Side1:第十四章
チャイムの音が校舎に響く。
同時、校内のあらゆる教室で、一斉に生徒たちがペンを握りしめ、問題用紙をひっくり返す。
俺の前にも問題用紙と解答用紙が並べて置かれ、右手には使い慣れたシャープペンが握られている。
熱を出して寝込んだ火曜日から一夜明け、水曜日。中間試験一日目。とうとうやってきた試験の日である。魔法に関する専門系科目と英語や数学などの一般教養科目が混在する時間割で、三日間に渡って試験が行われる。
最初の科目は、魔法理論基礎。
「魔法とは何かを説明した以下の文章の空欄に当てはまる言葉を書け」といった基本的な設問が中心だが、魔法を行使する際の手順や注意点を記述させる問題もある。
だが、ほとんどが教科書の文章そのままの出題だ。この二週間あまり、教科書何度となく読み込んできたため、こういう問題なら解ける。熱も下がったし、体調も普通だ。試験に集中できる。
しかし時々出てくる難しい問題は、手が付けられないものもある。授業中に話していた内容に沿っていたり、はたまた長くこの世界に関わる人にとっては常識なのかもしれないが、俺は知らない。特に前者だった場合、授業の内容がわからずにぼうっとしていたうちに聞き逃した、と言うことになって、少しばかり悔しい。
そうこうしているうちに解ける問題は全部解いてしまった。十分少々余ったが、これ以上考えたところで解けずに飛ばしたものが解ける気もしない。
どうしたものかと思っているうちに、ついうとうとしてしまったようだ。
試験終了を告げるチャイムの音で、俺は目を覚ました。
後ろの席の生徒から渡された答案用紙の束に自分のそれを重ね、前の生徒に渡す。
回収された答案の枚数を教師が確認し、彼が立ち去るった途端、教室は喧騒に包まれる。先ほどまでの静寂が嘘のようである。
「なあ内藤、どうだった?」
前の席の生徒がこちらを振り返り、話しかけてくる。
「まあまあかなあ……戸田は?」
戸田という名のその級友は、運動部然とした短髪を掻きながら、
「俺も、まあまあってとこだな。思ったより書けた気がするぜ」
と言った。だが俺は知っている。こういう風に言う奴ほど謙遜していると。実際はまあまあどころでなく、高得点が期待できそうな手ごたえだったのではないだろうか。
そんなことを勘繰りながら、しばらく戸田と会話を続ける。
どうも彼は、魔法理論の時間は寝ていることが多かったらしい。曰く、座学は好きではないのだそうだが、外見のイメージそのまますぎやしないか。
そういえば、今の試験も途中で寝ていたな、こいつ。
「実技なら負けねえんだけどなー、理論派が多いからな、この学校」
そんなことを言う彼に、やはり理論派が多いのかと尋ねようとしたところで、次の試験の監督をする教師が入ってきた。
その後さらに二コマ、一般教養科目の試験を受け、この日は終了。
寮に帰って明日の試験の勉強をするところだが、ふと思いついて上階へと足を向けた。
生徒でごった返す廊下を歩いて寮を目指すのが面倒だったのもある。
七階まで階段をのぼり、生徒会室に到着。誰かいたら挨拶だけして帰ろう。誰もいなければ、そのまま帰ろう。そう思ってドアの前に立つ。
室内の電気は消えている。
ということは、誰もいない。誰もいないということは、
「……帰るか」
ということである。
上がってきたばかりの階段を下りる。
そもそもなんで、わさわざここまで来たのだろうか。そんなに生徒会への帰属意識が強かっただろうか、俺は。先輩が心配してた、なんて田辺が言っていたから、気になった。それが自然な考えだろう。きっとそうだ。
そんなことを考えながらぼんやりと歩いていたからか。
背後から肩に手を置かれた俺は、情けない悲鳴をあげながら飛び上がるほど驚いてしまった。
「そんな声を出すなよ、内藤くん」
「加藤先輩……びっくりしましたよ、ほんとに。いや、ほんとに」
まだ心臓が落ち着いていない。
「はは、ごめんごめん。そんなに驚くとは思ってなかった。病み上がりに申し訳ないね」
「いえ……それで、どうかしたんですか?」
「うん、生徒会室に来たらまだ誰もいなかったから、購買でなにか買ってこようかと思ってね。階段を降りたら君がいたので、声をかけようとしたんだけど」
「はあ」
気の抜けた返事をしてから、加藤先輩の言葉の端に、違和感を覚える。
「まだ、ってことは……今日も生徒会、あるんですか?」
「うん、そりゃああるよ、基本は毎日だからね」
「そうですか……」
嬉しいやら悲しいやら。あまり嬉しくはないか。
ともあれ、今日はまだ帰れないようだ。
先輩と並んで購買に向かい、パンを買ってまた七階まで戻る。
校舎内に生徒の姿はまばらだ。ほとんどが教室で自習している生徒で、たまに勉強もせずしゃべっている者もいる。余裕だなあと他人ごとに思いながら、それらを眺めていた。
「そういえば、内藤君はどんな調子だい?」
「……何がです?」
階段をのぼりながら問いかけられ、一応はぐらかす。
「何って、試験だよ。ここに入って初めての試験だよね」
「……まあ、一応、何とかなるとは思いますけど」
生徒会の人たちになるべく成績にかかわる話題を振られたくない。この人たちが成績がいいのは有名な話で、俺だけ格が違うというか、住む世界が違う。
「先輩たちはみんな、試験とか余裕ですもんね」
つい、僻みっぽくなる。
「余裕というか……まあ、普段からすごい勉強してる会長みたいな人は、そんなに慌てたりとかはないみたいだね。僕なんかは、さすがに普段より勉強するけどさ」
「そうなんですか。てっきり加藤先輩もその口かと」
「僕はそんな超人じゃないよ」
笑いながらさらっと言う加藤先輩。やっぱり会長みたいな人種はさすがに超人なんだな、この学校でも。よかった。
生徒会室に戻っても、まだ会長ら女性三人は来ていなかった。加藤先輩と二人きりの生徒会室内、もそもそとパンを齧る。
沈黙に耐えられなくなり、口を開く。
「そういえば今日、何かやる仕事はあるんですか?」
「仕事がない日はないよ、内藤くん」
かっこいいんだかよくないんだかわからないことを言う加藤先輩。
「この時期なら競技会の準備だね。各競技の出場者を決める、選考会をやらなきゃいけないんだけど、その募集と実施がまずあるね。それから他校の生徒会と連携して、プログラムとか生徒スタッフの募集と配置とか、やることはいろいろ」
「うへえ……いろいろありますね……」
やはり慣れないことはしたくないものだなあ。
「他校の生徒会って、やっぱりその学校の選りすぐりというかエリートなんですかね」
それなら関わりたくない、と少しばかり思う。
「そうだね、割と成績とかを重視して決めているみたいだ」
「マジっすか……」
俺、うまくやっていけるんだろうか。
まあ、ただひたすら指示に従って働くくらいなら俺にでもできるだろう。それで勘弁していただくしかない。仕事の能力と魔法の能力に相関性があるとは思いたくないし、思わない。
仕事ができるわけでもないけれども、だ。
「まあ、少なくとも今生徒会やってる人たちはいい人たちだよ。特に三校の会長は、なんというかアツい人だし」
「……アツい人、ですか」
成績がよくて、アツくて、生徒会長。全然イメージわかないが、どういう人なんだろうか。
会ってみたいというか、見てみたい。関わりたいかどうかは別の問題。どうせそのうち嫌でも関わるんだろうけども。
食べ終わったパンの包装をゴミ箱に投げ込んだ時、ドアが開く音がした。。
「たーくん、来てたの。大丈夫なの?」
入ってきたのは会長だ。その後ろには田辺と岩淵先輩もいる。
「あーはい、大丈夫っす。ご迷惑おかけしました」
「無理しないでね、またこんなことがあったら私怒るからね」
どうして会長が怒るのかいまひとつわからないが、まあ、怒らせないほうがいいだろう。適当に返事をしながら頭を下げておく。
「それじゃ、今日の生徒会を始めるわ。まず説明したいことがあるから、みんな、席について」
会長の一言で、今日の活動が始まる。
試験期間だというのに、生徒会は本当に平常運転のようだった。




