Side3:第二十三章 -古折冬弥-
生徒会が新体制となってから二日が経過し、三校合同生徒会会議の当日の放課後を迎えた。会議とは言っても、第三魔法学校の地理的条件から、三校生徒会はインターネット経由のテレビ電話で参加するしかないので、役員はいつもと変わらず生徒会室に集合することになっていた。教室から出て、生徒会室を目指して古折が歩き始めると、そこで前方に見知った人物の後ろ姿を発見したので、駆け寄って声をかけた。
「幸信」
「……冬弥か」
呼び止められた士沢は、声をかけた古折の姿を確認してから、小さな声で言った。士沢の仕草や言葉から元気が無いことは明らかだったが、古折がそのことを尋ねるよりも早く、士沢が口を開いた。
「今日もこれから生徒会があるんだろ」
「あ、ああ。競技会の準備があるから、この時期は基本毎日あるな」
「そうか。冬弥はすごいな」
「どういう意味なんだ、それは」
「言葉の通りさ。冬弥だけじゃなくて生徒会全員だけど、中間試験が終わってようやく一息ついたって所ですぐ競技会の準備を、朝から晩まで毎日やるわけだろ。だってのに冬弥は疲れがまるで無いみたいだ。それをすごいと言ったんだ」
「……」
士沢の言葉を聞くうちに、古折が抱く疑問はますます大きくなっていった。会話の流れだけを追えば、会話の主導権こそいつも通り士沢が握っているものの、話し方がいつもとはまるで異なっていた。今の士沢は古折からの返答を封殺するようにまくし立て、この会話を切り上げてしまいたいという印象を与えるような話し方をしていた。
結局、それから二人は黙って階段を下り、二階で生徒会室に向かう古折と帰宅する士沢は別れることになった。
「じゃあな」
そう言って階段を下り始めた士沢の後ろ姿を、古折は数秒見つめていたが、これからの予定を思い出し、心の内に拭えない疑問を抱えながらも、生徒会室に向かい始めた。
そこから二分とかからずに生徒会室の前まで到着した古折は、室内から聞こえる声から、既に到着している役員がいることを確認し、そのまま扉を開けた。
「すいません、遅れました」
「お、来たな」
生徒会室の中には、三谷、内橋、北、伊勢井という上級生四人が既に揃っていたが、まだ箱崎は着いていないようだった。しかし、生徒会役員の他にもう一人、見慣れない男子生徒が椅子に座っていた。その男子生徒が古折のほうを見て微笑みながら会釈をしてきたので、古折は頭を下げた。
「はじめまして。一年の古折冬弥です」
「ああ、わざわざ丁寧にありがとう。はじめまして、僕は三年の宮田謙一。よろしくね、古折君」
席から立ち上がった宮田を見て、古折はまず、大きい、という感想を抱いた。一年生どころか三年生の男子平均すら上回る身長の古折よりも、更に頭一つ分くらい宮田は背が高かった。しかし、それだけの背丈を誇っているにも関わらず、宮田が見る者に与える印象は威圧感ではなく、むしろ穏やかな表情や仕草からくる安心感だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
古折がもう一回宮田に頭を下げると、割って入るように三谷が言った。
「宮田には今日の会議の手伝いをしてもらう。前にも言ったろ、知り合いを一人連れてくるって」
その言葉には聞き覚えがあったので、古折が頷くと、三谷は続けた。
「知っての通り、生徒会は俺たち六人で構成されてはいるが、今日みたいにちょっと困ったことがあると、それについて詳しい奴を連れてきて助けてもらうことがあるんだ。ちなみに宮田はパソコンと二校に強い」
「なるほど。……二校?」
三谷の話す生徒会事情に頷きかけた古折だったが、最後に付け足された情報に首を傾げた。そんな古折の疑問に答えたのは、当事者の宮田だった。
「僕は元々二校出身で、去年の春ここに転校してきたんだ。だから二校に居た頃の同級生については良く知っているってことさ。その中には今日これから話す、二校の生徒会メンバーも居るよ」
「二校から転校……ですか」
古折は驚いていた。そして同時に新たな疑問が湧き上がっていた。転校の理由というものを考えた時、一番に挙げられるのは共に暮らしている両親の転勤だが、第一から第三までの全ての魔法学校は多かれ少なかれ学生寮を保有しており、環境が異なる場所に移るよりも住居が移るほうがまだ転校する当人の戸惑いは少ないように古折には思えた。
「まあまあ、僕のことは置いといて。それよりも、もう一人の一年生はまだ来ないのかい?」
「そうですね。いつもなら、自分よりも早く来ているんですが」
あまり他人の事情を詮索するべきではない、と思った古折は、宮田の質問に、ここ二日の放課後、自分が生徒会室に入った時の箱崎の様子を思い出しながら答えた。一体どうしたのだろう、と古折が考えていると、程なくして音を立てて生徒会室の扉が開いた。
「すいません、遅刻しました……」
扉を開けたのは、当然と言うべきか、唯一来ていなかった箱崎だった。だが、箱崎は明らかにいつもよりも声が小さく、肩も落としていて、元気が無かった。その様子に、古折は先ほど別れた士沢を思い出していた。
「おう箱崎、掃除が長引いたか? ま、会議まではまだ時間があるから大丈夫だけどな」
いつもとは違う箱崎の様子に気づいていないのか、それとも敢えて無視したのか、三谷はあくまで到着時間のことだけを言って箱崎を迎え入れた。自分の席に着く直前、一瞬だけこちらをチラリと見てきたような気がしたが、古折にはそれが何なのかは分からなかった。
その後、改めて生徒会役員に宮田が自己紹介し、北がこれから行われる三校合同生徒会会議の流れを説明した。授業が終わってから会議が始まるまで一時間半以上も余裕があるのは、どうやら一校の生徒会役員が二校に移動するためらしかった。
「別に全員テレビ電話でいいじゃんと俺は言ったんだがなー、顔を合わせられるのならば合わせたほうが良いという意見があったからこういう形になった」
今回の会議に先がけて、既に各校の生徒会会長間でやり取りが交わされていたようだが、それを聞く限り、今年の競技会の実行委員長を務めているはずの三谷の立場は、どうも一校や二校の生徒会長よりも弱いようだった。
北が説明を終えても、まだ時間的な余裕があったので、古折を含めた生徒会役員と宮田は、競技会関連の資料を見るなり雑談をするなりしていたが、会議が始まる十七時より少し前に、三谷の携帯に連絡が入った。
「お、どうやら向こうももうすぐ揃うみたいだ。もう繫いでも良いと言っているし、宮田、準備は出来てるか?」
「大丈夫だよ。はい、じゃあここクリックすれば繋がるから」
宮田は、いつの間にか開いていたノートパソコンを三谷の机の上に移動させた。よし、と三谷は言って、生徒会役員を見渡し、全員準備が整っていることを確認してからテレビ電話の回線を繋いだ。
「もしもーし」
「もしもし」
パソコンのスピーカーから聞こえてきた声は女子のものだった。古折は、一瞬だけ三谷の顔に浮かんだ、げっ、という焦りの表情を見逃さなかった。
「よう、大山さん、久しぶり。元気してたか?」
「そちらも正しく画面が映っているようですね。それでは会議が始まるまでもうしばらく待機していて下さい」
「はい」
どうやら画面の向こうに居る大山という女子生徒は北以上に冷静沈着のようだった。大山と三谷は既に面識があるようだったが、三谷は言われるままに黙って頭を抱えていた。
それから五分もしないうちに、一校の生徒会役員が二校に到着したようで、画面の向こう側が少し騒がしくなったが、数分後、先ほどの大山とは別の、よく通る女子の声が大音量で届いた。
「お待たせして申し訳ない! それでは只今より、三校合同生徒会会議を始めよう!」
「いや、お前が言うんじゃねえよ川邑よ」
立ち直った三谷が早速突っ込みを入れて、会議が幕を開けた。
事前に打ち合わせで決定していた事項の報告が主だった内容だったため、会議そのものは一時間ほどで終わったが、これも予定されていたことなのだろう、全員訓練室に移動し、競技会の開会式で行うパフォーマンスの概要を見せることとなった。まだ一度も練習に参加していない一年生の箱崎と古折は、宮田と共に端で見学したが、三校だけではなく、パソコンの画面越しに見た一校や二校のパフォーマンスも、古折にとっては感じ入るものだった。特に、一校の発表において、古折と同じ一年生が、上級生と共に魔法を繰り出しているのを見た時、古折の競争心は大いに掻き立てられた。
「さて、それじゃあ競技会まで残り三週間、皆で力を合わせて頑張ろうな。それじゃあまた!!」
三谷がそう締めくくって、述べ三時間にも及ぶ通話を終了させた。
「お疲れ様です」
「おう、おつかれさん」
先ほどまで魔法を行使していたというのに、まるで疲れを見せていない三谷が古折の言葉に答えた。他の上級生も、やはり普段と変わらない様子で、改めて生徒会役員の凄さを認識した古折だったが、三谷が急にため息をついていった。
「あーあ、向こうはこれから楽しく夕飯でも食いに行くのかなー」
「五井が居ることだし、多分そうだろうね」
宮田が笑いながら、三谷のぼやきを補足した。確かに、時刻はもう二十時過ぎで、夕食を食べるのにはちょうど良い頃合いだった。
「こうなったらこっちも負けてらんねーな。飯、行くか」
一体どのようなルールで勝ち負けが決定されるのだろうか、と古折は疑問に思いながら、訓練室を出て行く三谷たちの後を追った。と、そこで、三谷が思い出したかのように、古折と箱崎に宣言した。
「明日から、一年生二人も練習に参加してもらう。今日のやつが完成品だと思うなよ? 本番は、もっと凄いやつをやるから、しっかりついてこいよ!!」




