Side1:第二十六章
「この時間のスタッフの皆さんはこれで全部ですね。それでは業務の説明をさせていただきます。担当の、三校生徒会庶務、古折です。よろしくお願いします」
開会式を終え、競技が始まる。同時に俺たち生徒会役員の仕事も始まっている。三校の古折が集まった生徒相手にスタッフ業務を説明しているのを横目に、俺と田辺先輩とで次の時間のスタッフに備え、受付の準備をする。
「いやしかし、開会式も無事終わったし、よかったね、うん」
「そうっすね……かなり盛り上がってましたし、よかったですね……それにしても、田辺先輩が書いてたやつ、あれは……」
「ん? あああれね、あれは好きに書いていいって言われてたからさ、ついね。ほら、僕だけ魔法使わないし。うちのパフォーマンス」
「いやそれにしたって好き勝手過ぎでしょう……」
「でも盛り上がってたよ? 解散、とか。三谷君、よく拾ってくれたねえ」
「本当ですよ……」
無駄口を叩きながら手を動かす。古折の方も説明がお終わったようで、三々五々散っていく生徒たちをバックに、古折も合流する。
「お疲れ、古折くん。少し休憩するかい?」
「いえ、大丈夫です。そちらは?」
「こっちもだいたい次の準備が終わったところだから、じゃあしばらく待機かなー、おっと」
耳につけたままのインカムから、入電を報せる電子音がした。
――本部、藤宮です。内藤君、速やかに救護室まで。以上。
「お呼びだよ、たーくん」
「呼ばれてるぞ、たーくん」
「やめてください」
マイクのスイッチを入れ、「内藤、了解です」と小さく囁く。
「じゃあちょっとよくわかりませんが、いってきます」
二人に見送られ、救護室を目指す。しかし救護室なんて縁がなかったので、場所はうろ覚えだ。それでも一回曲がり角を間違えただけで、思ったよりスムーズに到着できた。
ノックして入室。
「失礼します、内藤です」
「む、内藤か。仕事はいいのか」
最初に声をかけてきたのは、ベッドの上で上体を起こした、一校のジャージを来た男子生徒だった。
「坂田! びっくりした。どうしたんだこんなところで。お前確か、一年男子の競技に出てただろう」
以前一度突っかかって来たことのある同級生の風紀委員、坂田鋼次郎。その一件以来は特に喧嘩を売られることも、それどころか話をすることすらほとんどなかったのだが、確か出場者選抜の場で見かけた記憶があった。
「どうしたもなにも、救護室にいるのは怪我をしたからだ」
「怪我を? 大丈夫なのか?」
「心配には及ばん、だが次の二校との試合には間に合わんだろうな、というところだ。それから俺は補欠出場者だ。一人が戦えなくなって代理で出場したのだが、不覚にも怪我をな……」
一年男子の競技は、簡単に言うと「棒倒し」だ。お互いの陣地に屹立する丸太を、倒される前に倒せば良い。使用できる魔法陣はあらかじめ決められており、限られた手段だが対等な条件での戦いが繰り広げられる。確か使用される魔法は魔力そのものを飛ばしてぶつけるものだ。人には当たらないようにチューンナップされていたはずだが。
「いたのか、内藤」
「渕原先輩。あ、そういえば会長は……」
「ここにいるわ」
俺の背後で救護室のドアが開き、藤宮会長が入ってくる。
「救護室ではお静かに、ということで、奥へどうぞ。事務スペースがあります」
「ありがとう、渕原さん」
会長と渕原先輩の後に続き、救護室の奥へ。そこにはスチール机と椅子があり、本来は医師が待機するスペースのようだった。
「さて、たーくん。だいたいわかったかしら」
「一校の補欠含め二名が怪我した、ってことしかわかりません」
「だいたいそうね。それだけわかってれば十分よ。時間がないから手短に言うけど、人数が足りないの。このままでは棄権か、不利な状況での戦いを強いられる。そこで、よ」
「嫌な予感しかしませんけど俺何も登録とかしてませんしまずくないっすかね、二校が黙ってないんじゃ」
「川邑さんには了解をとっているわ」
「手の早いことで」
「生徒会役員の職務として、あなたに一年男子競技に出場することを命じます。よろしく頼むわね」
会長の手前、溜息を押し殺す。かわりに頭をぽりぽりと掻く。
「……了解です」
「――本部、藤宮より全体へ。一校庶務内藤が一時的に業務が行えなくなります。スタッフ係には申し訳ないけど、なんとか回してみてください。厳しいと思ったらすぐに本部へ連絡を。以上」
すぐに了解の旨がイヤホン越しに返ってくる。
「さて、それじゃあ状況を説明するわね。現在、一校が三校に負傷者を出しながらも勝利し、また二校が三校に勝利したの。そして試合はトラブルのために中断され、今は二年女子の競技をやっているわ。トラブルっていうのは、この人数不足の件ね」
「二人も怪我した競技に俺に出ろと」
「怪我は一人よ。もう一人はなんかお腹を壊したらしいわ。悪いものでも食べたのかしらね。そもそも会場に来ていないみたいよ」
「いろいろ言いたいことがあるけどとりあえずいいっす。で次の一校対二校で勝った方の総合勝利、と」
「そういうこと。一年男子のチームリーダーにも聞いてみたけど、棄権はあり得ない、不利でも戦う、って言ってたわ」
「おアツいことで……」
「とりあえず、控え室に行ってちょうだい。そこでチームの人に合流して、あとはそこの指示に従ってね。頭数合わせに一人は確保するから、どう使うか考えておくようにって言ってあるから」
「了解です……」
「それじゃ、私は本部に戻るわ。本部、フィールドがよく見えるのよ。ばっちり応援してるからね、たーくん」
それじゃ、と言って、藤宮会長は足取りも軽く帰って行った。
「……期待されすぎるのも大変だな」
「……お気遣い感謝します、先輩」
言われたとおり、出場者控え室に向かう。生徒がちらほら歩いているスタジアムの廊下。どうしてこうなったんだ……と頭を抱えたいし、なんなら今すぐにでも寮に帰って布団を被って寝たい。
俯いて歩いていると、前に人影が見えた。慌てて顔を上げどこうとするが、その風貌に驚いて一瞬止まってしまった。
きちんとした身なりの老紳士だ。ここにいるということは、父兄か、教員か。
何より異様なのは、最初は白目を剥いているのかと思った。しかしそうではなく、色素が薄いながら黒目と呼ぶべきものがあるようだ。そして俺の眼前で、ピタリと足を止めている。まるで彫像のように動かない。
そして何より、この男は人間ではない。
気配というか、勘というか、とにかく得体の知れないものが、こいつは魔物だと告げている。その感覚の出処は間違いなく俺の奥底にある、忌むべき存在との繋がりだ。
「君は、一校の生徒会役員だね。確か一年生だ。名前は」
不意に魔物が口を開いた。奇妙に上擦ったり、抑揚がおかしかったりする。そして感情というものを感じさせない。
「内藤、将です。あなたは」
「内藤将。私は二校教員のグラバー」
魔物――グラバーは、俺の名前を呼ぶ際、英単語のtaskに近い発音をした。
そして驚くべきことに、こいつは教員だという。
「君たちのパフォーまンス、見せてもらったよ。単純だガ統率がとれていた」
「それは、どうも」
警戒を解くことはできない。
「だが内藤将は、よくないね。内藤将は、無理をシている」
「――ッ!」
「無理はよくないね。内藤将はどちらカというと私のような存在なのだから、無理をせずに魔法を使えばいい。それができルはずだし、そうするべきだ」
「――一体、何を」
嫌な汗が背中を伝う。
魔物と同類だと? ふざけるのも大概にしろと言いたかった。だが、否定できない。
「とにかく、無理しないことだ。じゃあまた、どこかで」
そう言うと踵を返し、歩き去って行く。
角を曲がって魔物が見えなくなって、ようやく緊張が少し緩んだ。今のは一体なんだったのか。夢かとも思えるが、背中の汗がそれを否定している。
急いでいたことを思い出し、俺は控え室に向けて早足で歩き出した。




