Side2:第十六章
二校にはAからFまでの、1クラス35人から成る6クラスがあり、学校の方針によって、その中でA組だけがあらゆる面で優遇されていることは前に述べた。二校の生徒は当然誰しもA組になりたがるが、その関門はたいへんに高い。入学直後に行われる組分け試験によって、まず最初のクラス分けが行われる。ここで上位35名には入れるかどうかで、その後三年間の高校生活の明暗がはっきりとわかれてしまう。この後にも、毎学期末に全校生徒が対象の入れ替え試験があり、その都度上位35名が選び直されるが、これが殆ど形骸と化してしまっているためである。A組と他の5クラスとの授業進度の差は甚だしく、入れ替え試験の問題はA組の授業内容に合わせて作られるので、A組の生徒でなければ殆ど太刀打ちかなわないのである。余程怠けたか、穣の様に、テストそのものをサボタージュしたほんの二、三名くらいが落第することはあるが、運良くその落第者の枠に滑りこんでも、学力の基礎が出来ていないために授業についてゆけず、一方でA組から落ちた生徒は必死で返り咲こうとするから、たいてい次の入れ替え試験で元に戻ってしまう。結局、最初にA組に入れた生徒は卒業までA組で過ごし、漏れた生徒は三年間第一校舎に立ち入ることすらないまま卒業してしまうことも珍しくない、という風な格差が常態化するに至っていたのであった。常態化したシステム上の格差が、構成員の意識までを侵食してしまうのは世の理である。A組の生徒とBからF組の生徒との間には冷たい形而上の壁が生まれ、第一校舎と第二校舎を行き来する者は稀になった。二つの校舎を結ぶ連絡通路は、殆ど屋根つきの休憩場所として扱われている。
穣に、そういう蔑視の様な態度がなかったわけではない。B組の授業など聞いていられるかとばかりに居眠りをしたり、別の学習をしていたり、むしろその傾向はだいぶ顕著な方であったであろう。しかし穣には、B組の生徒を軽蔑する意識はなかった。彼らと自分との差は、もちろん学力の面でそれは大いにあったけども、殆どが運によって隔てられることによって生じている。そしてそれを、不幸なシステムが無理くりに圧しこめて固定化させているだけに過ぎない。ただ、実際にB組の授業が面白くなく、学ぶことが鮮ないので聞かないだけであって、それを受けさせられているB組の生徒達に対しては、同情心こそあれ、軽蔑する様な思いはなかった。システム上の「B組」という組織を蔑視していたが、その視線は構成員までには注がれていなかったのである。ところが、穣以外の「都落ち」経験者達はそうではなかった。
「A組に元いた人達は、どうせまたすぐに戻れるから。私達がどう足掻いても登れないところに、ひょいって跳んでっちゃう。一夜の宿のつもりでいるんだもん、関わらないのも当然だよね。でも、私達は登れない。B組の授業が程度が低いなんて事はずっとわかってるのに、私達はそれを受け容れつづけなきゃいけない」
悲痛な叫びである。であるのに、語る継子の口調は淡々として湿り気がない。空虚、と評すべきで、貌は伏せられていて判別できないが、おそらく悲しみすらも色としてあらわれていないであろう。
これが絶望の色なのだ、と、穣は思った。悲哀の時はとうに過ぎて、希望も憤懣すらも失って、受け容れると言える程な積極的な動きもなく、ただ呆然と立ち尽くすのみとなる。
「思うんだけど、私達と同じ条件に置かれたとき、A組の人達が試験で上位を取れるかなあ?基礎のきの字も教えられてなくて、教科書もなくて、教えてくれる人もいない。きっと、無理だよ。なのに、たまたま最初の試験で35番までに入れたからずっとA組にいられて、36番目の人は二度とそれを望むことも出来ない。私は、そんなの受け容れられないよ。魔法使いになりたくて、頑張って頑張ってせっかく魔法学校に入ったのに、こんなことでまともに学べないなんて、耐えられない」
継子は言いながら頭を振った。まだ、継子は絶望の色に染まりきってはいなかった。ただ野心のみで心を灼き、熱を保っていた。
穣は、黙って聞いている。口を開くには、苛立ち過ぎていた。ちょっと無関心がみえたくらいで臍を曲げて心を閉じる程に腹を立てやすい穣にとって、継子の話は怒るところがありすぎて、逆に何も口を挟めなくなっていた。何か言えば、怒りのために行き過ぎたことを口走る気がしたのである。
「勝手なお願いだよね。殆ど初対面の人に、こんなこと言うのおかしいって、わかってる。けど、お願いします。私どうしてもA組に行きたい」
頭を下げた継子に、穣はすぐに応えなかった。暫時、会話が途切れた。校庭で、他の生徒が遊ぶ声だけが遠く聞こえた。観念した様に、ひとつ息をついて、継子は頭を上げた。
ごめんね。継子はそう言うつもりであった。赤の他人たる継子に穣が力を貸さなかったからといって、何を責めることがあるであろう。しかし、継子は自分の窮状を述べ立てて、断ることが悪いことである様にもっていった。卑怯といえば卑怯である。一言謝って、断って貰う前に話を了わらせよう。そういう心であった。
「いいよ」
穣の一言が、それよりすこし速く出た。想定していなかった返事に、継子はすぐに応じることが出来なかった。
「……い、いいの?」
ようやっと出てきた返事は、殆ど鸚鵡返しの様なものであった。
「うん、いいよ。まあ、俺が教えたからって必ずA組に上がれるとは言えないけども」
「ほんとに?迷惑じゃない?」
「そりゃあ少しは手間だけど、構わないよ。他人に教えることで、自分が得るものもあるだろう」
「からかってるんじゃないよね?私が不躾だからって」
「いい加減しつこい。そんなに意外かな」
「ごめんね、意外って言うか、何て言うか……今までずっと断られてたから。そもそも、こんなに長く話を聞いてくれる人もいなかったくらいだし」
「懐に飛び込んできた窮鳥を、殺すに忍びないと思うのは、当然の人情だと思ってたよ。どうやら、そうでない奴も多かったみたいだな」
言って穣は、今のは少し気取りすぎたと思い、恥ずかしくなって横を向いた。赤面を取り繕うために、とっさに穣は何の考えもなく、
「昔の人の言葉にもある」
と言ってしまった。
「何て?」
「……鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん、と」
「どういう意味?」
「鶏を殺すのに、牛を解体するための大きな刀は使わなくてもいいじゃないか、ってことだ」
「へえー……って、それ今何も関係ないよね!?」
穣は、つづいて生じた赤面の種を、どうして取り繕ったものかと思案をめぐらさなくてはならなくなった。
(続く)




