Side1:第十一章
「――よし、これで全部ですかね」
「うん、それでおしまい」
俺は手に持っていた要望書の最後の一枚を、美化委員と書かれた封筒に突っ込み、他の封筒の上に重ねて置いた。
「それじゃ二人とも、お疲れ様」
会長が俺たちを労う。壁の時計を見ると、まだ作業開始から二時間も経っておらず、思っていたよりも早く終わったことを知る。業務内容が書類整理だったため、単純に二人よりも三人、というわけか。
「二人とも、今日は何か用事があるの?」
「私は一応、作業が終わったら勉強しようかなって思ってたんですけど」
「テスト勉強?」
「そうです。ちょっとまだ、自信ないところが多くて……」
「たーくんは?」
「俺……も、まあそんなところですね。もっとも俺の場合は、田辺よりずっと状況がやばいですけどね」
あはは、と笑ってみる。
「あはは、じゃないわよ。大丈夫なの、そんな調子で?」
「そうだよ、内藤君。前に一回一緒に勉強したけど、そのあとちゃんとやってる?」
「やってるよ、そりゃ俺だって、いい点が取れるとは思ってないけど、悪い点が取りたいわけじゃないんだ。この学校で生き残るには、それなりに点は取っとかなきゃまずいだろ、多分」
「生き残るって、そんなサバイバルみたいに……」
「俺からしたら皆格が違うからな」
「二人で勉強したの? ……仲、良いのね、二人は」
「え? いや別に、まあ普通にというか、普通に仲が良いというか、まあ。なあ?」
「……あ、うん。そうだね。そうよね……」
「え、違う?」
「ううん、違わない。会長さん、内藤君とは普通に仲良くしてますよ」
「そう、それなら良いの。思ったより二人が仲良さそうだったからびっくりしちゃっただけ。たーくん、クラスに友達とかいるのかなって、ちょっと気になってたし」
「……まあ、そんなにいないですけどね、友達」
会長はいろいろ察した顔で苦笑を浮かべた。まあ察してくれ。住む世界、育った世界が違う人たちとの交流は大変なのだ。それに、どこからを友人と見なすかは人によって異なるものだから。
「そうだ、じゃあ二人とも、お昼食べに行かない? ちょっと早いかもしれないけど、食堂が混む前に、ってことで」
「あ、賛成です賛成。腹減ったし。……あれ、土曜に食堂開いてるんですか」
「土曜日は開いてるのよ。日曜はさすがに閉まってるけどね」
「私もお腹空きました!」
「じゃあ決まりね。行きましょう」
ということで、連れ立って食堂へ移動する。平日の昼時の食堂はいつもかなりの混雑で、俺はなかなか寄り付かない。入学してすぐに一度足を運んだが、以来購買でパンを買って適当なところで食べることにしている。
ということで食堂に来るのは久しぶりだった。
「会長は、結構食堂に来るんですか?」
「そうでもないなあ、普段はお弁当持って来てるから、教室か生徒会室で食べちゃう」
「なるほど、弁当。そうか、実家生はそういう選択肢があるんすね。田辺は?」
「うーん、食堂はたまに来るかな。そうじゃない時は購買で買うけど、どっちにするかは、その日一緒にご飯食べる友達に合わせるかな。内藤君は?」
「だいたい購買で買う。混んでるの好きじゃないから」
「お昼時なら、購買も混んでないかしら?」
「まあそうですけど。人混みの中で食うよりはマシですね」
そんな話をしているうちに食堂に到着する。人影はまばらで、調理場ではおばちゃんたちが暇そうにしている。この分じゃ、昼時になってもそんなに混まないんじゃないか。
メニューをよく把握していていないので、目の前に写真が貼られていたカレーを注文。こういうところのカレーなんて、どこも味は変わらないだろうし、ハズレ、すなわち極めて不味いことはまずあり得ないだろう。
トレイの上にカレーの皿を乗せ、支払いを済ませて適当に席を取る。田辺と会長が並んで座り、会長の対面に俺が座る形になった。会長の盆にはご飯と味噌汁と煮物か何かの器が、田辺のにはうどんの丼が乗っている。
「さて、冷めない内にいただきましょうか」
会長のその言葉を合図に、いただきますを唱和、食べ始める。
カレーはいつ食べても安定感があって素晴らしい。俺は結構好きだ。どこで食べても、だいたい不味いということはない。ただし、とても美味いかというとそうでもない。それでいいのだ。
香辛料の匂いが食欲をそそる。どうせ出来合いのカレーだろうが、まあ悪くない味だ。予想通りの出来である。
対面の会長が、箸を置きながら俺たちに声を掛ける。
「試験が終わったら、これまでよりずっと忙しくなるのよ。二人にはちょっと大変かもだけど、よろしくね」
「競技会――ですか」
会長が首肯する。俺と田辺も一度箸を――俺はスプーンだが――置き、話を聞く姿勢を見せる。
「そう。これまでは私たち上級生が進めてきたけど、二人にも加わってもらうわ。他校の生徒会も、そろそろメンバーが揃う時期だしね」
「まだ揃ってないところがあるんですか?」
田辺が疑問を挟む。もっともだ。俺と田辺は入学早々から働かされているというのに。
「三校なんかは、中間試験の結果を受けて判断されるのよ。だから、競技会の準備に一年生が参加するタイミングは、中間の後に揃えるのが通例なの」
「なるほど……まあ、さっきもちょっと手伝いみたいなことはしましたけどね」
会長は、そうね、と言って軽く笑った。
「うちは上級生が――二年生が、他校生徒会より一人少ないから、ちょっとフライングしちゃった」
「……てか、俺ら散々転写の練習しましたけど、三校の一年生はやってないわけですよね。まさか、入学時点でもう転写ができるんですか、三校で生徒会に入るような連中は」
「ああ、それは、生徒会合同のパフォーマンスのうち、私たち一校の担当部分、というかな、そこで転写を使うのよ」
そんな事情があったのか。初耳だが、なるほどという感じだ。過ぎたことだからとやかく言ってもしょうがないのだが、なんとなく不公平な気がする。
「あの、ちょっと気になったんですけど……二校もまだ一年生が生徒会に入っていないんですか?」
田辺がまた、至極もっともな疑問を差し挟んだ。
「ああ、二校は今年、生徒会役員に一年生がいないのよ。だからもう全員揃っているわ」
「えっ、じゃあ二校がやればいいじゃないか……」
驚きがそのまま声に出た俺に、会長が補足する。
「あ、えっと、ちょっと言い方が悪かったかな。一校が担当、ってことは一校が好きなように決めていい部分なの。だから聖美と私で考えたのよ。二人なら何とかなるかなって思って……そんな恨めしそうな顔しないでよ、二人とも」
恨めしく思いたくもなる。お陰様で大変に苦労したのだから。会長もそれをわかっているようで、それ以上責めるようなことを言わなかったし、俺たちも特に会長を責めはしなかった。済んだことだし、なにより俺たちの技術は確実に向上した。それは間違いないのだから。
やがて食事が再開され、ぽつぽつと会話を交えながらやがて三人揃って完食。トレイを持って席を立ち、所定の場所に下げて食堂を出る。
「さてそれじゃ、二人とも今日はお疲れ様。じゃあテスト勉強、頑張ってね」
そう言い残し、会長は帰って行った。あの人は勉強しないんだろうか、という疑問が生じたが、きっと普段から勉強しているからテスト前だからといってやたらと勉強する必要がないか、自宅だとか自室だとかでも十分勉強できるタイプの人なのか、どちらかなのだろう。あるいは両方か。
田辺がこちらに向き直る。
「お疲れ様、内藤君。内藤君は、どこで勉強するつもりだったの?」
「おう、お疲れ。一応、図書館に行くつもりだったんだけどな。まあその途中で会長に捕まっちゃったわけだが」
肩を竦める俺に、苦笑を返す田辺。彼女もまた図書館へ向かうということなので、並んで歩き出す。図書館の場所をきちんと把握していない俺にとっては、願ってもないことである。
図書館はやはり、隣の建物なのだそうだ。そして校舎から渡り廊下を使って入ることができるのだとか。
二階に移動した俺は田辺の後ろに続いて渡り廊下を通過し、入り口のゲートに学生証をかざす。ゲートは開かれ、俺は初めて図書館への進入を果たした。
「じゃあね、内藤君」
入館早々、田辺は小声でそう告げると軽く手を振り、去って行った。俺はおう、とだけ応え、右手を中途半端に挙げた。唐突だったので少し戸惑ったが、考えれば当然か。ここは図書館。私語は基本的に許されず、一緒に勉強する、という雰囲気でもない。二階は机が並んでおり、一人分のスペースが仕切り板で区切られている。図書館というよりは、塾や予備校の自習室のような雰囲気だ。
図書館はそこまで混雑していない。見回すと、すぐに空いたブースが見つかった。しかもその隣席も人がいない。これなら周りを気にせず自分の勉強が出来そうだ。
早速その席に座り、荷を下ろす。教科書とノートなど勉強道具を取り出し、机に広げる。魔法理論だとかの、魔法系の科目にばかりかまけていたせいで、教養科目である数学の課題が終わらないのだ。
――夜、芳樹に教えてもらおうか。
またも他力本願な思考がよぎる。でもいい考えだ。そうしよう。
そんなことを考えながら、ノートにペンを走らせる。静かな館内で、俺はやがてそれに没頭していった。




