Side3:第十六章
第三魔法学校は、生徒を魔法使いに育て上げる場として設立されたため、その目標を出来る限り高い水準で達成するべく、校舎の設備やカリキュラムなど、随所において努力がなされてきた。魔法理論の授業で使われる教科書にも努力が表れていて、たとえば一年生の教科書は、これから魔法を学んでいく者のための入門書として分かりやすく魔法理論の基礎をその中で解説しており、学年が上がるにつれてより高等になっていく魔法理論の世界を理解するための土台を作る役割を担ってきた。
しかしながら、そもそも教科書を見て勉強するということがあまり得意ではないタイプの人間にとっては、解説がいかに丁寧であろうとも、一向に勉強が捗らないのだった。士沢は、中間試験の範囲の半分にも満たないうちに、読んでいた魔法理論の教科書を閉じた。教科書を鞄にしまってから、図書室の壁にかけられた時計を見た。時刻は六時。図書室の開放時間が終わるまで、あと一時間あった。勉強に対する集中力はすっかり途切れてしまったので、もう帰ってしまうのも手だったが、士沢の頭の中に一人の人物と、彼が以前口にした言葉が思い浮かんだ。
机の上に置いていた筆記用具を筆箱に収めて鞄に放り込み、士沢は席を立って周囲を見た。図書室内には、士沢が図書室に入ってきた時ほどではないものの、いまだ多くの生徒が残っていて、中間試験の勉強をしていた。彼らの邪魔にならないように、静かに入口まで移動し、そっと扉を開けて、廊下へ出た。後ろ手で扉を閉めてから、一番近い階段に向かって歩き出した。
一階に下りて、すぐ左に曲がった。授業終了から二時間が経ち、今日から部活動も休止になっているから、図書室を出てからここまで人とすれ違うことはなかった。ましてや、士沢はいま玄関から遠ざかる方向に歩いているため、いよいよ周りは静寂に包まれていった。しばらく歩いてから右に曲がり、廊下に入った。この両側に教室のない廊下の端に、訓練室の大きな扉が見えた。もはや士沢は、扉の上にあるプレートを確認することもなく、扉の前に立った。何も音を発するものがないため、周囲は不気味なほど静まりかえっていた。もしかしたら訓練室には誰も居ないかもしれないという考えは、図書室を出た時からあった。魔法の実技試験は期末試験の時のみ行われるから、中間試験一週間前の今日、訓練室の利用者がいないという可能性は充分にあった。それなら仕方がないし、帰宅するのみなのだが、一方で士沢は、中間試験に近いという理由で、あの男が練習を一旦やめるだろうかという思いも抱いていた。扉の取っ手に手をかけて、勢いよく引いた。
はたして扉は重厚な音を立てて開きはじめた。以前訓練室にきた時、開きはじめた扉を閉めようとした時、いくら力を入れても閉まらず、むしろ扉は全開になったということがあったので、士沢は取っ手から手を離して扉が充分に開くのを待った。この扉の開閉システムはほぼ自動化されており、人間は最初に力を入れて扉を開けようとするだけで良いのだった。自動化させている技術が魔法か科学かについて特に興味があるわけではなかったが、今度知っていそうな人物に出会ったら聞いてみようと思いつつ、士沢は訓練室の中に入った。
訓練室の中に居たのは、士沢の予想していた通りの人物だった。
「こんにちは、三谷会長」
「士沢か。二週間ぶりくらいか?」
三谷は、手に持っているカードを弄びながら士沢に尋ねた。生徒会長、というくらいなのだからもちろん学業の成績は優れているのだろうが、今の姿からは中間試験に対する気負いというものはまったく見えてこなかった。あまりにも優秀すぎて試験前に特段勉強しなくとも好成績は維持できるパターンか、と士沢は推測したが、それは口には出さず、言われた質問に答えた。
「それくらいですね。三谷会長はずっと訓練室でパフォーマンス練習していたんですか?」
「まあな。本番まで時間は迫ってきてるわけだし、他の生徒会メンバーに教えたりもしてた」
三谷の言葉で、他の生徒会メンバーの顔が頭の中に浮かび上がった。何度も会話している三谷と、その隣にいる頻度が多い内橋についてはともかく、一度だけ生徒会室に行った時に会った、二年生の北と伊勢井のことはいまだよく分かっていなかった。北が上級生のはずの三谷を叱りつけていたことは、はっきりと覚えていた。
「そういえば、以前生徒会室に行ったときに書類がめちゃくちゃ有りましたけど、あれやったんですか?」
覚えていたシーンを再生して、士沢は言った。三谷は、ため息をついて顔を下に向けてから、先ほどまでより幾分か調子を落として返した。
「少しはやったけどさ……」
その後に言葉は続かなかったが、調子を落とした理由は容易に分かった。あれらの書類のことを思い出すと、どうしても三谷の脳裏には睨む北が浮かぶのだろう。
「訓練室に逃げてるんですね。……もしかして今日も?」
三谷は、その質問に首を縦に振ったが、すぐに態勢を持ち直してニヤリと笑い、士沢のほうを指さして言った。
「だが、それは士沢だって似たようなものじゃないか。北か勉強かって違いさ」
訓練室を訪ねた理由をまさに当てられて、今度は士沢が黙る番になった。さすがに鋭い、と改めて思った。会話を交わす前から士沢の思いを見抜き、今までそれに乗ってやっていた三谷は、果たしてどう思っているのだろうか。息抜き気分で、懸命にパフォーマンス練習する三谷に会いに来たことを怒っていやしないか、と士沢は不安になった。
「まあ、ずっと勉強してても行き詰まるからな。息抜きも大切だ。それを咎めることはしねえよ」
三谷の発言は、士沢の不安さえも見抜いているようなものだった。生徒の代表として、この第三魔法学校をまとめ上げる人間の器を、士沢は垣間見たような気がした。
「一年生のお前が生徒会長の俺に、息抜き気分で会いにきたことは覚えとくけどね」
「結局根に持たれてる!!」
「あとお前がこの前来た時、開けかけた扉が閉まらない閉まらないってやってたのも覚えとくけどね」
「それは本当に忘れて下さいよ何か恥ずかしいから!! あと何で知ってるんですか!!」
三谷という人間を理解するのは、魔法理論の教科書に書いてあることを理解することよりもずっと難しい、そう思った士沢だった。




