Side1:第十七章
試験後最初の土日は、ほとんど生徒会の業務で潰れた。競技会の準備だけでなく、それに追われて忘れかけていた通常の生徒会業務に忙殺され、気がついたら土日が終わっていた。しばらくはこんな調子なんだろう。競技会が終わるまでは。
とはいえ遅くまで勉強するようなこともなくなって、やや疲れも取れた月曜日。今日から平常の時間割に戻る。
いつも通り芳樹と並んで登校。試験前独特の緊張感もなくなり、寮から校舎までの道のりは心なしか先週よりも騒々しい。
「騒がしいな、なんか」
「まあ先週までが静かだったんじゃないかな」
「それもそうか。試験も終わったし、今度はイベントが待ってるんだもんな」
「うん、競技会、来月だっけ。出場する人は多いわけじゃないみたいだけど、スタッフや観客でみんな結局何かしらで参加することになりそうだもんね」
「普通の生徒にとってはお祭りだもんなあ」
この場合の「普通の生徒」は、生徒会役員でも出場選手でもない者を指している。芳樹はそれを察したようで、苦笑いしながら
「運営は大変だもんね」
と俺を気遣った。
「ああ、まあ成り行きで不本意とはいえ、一度やると言ったことだからな。頑張るよ」
そんな話をしているうちに校舎に到着し、教室の前で芳樹と別れる。とりあえずはいつも通りの日々が、また始まった。
昼休み。開始と同時に教室を出て、購買に寄ってから生徒会室を目指す。今日の昼から、出場者と生徒スタッフの募集が始まる。その対応をしなければならない。
生徒スタッフというのは、文字通り競技会にスタッフとして参加する生徒のことだ。当たり前だがボランティアでの参加であり、開催期間中ずっと仕事をしなくてはならないわけではなく、競技を観戦する時間も十分とれるため、例年多数の生徒が参加するそうだ。
その受付と管理は当然生徒会がやるのである。
生徒会室に入ると、まだ誰も来ていなかった。パソコンを起動させながら、生徒会室前に置かれた臨時のポストの鍵を開け、中から十数枚の応募用紙を取り出す。これらは全て、出場希望者の応募用紙だ。
昼食のパンを齧りながらパソコンを操作し、応募して来た生徒の情報を表にまとめる作業に取り掛かる。生徒番号を打ち込むとその生徒の名前やクラスが自動で入力されるという岩淵先輩お手製のマクロを使えるので、作業自体は非常に簡単だ。
作業に取り掛かってすぐ、他の役員も生徒会室に到着し始めた。
それぞれがそれぞれの仕事を抱えているため、挨拶もそこそこに作業を開始していく。作業は午後の授業が開始する直前まで続き、会長が思い出したように「あと三分!」と叫んだところで中断。五人して階段を駆け下りる羽目になった。
どうしてこんなに急いで作業をしていたのかというと。
放課後は会議と作業のみならず、試験前と同様に実習室での「練習」があるからである。
授業が終わり、ホームルームで担任の結城教員から競技会の選手募集とスタッフ募集があるからふるって応募するようにとのお達しを聞き、また胃が痛くなった。重い足取りで、田辺と並んで生徒会へ。
「そういえば内藤くん、どうだった?」
「何が」
目的語の足りていない田辺の問いかけに、半ば答えを予想しながら訊き返す。
「魔法理論とか、試験返ってきたじゃない。どうだった?」
「やっぱりそれか、そして訊くのかそれを、俺に」
「そりゃ、気になるもん。勉強教えたんだし。どうだった?」
どうだった? の三連発を浴びた俺は、渋々鞄から答案を引っ張り出して見せる。
「五十二点…平均の、ちょっと下、かな……?」
その通り。魔法理論基礎の中間試験平均点は六十二点。ちょっと下、というかだいぶ下というか、微妙なラインであった。
「まあ付け焼き刃だからな。しゃーない。でも平均高くないか、あのテスト」
「まあちょっと平均は高めだけど……でも、試験前に比べたらだいぶ力着いたんじゃない?」
「そりゃそうだよ、というかそうであってもらえなきゃ困るっての」
本音を言うと、もう少しとれた気がしていたから、少し悔しかった。知恵熱を出すまで勉強したのだから、平均に乗せたかったものだ。
「まあ赤点回避だし、まあまあ取れたし、お陰様でなんとかなりました。ありがとう」
「うん、じゃあ次は平均点目標ね! 頑張ろう!」
うへぇ、と苦笑して見せてから、一応訊いてみる。
「そういえばお前は何点だったんだ?」
「あ、八十三点。もうちょっと取れたかなあって思ってたんだけど……」
「……なんつーか、予想はしてたけど格が違うな」
八十点以上を獲得している者は、なんとなく無条件に「すごい」と思ってしまう。
階段を上りながら、会話は続く。
「それで、他は?」
「……他って?」
「英語も返ってきたじゃない、今日」
痛いところを突かれた。実は英語は魔法理論より出来が悪かったのだ。
「あー、うん、英語な、うん。……あっ、田辺、あれはなんだー」
一つ上の段に足を掛けたまま上半身をひねって、後方を指差す。もちろん指した先には何もない。
「あれ?」
予想通り、田辺は無邪気にも俺の指差した方向を振り返る。
「――先行くぜっ」
機を逃さず、一段飛ばしで階段を駆け上る。
後ろから、こらー、というような声が追いかけてきたが、気にせず七階まで駆けた。
七階にたどり着く頃には息が切れていた。運動不足。運動する機会がろくにない生活をしているから仕方ないのだが、いい加減階段で息切れしないくらいにはなりたいものだ。
生徒会室のドアを開けると、昼とは逆に先輩たちは勢ぞろいしていた。
「こんちはっす」
「あ、たーくん。きょうちゃんは?」
「あーっと、そのうち来ると思います」
適当なことを言いながら自分の定位置に座る。ほどなくして、若干の不機嫌を纏って田辺が到着し、会議が始まる。
「まずは、言ってあったと思うけど、二校と三校の生徒会との合同会議ね。今週の金曜に、二校で行うことが決定しました。三校は来られないから、テレビ電話での参加になるわ。私たちは授業後に二校まで行きます。遅くなるかもしれないから、親御さんとか寮母さんとかにはあらかじめ言っておいてね。二校は都心の方にあるから、ここからだと中央線を使う感じかな。
それから、今年の実行委員長は三校の生徒会長の三谷くんなので、進行は彼が、というか三校の主導で行います」
三校の生徒会長。三谷くん、ということは男性なのだろうが、どのような人物なのだろうか。
「三校の生徒会は、そろそろ中間試験が終わってメンバーが出揃うはずだけど、一年生はまだ慣れてないかもしれないから、二人がフォローしてあげる場面があるかもしれないわね」
岩渕先輩から補足が入る。
「三校は、中間試験の結果で役員が決まるんでしたっけ」
「そうよ、きょうちゃん。だから三校の役員はみんな成績はものすごくいいのよ」
「成績で生徒会役員を決めるって……なんか、すごいシステムですね」
「まあ、たーくんは特にそう思うかもね。でもあそこもこのシステムでこれまでうまくいってたし、大丈夫よ」
「はあ……なんとなく、三校はみんなカタブツなのかななんて、思いますけど」
「いや、そんなことはないよ」
意外にも、最初に反応したのは加藤先輩だった。
「そうね、そんなことないわ」
「ええ、そんなことないわね。むしろ……」
「会長、それくらいで」
「そうね。まあ、会って見てのお楽しみということで、ね」
「は、はあ……」
カタブツではないということしかわからないまま、はぐらかされてしまった。
さて、と会長が仕切り直す。
「それじゃ次ね、今週末の出場者選抜について、当日の役割分担をするわ。今日はこのあと、パフォーマンスの練習もしなきゃいけないんだから、サクサクいくわよ」
頭からすっかり追いやられていた、練習という項目を思い出し、会長に気づかれないようにため息をついた。その瞬間、ニッコリ笑った岩渕先輩と目が合った。
俺は曖昧な会釈を返すことしか、できなかった。




