Side1:第二十一章
合同会議から一夜明けて土曜日。授業のない日の校舎は閑散としているが、誰もいないわけではない。第一魔法学校には、学校から許された課外活動団体が存在する。普通の高校で言うところの部活動に相当するものだが、魔法の勉強会、のような普通の高校にはないものが主流だ。逆に、運動部とか文化部とかの種類の活動はあまり盛んではないようだ。
しかし、俺が土曜日の昼間に学校の廊下を歩いているのはそれらに参加するためではない。以前のように図書館で勉強をしに来たのでもない。
七階の廊下を渡った先にあるのは、いつもの生徒会室である。
時刻は13時の少し前。室内の電気は消えていたので、鍵を開けるべく生徒証を取り出し、ドアの機器にかざす、が。
「……あれ、開いてる」
施錠忘れだろうか。しかしそうだとすると金曜の昼休みからずっと開いていたことになる。俺が生徒会に入ってから、施錠を忘れたという事案は聞いたことがない。極めて珍しいことだ。同時に、何かトラブルにならないといいなと思いながら引き戸を開ける。
一瞬、目を疑った。
机の上には書類とパソコンが広げられ、床には鞄が置いてあるのが見える。これはつまり、誰かがすでに生徒会室で作業をしていた、ということなのだろう。つまり、前提にしていた、生徒会室に誰もいないという認識が誤っていたということである。
ではその人物はどこに――と思いながら部屋に入り電灯のスイッチをオンにすると、疑問はあっさりと解決した。
机の隣、椅子を三つ並べたその上に、女子生徒が寝ていた。明かりをつけたことで目が覚めたのだろう、俺が近づくと、もぞもぞと起き出した。
「ふぁ……」
「ちょっと不用心じゃないかね、田辺」
「……あっ、内藤君! びっくりした!」
「そりゃこっちのセリフだ。何してんだお前、こんなところでお昼寝か?」
「うん、まあ、そんなところ。……あれ、会長さんは?」
「え、会長もいるのか、俺が来た時は誰もいなかったけど」
「うん、一緒に作業してて、十二時くらいにお昼食べてから、みんなが来るまで休憩ねって話をしたの。それで、会長さんどこか行っちゃったから、私はちょっとだけと思ってここで横になって」
「寝てたってわけか。疲れてんじゃねえの? 昨日も帰ったの遅いだろうし、今日も早く来たんなら……」
「ううん、寝たし、大丈夫。さあ、バリバリ働いちゃうよー!」
そう言いながら、んー、と伸びをする田辺。よし! と自分に声をかけ、書類仕事に戻っていく。
俺もそれをただ見ている訳にはいかないので、別のパソコンを出して来て作業を開始。生徒スタッフの振り分けと仕事内容の資料作りを、月曜までに間に合わせなくてはならない。
ぽつぽつと田辺と会話をしながら作業をしていると、すぐに岩淵先輩と加藤先輩が到着した。二人もそれぞれの作業に取り掛かる。
「ところで、燈は?」
「なんか、昼まではここにいたんですけど、どこか行っちゃって、帰って来てないです」
「どこかって、心当たりはある?」
「いえ、特には……何も言ってなかったと思うし……」
寝てたし、と心の中で補足してやると、なぜか田辺に睨まれた。おかしい、声には出ていないはずだが。
「そう、それにしても三十分以上帰ってこないのも変ねえ。悪いんだけど内藤君、探して来てくれないかしら」
「え、俺っすか。いいですけど……」
「ごめんね、よろしく。手間賃は燈に請求してね」
岩淵先輩の最後の言葉には適当な返事をしつつ、俺は生徒会室を出た。
とは言ったものの。
会長がどこにいるかなど検討もつかない。とりあえず七階から順に、いそうかなと思うところを調べていく。とはいえ場所は限られているので、特にどこも覗かないフロアもあるなど、雑な捜索を行った結果、すぐに一階についてしまった。
また階段を登るのもあほらしく、エレベーターを呼ぶ。校舎に人が少ないため、エレベーターもすぐにやってくる。乗り込み、七階のボタンを押そうとして、気がついた。
この学校には、七階のさらに上――屋上がある、ということに。
屋上にエレベーターは通常止まらない設定だったので、七階で一度降りて階段で屋上へ。
屋上といえばサボりの定番みたいなところがあるし、もしかしたら本当に会長がいる、かもしれない。
鉄の扉を押し開けると、五月の陽光が差していた。今年はまだ梅雨はやって来ていない。今日も穏やかな日だ。できるなら競技会まではこんな気候が続いて欲しいものだ。
屋上には初めて来たが、ベンチがいくつか置かれており、どうやら普段から利用できるようであった。そしてそのうちの一つに、見覚えのある女子生徒の姿。
「ほんとにいるかよ、屋上に……」
生徒会長がそんなサボりのテンプレートみたいなことをしていていいのだろうか。
近づいてみると、どうやらベンチに座ったままうつむいて寝入っている。肩がわずかではあるが規則的に上下しているようだ。
「――会長、こんなところで寝てたら風邪ひきますよーって」
声をかけながら軽く肩をつつき、顔を覗き込んでみる。
ぱち、と会長の目が開き、視線が重なる。
思わず、というかほとんど反射的に、顔を離す。
「おはようございます、会長」
わざとらしくちょっと口調を作り、声をかける。幸いというか、寝起きの会長には違和を感じとられずに済んだようだ。
「あ、たーくん、ってあれ、私……やだ、今何時?」
「一時半過ぎです」
「え、うそ、寝過ごしちゃった。もうみんな集まってる?」
「はい。それで俺が寄越されたというわけです」
会長はポケットから携帯端末を取り出し確認すると、こちらに見せて来た。岩淵先輩からの着信が数件あったろいうことは、どうやら俺を遣いにやる以前に連絡を取ろうとはしていたらしい。
「ということなんで、行きましょうか、会長」
「ええ、そうね、たーくん。仕事はいっぱいあるものね。こうしちゃいられないわ」
勢い良く立ち上がる会長。
「あ、でもその前に――口元は拭いといた方が、いいかもしれませんね」
俺の指摘に一瞬きょとんとした表情を見せたが、次の瞬間には恥ずかしさを隠すように、
「こら、からかうな!」
と語気を強めた。
階段を降りる時、こっそり口元を拭っているのが目の端に映り、笑いを堪えるのが大変だった。
生徒会室に戻ると、会長は速やかに定位置に戻り、作業を開始した。
「内藤君、探して来てくれてありがとう。それで燈、珍しいじゃない、遅れるだなんて」
「ごめんなさい、ちょっと用事があって」
用事ねえ、ともちろん声には出さずにつぶやく。
「用事って?」
「それはその、まあ、先生に頼まれごとを――」
「まったく嘘が下手ね。先にヨダレの跡を拭いたらどう?」
「えっ、ちょっとまってそんな、さっき拭いたのに……あっ」
これは岩淵先輩が上手だったようだ。思わず立ち上がった会長は、若干俯き加減で、会長が謝罪を述べる。
「ごめんなさい、屋上で休憩してたら、うとうとしちゃって……」
自業自得といえばそうなのだが、そんなに責めるようなことでもないので、若干かわいそうになって来た。確かにリーダーが遅刻というのは許されないことではあるが、今日は会議とかではなく個人作業をしに集まったのだから、そこまで大きな迷惑をかけられたわけでもない。
それは岩淵先輩も同じように感じたらしく、苦笑いしながら声をかける。
「そんなに気にはしないわよ、それに、嵌めるようなことしてこっちこそごめんね」
「……そう、かしら?」
「そうよ、だからさあ、作業に戻りましょう」
岩淵先輩の言葉で、会長が椅子に座り直し、全員が作業に戻る。
……なんとなく間が持たなくなったのを感じたのか、加藤先輩が口を開く。
「でも珍しいですね、会長が、なんていうか」
「昼寝なんて、かしら。私はもともと二校の川邑さんみたいにバリバリ働く方じゃないのよ」
「川邑さんは、そんなにバリバリ働くんですか」
田辺の問いに、岩淵先輩が答える。
「そうよ。川邑会長と大山副会長は、朝は早く夜は遅い、とにかくずっと働いたり勉強したりしている、って印象ね」
「朝何時に来てるのかしらね、あの二人は……」
はあ、とここにいない二人の驚嘆すべき生活サイクルを思い、一同が嘆息。
「ま、他所は他所、うちはうちよ! たまにはお昼寝したっていいじゃない! やる時はしっかりやるのがうちの生徒会なんだから、ここからしっかりお仕事するわよ!」
会長がいつになく強い調子で鼓舞する。
それぞれがそれぞれに返事をし、気持ちがしっかり切り替わる。一大イベントたる競技会に向けて、作業が再開された。




