Side2:第二十一章
二校では、他の魔法学校と同じ様な定期考査の外に、入れ替え試験という独自のテストを実施していることは前に述べた。これは定期考査とは違い、学年全体で共通したテストが行われる。これを、公正公平な実力審査であると二校は標榜しているが、実際はA組以外の者には高得点の取れないよう設定された、不公平なシステムに立脚したものである。
「入れ替え試験には6つ大問があるけども、一般教養は大問1と2にまとめて出題されて、全部あわせても30点分にしかならない。あとの70点は、すべて魔法系の科目だ。それも、A組でしか教えていない、高レベルな魔法知識を問うてくる。一番とりづらく、それ故に誰もA組に上がれないのだけれども、ここで点数を取れないと仕方がない」
穣はそう言いながら、改めて二校という学校のシステムに厭気がしていた。
「しかし気になるのは、一般教養をこれほど出来るお前が、なんでB組程度の魔法知識を答えられないのか、だ。魔法は嫌いなのか」
「そんな。嫌いなわけないよ。一応、魔法学校を自分で志望して、入ってきてるんだもの。ただ……」
言いかけて、継子は口ごもった。
「ただ?」
「ご、ごめんね。別に憚られることじゃないんだけど、ただの言い訳だから、やめとこっかなって」
「何だ言い訳くらい、大いにするべしだ。どんな態度であれ、自分の心根を省みようという行いは悪いことじゃない。」
深い実感を込めて、穣は言った。継子は、それでもすこしうつむきながら、恥ずかしげに話しだした。
「……なんかね、授業を聞いても自習しても、学んだ実感が湧かないっていうか、知りたいことを教えてもらえないというか……B組の授業って、基本的に教科書をなぞるだけでしょ?ちょっと質問すると、先生は後で聞きに来いって言って、放課後に聞きに行っても、先生達は忙しがって、結局適当にあしらわれちゃう。他の科目の場合は、それでも自分で参考書を買ったり、なんなら地元の友達に教えてもらったりも出来て、学びを進めていけるんだけど、魔法だとそうはいかないんだよ。魔法学の本はすごく分厚い専門的なやつしか売ってないし、知識のある人が身近にいない。……だから、つい本を開いて、自分で勉強するぞって意欲が湧かないの。ここに入るまでは、あんなに魔法を学びたかったのにね。……これも、堕落なのかなあ」
継子は自嘲する様に言ったが、その言葉には拭えない悲哀がこびりついていた。
「それは……堕落とは言わないな。そこまで自分を卑下することはない。B組の授業が面白くないのは同意だ。あれで、まっとうな魔法を学べるもんか」
自然、穣の口調も慰める様な、励ます様なものになっていた。
「今から学べばいいんだ。何事も、始めることが一番肝要で、一番難しい。しかし、始めてしまえば、実はことは簡単なんだ」
「簡単、かあ。言葉どおりにうけとっちゃいけないんだろうね。でも、なんとなくわかるよ」
「いいや、額面どおり簡単なことと思ってもらって結構だ。お前がすべきことは、ひとつだけなんだから」
「ひとつ?」
「勉強を続けること。それだけだ。それだけでいい。ことを成すには、成すまでやり続ければよいのだ。やり始めるより、どれだけ簡単なことか。あの時俺に頭を下げたあの瞬間から今に至るまでの一週間の張りつめた緊張は、これから後の二年間の勉強の艱難を凌駕する。だから、前途を憂う必要はないんだ。歩き出すと決めた時点で、その途は、歩ける途に変わる」
穣の言葉に熱が帯びてきた。冷徹に審議する眼から、熱く事態に取り組もうとする姿勢に変わりつつある。穣の言う言葉は、そのまま穣の欲しかった言葉である。穣は今、少しづつ石積みを築きはじめている。長年の勉強で蓄えた記憶と自分のみを見つめ続けた半年間の経験とによって培った識見によって、得がたい「自己」を得る、その道筋を歩き出している。歩き出したこの途が「歩ける途」であってほしいと思っているのは穣自身である。穣は、継子と話しながら、自分と話している。継子へ喋る言葉によって、穣という存在が何者か、或る事態に当たってどういう思考を反応として示すのか、どうにかして認識する作業に没頭している。
「お前がどんなに好成績をとっても、魔法はどうしても教えなくちゃいけないだろうと思って、実はこんなものを作っておいた」
そう言って、穣は積んであるノートの下から二冊を抜き出した。
「これは、何のノート?」
「『魔法 基礎』と書いている方には、一年次で学ぶ様な基礎の魔法用語と、解説を書いてある。『魔法 実習』と書いてある方は、俺が実習授業でやったレポートと、その解説。勉強の時、傍で開いておくと便利だし、読むだけでも十分勉強になると思う。電車の中とか、暇な休み時間とかに読んでくれ。字が汚いのは、申し訳ない」
継子はためしに、『魔法 基礎』の方を開いてみた。びっしりと単語が書いてある。魔法を使ううえでは、自分のイメージを言葉を使って形を鮮明にする必要があるから、一つ一つの言葉と、それによって想起されるイメージとがとても大事になる。ノートは100頁程だったが、世界のあらゆる事象が入っているのではないかと思う程、微に入り細を穿って、膨大な単語がそのイメージとともに書いてあった。
「ありがとう。こんなに綿密に、しかも単語だけのノートを作って勉強してるんだね。すごいなあ、A組は……」
「いや、それは一昨日作ったものだ。本当は単語は授業の度に新しいものを覚えてゆくから、課程の中で必要になったものを覚えていく。けども、この際そんな悠長なことはしていられないからな。とにかく、お前には単語によって、魔法を、ひいては世界を認識し、イメージしてもらわないと」
「お、一昨日?一日で作ったの?じゃあ、もしかしてこっちの『魔法 実習』って方も?」
「そっちは昨日。まあどっちにしろ、前に習ったことの焼き増しだから。一日あればできるさ。特に『実習』の方は、殆ど以前書いたレポートをはっつけたものだから」
「……何時間くらい?」
「一冊、だいたい5時間くらいだったかな」
考査前、普段よりだいぶ気合を入れて取り組んだ自分の自習時間が5時間だったことを思い出し、継子は嘆息した。
「……やっぱり、『簡単』は額面どおりにとっちゃいけないね」
「とって、いいのさ。お前の『簡単』と俺の『簡単』とが食い違っているだけで、お前はもう、俺の方の価値観に合わせていかなきゃいけないんだから」
「これを『簡単』と言えない様じゃ、A組には行けないし、行けても留まれない、ってことだね……そうだよね!意識からね。意識からA組にしていかなきゃ!」
己を奮いたたせる様に、継子は言い切った。
そういう素直さが、穣にはたいへん好ましく、また羨ましくみえた。
――もし俺に「冬河穣」がいたならば、俺はこうもあざやかに自己を捨斥できただろうか……
問いを浮かべた穣の脳裏に、グラバー教諭の無表情が映った。
(続く)




