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Side1:第二十九章

 内藤将は、無理をしている。

 あの魔物教員はたしかにそう言った。そしてその言葉は核心をついており、また俺自身わかっていたことであるから、何も言い返すことはできなかった。

 無理をしている。俺はいかにして魔法を使っているかを考えればいい。例えばこの指輪。俺とともに存在する「門」を閉めるための道具だと、あの医師は言った。事実この指輪を使うことで飛躍的に魔法の安定性が向上したことは事実だ。だが、それでも無理なものは無理だ。

 目の前で暴発した魔法陣の残滓を眺めながら、俺は後方に大きく吹き飛んだ。

 ――ちくしょう。

 なんでまたこんなことになっているんだ。というかそもそも俺はなんでこんな競技に出ているんだ。俺はなんで競技会の運営側にいるんだ。競技会ってなんだ。生徒会ってなんだ。俺はどうして魔法学校なんかに通っているんだ。背中をしたたかに打ちつけながら、なにがなんだかもうよくわからなくなってきた。

 追撃されるかと思ったが、そんなことはなかった。気を遣われたのだろうか。スポーツマンシップってやつか。だがそんなことはもう問題ではない。

 まずこの状況を何とかしなくてはいけない。頼まれて、引き受けた以上、それを全うする責任がある。責任を果たさなくてはならない。それは絶対だ。

 それから、無理をするのはやめだ。悔しいがあの魔物教員の言うとおりだ。

 立ち上がろうとすると膝が崩れそうになった。なんとか体を支え、まずは指輪を、外す。そしてそれを、地面にたたきつけるように投げ捨てる。途端、身体の中から湧き上がる魔力を感じる。普段の、指輪を使わずに魔法を使っている時ともまた違う感覚。それに意識的に身を任せる。

 身体の奥底から沸き上がってくる魔力。それに引っ張られるかのように、全身が熱く、また魔力がみなぎり始める。まるでそこにあったものが、押さえつけられていたものが、解放されるかのように。

 こちらが立ち上がったことを確認してか、目の前にいる二校の生徒が魔法陣を構える。魔力弾を放出。標的はどうやら、俺の背後に立つ丸太。至近距離から何発もダメージを与えられては、丸太なんてすぐ倒れてしまうだろう。

 そんなことをさせるわけにはいかない。俺はできる限りのことをすると言った。まだ動けるなら、やらなくてはいけない。こんな競技がどれほどの意味を持つかとか、そういう問題ではない。

 湧き上がるものと、身体に染み付いていたものが混ざり、魔力が循環する。相手が魔法を発動するのと同時、それを右手に滞留させ、砲丸投げのように構え、撃ちだす。

 放たれた二つの魔力弾は頭上で衝突、消滅する。

 なにっ、という声が聞こえた気がした。驚いた顔でこちらを見る二校の生徒に向き直ると、驚愕と焦燥、敵意の混じった視線が注がれていた。

 そこからは総力戦となった。

 俺が攻撃を明らかに撃ち落としたことを見てか、一校の他の生徒たちが勢いづいて攻めこむ。二校も負けじと攻撃を強める。俺自身に向けて撃ちだされた魔力を、遠くから丸太に向けて放たれた魔力を、すべて迎撃する。ただ体内を巡る魔力を放出するだけ。少し狙いをつけたりはするが、それだけのことである。どこにも無理をする要素なんかない。初めて魔法を使うことを心地良いと思い、また自然だと感じていた。

 気がつくと客席からは歓声が湧き上がり、相手の攻撃の手は止んでいた。どうやら終わったのか。

 意識が緩む。沸き上がっていた魔力が消えていく。体中の魔力が沈静化していくような感じがする。同時に膝から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちた。


 目を覚ますと、どうやら布団に寝ているようだった。

 白い天井を見上げていると、全身がとてもだるいことに気がついた。ほかに特段異常は感じない。

「起きたか、内藤」

「あ……渕原先輩」

 渕原先輩がこちらに近づいてきていた。歩きながら、インカムマイクに声をかける。

「渕原です、内藤が目を覚ましました。以上」

「そんな報告いるんですか」

「そうするように頼まれたからな。それより、もうじき医師が到着する。それまで安静にしているんだぞ」

「えーっと……それはいいんですけど。今何時ですか」

「二時半を過ぎたところだ。あと少しで今日の競技は全て終了するな」

「え……俺、そんなに寝てたんですか」

「そうだな。お前たちの競技で午前の部が終わったから、まあ二、三時間ってところか」

「すいません俺……仕事もあるのに」

「医務室を預かる身として言っておくが、怪我人は怪我人だ。生徒会役員だろうと普通の生徒だろうと、怪我人は絶対安静。少なくとも、この部屋にいる限りはな」

「渕原先輩……ありがとうございます」

 医務室を一人で任されるだけのことはある。はっきりした口調で、渕原先輩は断言した。怪我人を預かる立場として、責任を感じているということだろう。

 扉が開く音がして、足音が二つ聞こえてきた。誰かやってきたようだ。

 足音はまっすぐこちらに来ると、俺の寝ていたベッドを囲うカーテンが、シャッと音を立てて開けられた。

「とんでもないことをしたねえ、君は。まあいずれこうなる気もしていたけど」

 例の顔なじみの初老の医師だった。その後ろにいるのは、藤宮会長だ。

 だいたい聞いている、として問診もそこそこに、医師は俺をうつ伏せに寝かせ、検査のための魔法を行使する。その様子は見えないが、青い光が俺を照らしているのはわかる。

「これは……うん。まあ今いきなりどうこう、って話ではないけど、お説教は受けてもらうよ」

「説教っすか。参ったな」

 身体を起こして向き直ろうとすると背中に痛みが走る。そういえば思い切り打っていた。渕原先輩の手を借りながらなんとかベッドの上で身体を起こすと、医師が改まって言う。

「茶化している場合ではないよ。君の身体に起こっていた状況が変化している。これまでほとんど私も気にしていなかった、君の身体に残留した魔力が今回活性化したようだ」

「残留って……こないだは、門がどうとか言ってたじゃないですか」

「うん。そちらのほうが大きな問題だからね。だが今回君はその門を閉じるどころか、それを開放し、そこから魔力を汲み上げた。違うかい?」

「そう……なんですかね。わかんないですけど、感覚としてはこう、湧き出してくるというか」

「そして君の身体には、魔物が君の身体に入っていた時の名残ともいうべき残留魔力が染み付いている。これらは普段は不活性で使うこともままならない。なぜかというと、これらはそもそも魔物であろうとする働きと魔物の性質とを持っている魔物を構成する魔力で、君の魔力ではないからだ」

 医師はそこで一度言葉を切った。

「だが君が門の向こうから魔力を呼び起こしたことで、これらの魔力が活性化し、一時的に君が扱えるようになった。先ほど自在に魔力を扱えたというのはそのせいだろう」

 医師の言うことはいつもながらぶっ飛んでいて、理解はすぐには追いつかない。数秒かけて話を反芻し、なんとかある程度理解したが、

「でもそれって、いいことのようにも聞こえるんですけど。俺が使える魔力が増えたってことでしょう?」

「そうでもないんだよ。この残留魔力は、言ったように魔物に由来する、というか魔物を構成していたものだ。今回は大丈夫だったが、いつまた本来の姿である魔物に戻ろうとする働きをしだすか、見当もつかない」

「魔物に戻る、って……」

「君自身を核として、魔物に変じうるということだよ。魔物はすべて魔力で構成されているから」

「ええと……じゃあ」

 どうすれば、と聞こうとしたが、それよりはやく医師が声を発した。

「二度と、わざと門を開いたりしないことだ。いつ君自身が災厄になるかわからない。それにこの力は未知数だ。無自覚に、そして意図せず、誰かを傷つけたり破壊活動をしてしまう可能性がある。使うな。それが私が君に言える唯一のことだ」

「……意図して使えるもんなんですか、これ」

「今日はそうではないのか」

「いや……なんと言うか今日は、勢いでというか。わけがわからなくなっていたので、どうやったのかわかんないですけど……」

「……やはり今日これから一度入院という形がいいかな。少なくとも今夜は病院に泊まりなさい。すまない、誰か救急車の手配を。病院に連絡してくれ」

「え、ちょちょ、いきなり入院ですかそんな」

「君は今の話を聞いても絶対大丈夫だと言えるかい? 意図してやったのならまだ手の打ちようはあるかと思ったが、無自覚となるとちょっと危険すぎる。最低でも、残留魔力の除去だけは今日行う」

「で、でも今は競技会が」

「たーくん、よく考えなさい。競技会と貴方の身体、どっちが大事だと思う?」

 不意に、これまで黙っていた藤宮会長が口を開いた。

 正論でもあり、また過去にあったことを考えると、従わざるを得ない。この人と、俺と、この魔物の置土産の間には、いつまで経っても因縁がある。魔物と同化していた時、この人は俺を狙う立場だったし、俺はこの人を傷つけた。

「……わかりました」

 俺の背中側では、渕原先輩が電話をかけている。

「すぐに救急車がこちらに向かうそうです」

「代わってくれ」

 受話器を受け取った医師が、矢継ぎ早に指示を出していく。藤宮会長は、何も言わずに踵を返し、去っていった。

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