まで行くのは時間がかかるが、ベランダからの眺めが良いので、士沢は部屋の位置に満足している。

 「冬弥はもう、慣れたのか?」

 自分の部屋のドアを見ながら、士沢は前を歩く古折に尋ねた。出会ってから今まで、常に士沢よりも冷静で頭の回転が速い古折は、何を、という部分を省いた質問の意味もすぐに理解したようで、足を止めて答えた。

 「もう慣れたさ。寮に入ることは、前から分かっていたことだからな。……その様子だと、幸信のほうはまだみたいだが」

 十年来の付き合いである士沢のことを、古折はよく分かっているようだった。士沢は小さく笑って、寮の玄関に向かって再度足を向けた。

 「そういえば、部活や委員会はどうするんだ」

 並んで歩きながら、今度は古折が士沢に尋ねた。

 「まだ考えてねえな。冬弥は、生徒会に入るんだろうが」

 「……そうなればいいと思うが、まだ決まった訳じゃない」

 「首席が何を言いやがる」

 第三魔法学校の生徒会は、役員の選出方法が特殊だ。役職は、会長、副会長、書記、会計、庶務があり、庶務が二人いるので、役員は合計六人となる。だが、十一月に行われる生徒会選挙では庶務を除いた四人だけが決まり、そのまま年度の終わりまで、庶務を除いたままで生徒会は運営される。

 空席の庶務は、翌年に入学する一年生の二人が担当する。誰が庶務になるのかが決まるのは五月だ。五月には、中間試験が行われる。一年生にとっては、入学して初めての定期試験だ。

 そして、五月の中間試験での成績上位二人が生徒会の庶務になる権利を得る。あくまで権利なので、断ることもできる。その場合、庶務の役割を引き受ける生徒が出るまで、順位順で権利が渡されていく。

 このシステムによって庶務になった一年生は、基本的に十一月の生徒会選挙に立候補し、かなりの確率で当選する。すでに生徒会として半年ほど仕事を行い、また成績優秀で生徒と教師のどちらにも信頼が篤い生徒に、わざわざ対抗する生徒がいないせいだ。

 したがって、生徒会に入るためには、中間試験で優秀な成績を取ることが一番確実な手段となる。

 その点において、古折は条件をクリアする可能性が非常に高かった。古折は入学試験で一位を取り、入学生代表の辞を述べる栄誉を得たからだ。東京から魔法都市へと向かう船の中で、ふだん通りの様子を保ったままそのことを明かされた衝撃を、士沢は今でも覚えている。

 「入学試験の成績が、そのまま反映される訳じゃない。それに魔法関連の科目は、全員がゼロから始めるから差はないだろう」

 目下、生徒会役員に最も近い古折は、それでも全く油断していないようだった。相変わらずの冷静さを感じ、士沢は言った。

 「それくらい状況を分析できるお前なら問題ねえよ」


 寮の玄関にあるオートロック式の自動ドアを開けると、エントランスホールがある。入って左を向くとエレベーターがあり、士沢はここで一階に住む古折と別れる。エントランスホールから一階の廊下に続く扉を開けながら、古折は思い出したかのように言った。

 「幸信も、しっかりと何に入るか決めておいたほうがいいぞ」

 「分かってるって」

 立ち去る古折に返してすぐ、エレベーターが一階に到着した。士沢はエレベーターに乗り、六階のボタンを押す。アナウンスが流れてからドアが閉まり、エレベーターは緩やかに上昇を始めた。動作音だけが聞こえる空間の中で、士沢は考える。

 第三魔法学校では、生徒は部活あるいは委員会に所属することを強制されない。帰宅部で、放課後は学校に縛られず自分の自由に活動する者もいる。また、部活の選択肢も多岐にわたり、一人ひとりの生徒が、それぞれ全く別の時間の使い方をしているのだ。

 多くの選択肢の中から、自分の道を選ぶのは簡単なことではない。しかし、必ず考えなければならない。これは決して部活や委員会に限った話ではなく、自身が魔法都市でいったい何をしたいのか。何のために魔法を学ぶのか。そういった所まで自分で考えなければならないのだ。

 先のことを考える面倒くささに、士沢はため息をついた。それと同時に音が鳴り、エレベーターが六階に着いた。ドアが開き、士沢は廊下に一歩踏み出した。一つの階には全部で九つの部屋があり、士沢は六○五号室に住んでいる。エレベーターから出た後、士沢は四つドアを通過して、自分の苗字が書かれた表札があるドアの前で立ち止まった。士沢は鞄から家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、ドアを開けた。

 実家よりも遥かに小さい、今の士沢の家のリビングにはまだ開けていない段ボールがあり、とても窮屈だ。床の空いているスペースに鞄を置き、士沢はベッドに腰掛けた。買ったばかりのベッドは少し固く、どうにも違和感が拭い去れなかった。

 ――やっぱり、まだ慣れねえな。

 座ったまま、周囲を見渡す。台所にある炊飯器や、部屋の壁の色は慣れ親しんだものと少し違い、窓から見える景色は、別の学生寮や研究施設が立ち並び、自分が今まで住んでいた場所とは全く別の土地に居ることを実感させる。

 古折はもう慣れたと言っていたが、士沢は全く逆で、もはや永久に慣れないのではないかとさえ思えてくるのだ。

 士沢と古折の違いはそれだけではない。恐らく古折はこの調子でいけば中間試験でも一位を取り、生徒会に入るだろう。古折の名は瞬く間に学校中に知れ渡ることになる。対して士沢は、単なる一生徒に過ぎない。

 十年来の付き合いである親友と自分との乖離に、士沢は再度ため息をつくのだった。


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