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Side3:第二章

 十一月下旬の夕方は肌を刺すような風が吹き、すれ違う人々は皆各々のやり方で寒さを凌いでいるが、それでもまだ寒さに震えている様子だった。

 通行人の若い男と目があった。すぐに視線は離れたが、彼は驚いた表情を浮かべていた。しかし、その一瞬後に見えた表情には、何となく懐かしさのような感情があったようにも思える。今にしてみれば男の反応も当然で、士沢も今、五年前の自分と同い年の子供が寒さを微塵にも感じていないような服装と元気さをもって歩いてきたならば同じ反応を返していることだろう。

 五年前。士沢は当時小学五年生だった。遊ぶメンバーはほとんど固定されていて、遊ぶ場所も大体は学校近くの公園だった。十一月下旬のその日も、いつものように公園でひとしきり遊んだ。あっという間に五時を告げる放送が鳴り響いて、少年たちは各々の帰路についた。

 士沢と一緒の方向に帰るのは他に二人いたが、どうもその頃は、三人になると、士沢は手持ち無沙汰になった。というのも他の二人がある分野で熱く盛り上がってしまい、その話題にあまり詳しくない士沢は会話に入れなかったからだ。仕方なく、周囲のものを漠然と見ながら帰り道を歩いていた。そこで、若い男と目があった。

 男とすれ違った後、士沢は背後を振り返って、仲間の会話を聞いてみることにしてみた。

「だからさ、今ここの辺りにすごい魔法使いが来てるらしいんだ!!」

「その噂は俺も聞いたな。かなりの腕利きらしい」

 眼鏡をかけた小柄な少年の熱弁に、大人びた理知的な雰囲気をもった少年が頷く。

 士沢はため息をついた。やはり、二人が話す「魔法」の話には混ざれそうになかった。もちろん、常識としてそれの概要は小学校で教えてもらっていた。しかし、後方の二人があそこまで熱く盛り上がる――頷く少年の口調は冷静だが、腕を組んでしきりに頷く様子が興奮していることを表すのを士沢はよく知っている――話題なのか、というところは疑問だった。

 話には加わりたいが、加わっても何を話せばいいのか分からない。士沢の頭の中はごちゃごちゃになって、思わず頭を掻いた。

 ふとその時、視線の先に違和感があった。周囲の電灯が切れかかっているせいで、若干暗くなっている場所。別に、何かが欠けているとか、不自然な何かが増えているとかではない。道路上の物の配置は普段通りなのだが、僅かな空間の誤差――端的に言えば「歪み」があった。士沢は気になって立ち止まり注視してみた。歪みは少しずつ大きくなっているように見える。

 そこへ、士沢が立ち止まったのに気付かなかった眼鏡の少年の腕が士沢の肩にぶつかった。それでやっと、眼鏡の少年は熱弁を一旦止めて士沢に尋ねた。

「どうしたのさ、急に止まって……ッ!?」

 言ってすぐ、眼鏡の少年は、視界に映る違和感に気付き息をのんだ。その後ろで、大人びた少年もすぐに気付いて驚く気配を見せる。そして、普段はあまり出さない大声で叫んだ。

「魔物の歪みだ!!」

 その言葉で、士沢は既に歪みの原因を見抜いていた二人に遅れること数秒、改めて驚愕した。

 魔物の歪みとは、正式に言えばこちらの世界と反世界の境界線の歪み。歪みが引き起こす現象は、反世界の住人「魔物」の出現。そして、魔物がこちらの世界に現れるということは、無差別な魔力の放射によって周囲に被害が出ることを意味する。

 これらの知識は、特別魔法に興味の無かった小学生の士沢でも頭に入っていることだった。一般人にとって、魔物と遭遇することはそれほどに危険なことであり、かつ予測も基本的に不可能なことから、災害の一種として捉えられていた。

 当然、この災害の対処法は教えられていた。現職の魔法使いが小学校に訪れて、緊急時の対応に関する講演を行うのは、毎年の恒例行事だった。しかし、実際に災害が起こった時、冷静さを失わずにマニュアル通り行動できるかどうかは全く別の問題だ。

 歪みが大きくなる中、士沢は、ちらりと後ろを見た。普段共に行動する友人たちの中でもずば抜けて冷静な、大人びた少年は、叫んだ後も驚きの表情が顔に残ったままで、どうしたらいいのか分からないようだった。この様子だと、眼鏡の少年は見るに及ばない。

 大人びた少年ですら、次の行動ができない。ここで士沢はパニック状態に陥った。とりあえず動くべきなのは分かるが、いったい何処へ行けばいいのか。歪みの大きさはかなりのものとなり、魔物は今にも現れようとしている。魔物と人間、しかも小学五年生とのスペック差は明確だ。パニック状態でもそれは認識できる。ゆえに、恐怖に拍車がかかった。魔物に襲われたら、ろくな抵抗もできずに死ぬ。当たり前の事実が、これほどの恐怖を与えてくることを士沢は初めて知った。

 「あ……」

 吐息がもれる。息をもらしてから、ようやく自分の唇が震えていることに気付いた。いや、唇だけではない。体全体が、明らかに寒さ以外の理由で震えていた。

 しかし、震えている士沢を時は待ってくれなかった。

 歪みが一際大きくなった後、ついに全身を黒い靄に包んだ魔物が、歪みの向こうから姿を見せた。大きさは小学五年生の士沢達と大差はなかったが、共通点はそれくらいのものだ。一応、頭部と胴体、それに四肢らしきものはあるが、腕の部分は膝のあたりまで伸びており、脚はそれに比べると異常に短かった。明らかにこの世界の者ではない。魔物の姿形には個体差があり、当然ある程度人間に近い者もいる。しかし士沢達にとっては不幸なことに、この魔物の姿は、より恐怖を煽る異形だった。

 「う……うわああああああああ!!」

 誰の叫びかは分からなかった。もしかすると、三人とも叫んでいたのかもしれない。とにかく、魔物を実際に認識したことで、完全に何も考えられなくなった。ただ、生存本能だけが士沢達を突き動かし、魔物から逃げるために走り出した。

 しかし、理性もまともに働いていないせいで足元の様子もよく分からなくなっていた。士沢は落ちていた石に躓き、体勢を戻すこともできず、そのまま道路に転んだ。来た道とは逆の方向に走り出したため、前を行く形となった他の二人は、転んだ士沢に気付いて足を止めて振り返った。そして、見てしまった。魔物が今にも士沢達に向かって飛びかかろうとしている様子を。黒い靄は一度体勢を低くして、一度の跳躍でここまで来る構えだった。魔物のスペックを考えれば、それは一瞬のことだろう。これではもう、逃げる余裕はあるまい。士沢が転んでしまっている今ではなおさらだ。士沢も転んだ体勢のまま、背後を見て動きが止まった。

 三人は諦めた。突然自分に降りかかった災害に対して、冷静に対処できる人間なんてほとんどいない。だからこれはしょうがないことで、自分たちの人生はここで終わる――。

 「発射!!」

 半ば沈みかけていた意識を強引に引き戻したのは、閃光と叫び声だった。三人よりも後ろから声が聞こえたと思った瞬間、背後から光が差し、凄まじい勢いで何かが魔物を貫いた。

 飛び始めていた魔物は吹っ飛ばされ、そのまま黒い靄は動きを止め、周囲に散った。後に残ったのは、一本の槍。透明度の高い白色の槍は、魔物を貫いた後もしばらく残っていたが、やがてパキンと音を立て崩れ去った。槍もまた、魔物と同じように消えた後はその痕跡が何も無くなっていた。

 「氷の……槍……」

 いまだ転んだままだった士沢は、呆然と呟いた。


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