Side3:第十四章
訓練室に訪れるのはこれで三度目だが、前回前々回のように、訓練室にちょうど入るタイミングで中から眩い閃光が放出されるということはなかった。何せ、閃光放出の犯人である三谷は士沢のすぐ前に居るからだ。
士沢と三谷を除いて、訓練室には誰もいなかった。最初に訓練室を訪れた時、三谷は新学年になってすぐの今、訓練室を使うような生徒は居ないと言っていたが、どうやらそれは事実のようだった。生徒が放課後に訓練室を使う用事があるとすれば、手元では収まりきらない規模の魔法の練習だが、二年生および三年生も、そういった魔法の実技課題が差し迫っている状況ではないのだろうと士沢は推測した。言うまでもなく、基本的な魔法の実技さえ行っていない一年生が訓練室を使う用事はない。
「さてと……じゃあ早速だが、始めるか」
訓練室の中央で立ち止まった三谷は、士沢のほうに振り向いて言った。
「お願いします」
士沢は、三谷をじっと見据えた。三谷がこれから見せる魔法は、来たる競技会で第三魔法学校が披露するパフォーマンスの一部だと言う。本人曰く、まだ完成とは言い難い代物だそうだが、それでも三谷が行使する魔法ということに変わりはない。全国から、魔法使いを志す学生が集結する第三魔法学校。その生徒会長が魔法を目の前で見せるというのだ。士沢にはまだ原理さえ理解することはできないが、何か得ることがきっとあるはずだ。士沢はそう思い、真剣な面持ちになる。
「そんなに表情固くしなくてもいいぞ」
三谷は士沢の視線の真剣さに苦笑した。士沢は、その言葉に頷きはしたものの、表情はほとんど変わらなかった。三谷は、仕方ないという風に息をついて、制服のズボンの右ポケットから一枚の長方形のカードを取り出した。カードには、直径がカードの短辺とほとんど同じな円が描かれていて、その円の中にはいくつかの記号と単語が書かれている。士沢は、その模様が何なのか一目見ただけで分かった。というより、この魔法学校に通う者で、分からない者はいない。
カードに描かれているのは魔法陣。魔法を使うためには、魔法陣を描かなくてはならない。魔法陣を反世界と正世界の門とし、魔力を魔法陣に注いで現象を引きずり出す。それが、魔法という技術だ。つまり、魔法陣を出すということは、今から魔法を使うというサインにあたる。
士沢に緊張が走る。訓練室内の空気が重く張り詰める。その中心で、三谷も真剣な表情を作り、手慣れた動作でカードを持った右手を頭上に掲げ、魔法陣が描かれた面を訓練室の天井に向ける。瞬間、魔法陣が青白く光り、そこから同じく青白く光る物体が浮かび出てきた。物体は、そのまま天井に向かって浮かび上がっていく。
士沢はしばらく、物体が昇っていく様を見ていた。そしてそろそろ見上げる角度が大きくなって、首が痛くなってきた頃にようやく、その物体が何なのか分かった。
「光の輪……」
三谷が放った魔法は、光の輪を作りだすというものだった。そして、青白く光る輪は、高度が上昇するとともに、半径が拡大していた。輪は、吹き抜けになっている、訓練室の二階部分の中間地点まで上昇し、はじめはカードに描かれた魔法陣と同じ大きさだった輪の半径は今や、人が五人並べるほどの長さとなっていた。
「おお……」
士沢は、神秘的な輝きを放つ光の輪を見て、思わず感嘆の声を漏らした。魔法に憧れて魔法学校に入学した士沢としては、頭上に浮かぶ光の輪に心を揺さぶれるものがある。
「おいおい、士沢」
だが、三谷は魔法を維持したまま、自身の魔法に感動する士沢をたしなめるように言った。
――確かに、三谷会長にとっては、これは大した魔法じゃないのかもしれませんけど。
三谷の口調にムッとなって、士沢はそう言い返そうとした。しかし、それよりも早く三谷は言葉を続けた。
「感動するなら、おーじゃなくてわーだろうよ、輪だけに」
士沢の予想から大きく外れた、たしなめ方だった。三谷の発言で、それまで重く張り詰めていた空気が、一瞬で緩まった。
「うわぁ……」
「引くんじゃねえよ!! そういうのが一番困る」
士沢の冷たい反応に三谷は叫ぶが、それで集中が途切れることはなく、魔法は変わらず維持されている。三谷の持つ二面性を象徴するような言動に、士沢は再び、どちらが三谷の素なのだろうかという疑問を抱いた。士沢としては、正直なところ、真面目一辺倒の人間なら士沢の身近に居るし、かといって常時ふざけているような人物のが三校の生徒代表というのは納得できないので、三谷の性格については何ら口を挟む余地はない。ただ、気になるだけだ。魔法学校において、トップクラスに優秀な生徒の人物像というものが。
この際、尋ねてみてもいいかもしれない。
「三谷会長……」
「っと、まだ終わりじゃないぜ?」
士沢が言うのと同時に、三谷が喋り出したので、士沢の言葉はかき消された。性格の話など質問しても仕様がない、と士沢は思い直し、そして三谷の魔法の続きも気になるので、士沢は黙って頷いた。
三谷は、右手に握るカードに描かれた魔法陣に魔力を注ぎつつ、今度は左手を左ポケットの中に入れた。そうして、取り出したのは、三谷が今掲げているものと同じカードだった。
――二つ同時に、魔法を……。
一つの魔法を維持するのにも、結構な集中力を要するということを、士沢は魔法理論の授業の中で聞いた覚えがある。魔法を二つ同時に行使する際に必要な集中力がどれほどのものなのか、士沢には推測することもできない。しかし、先ほど冗談を言ってのけた時でさえも途切れることなく魔法を維持していた三谷にとって、それは造作も無いことなのか。
士沢は息をのんで、三谷の動きを見守った。三谷の左手が掲げられ、その先に握られた魔法陣が輝き出す、その直前。
「武一君、急いで確認してほしい資料があるって恭葉ちゃんが……」
訓練室の入り口方向から、声がかかった。士沢が振り返ると、そこには内橋が立っていた。内橋は、士沢に微笑んで会釈してから、三谷に視線を移す。そしてすぐに状況を理解し、口を手で覆い、申し訳なさそうな表情になった。
三谷はしばらく、両手を天に掲げて静止したままだったが、大きく息を吐いてから、左手のカードを静かにポケットに戻した。
「ちょっと、目つぶる準備しとけ」
「え?」
三谷が不思議なことを言ったので、士沢の頭に疑問符が浮かぶ。だが、三谷がそれ以上何も言わないので、士沢は言われた通りに、いつでも目を閉じられるように心の準備をした。数秒経ってから、三谷は右手に握るカードに描かれた魔法陣に、今までより強く魔法陣を注いだ。魔法陣の輝きが増す。その瞬間、士沢は三谷の言葉の理由を把握した。
宙に浮かぶ光の輪は、魔法陣と同様、いっそう輝きを増して、白色に近付いた。そして、それまで綺麗に保たれていた輪の輪郭が不安定に揺らぎ出した。三谷はなおも、魔法陣に注ぐ魔力を減らさない。だんだんと揺らぎは大きくなり、そして、カッという高い音が鳴った、その瞬間だった。
輪が、弾け飛んだ。爆発的な閃光が起きた。
――まずい!!
とうてい直視は不可能な閃光と判断した士沢は目をつむって、下を向いた。そして、閃光が収まるのを待ちながら士沢は思っていた。
――この間のやつも、今日のやつも、全部これだったのか。
しばらくしてから、士沢はゆっくりと目を開ける。先ほどよりも訓練室が若干明るくなったような気がしたが、これくらいなら問題ないと士沢は思い、三谷を見た。
三谷は既に右手のカードもポケットに仕舞っていた。そして、士沢と、内橋のほうを見て、ため息をついた。
「どうにも、崩壊のほうはもうちょい弱めねえと。まだまだだ」
「まだまだ、って言うけど、武一君はすぐ終わらせたいだけじゃない」
「急ぎの資料だって言ってたからな」
「そうだけど、それとこれとは話は別よ」
「へいへい」
内橋の言葉に適当な返事をしつつ、三谷は訓練室の入口に向かって歩く。士沢も慌てて、三谷の横に並んで歩き始めた。
「というわけで、今日のところはこれでお開きだ。すまねえな士沢、最後まで見せてやれなくて」
「いえ、貴重なもの見せてもらって、ありがとうございました」
三谷の言葉への士沢の返答は、本心からだった。競技会のパフォーマンスの練習、しかも現職生徒会長のものなどそうそう見れるものではない。士沢は頭を下げた。三谷は頭を掻いて、思いついたように言った。
「そうだ。気が向いたら、また見に来ていいぜ。俺としても、リベンジっつうか、クオリティ上げたもの見せたいし」




