Side3:第九章
士沢は、その言葉にすぐ答えることができなかった。士沢が絶対に勝てないと思っている親友は、古折を置いて他にはいないのだが、それは士沢の中にだけある情報であって、今日初めて会話した三谷がそれを知っているはずもない。そもそも、士沢にとって絶対に勝てないと思っている親友がいるという情報を三谷が掴んでいることが疑問だ。
「……俺と、冬弥が親友だって、会長は知ってたんですか」
数秒間黙った後、士沢は三谷に尋ねた。三谷の発言は、色々な情報を飛ばしたものだったので、士沢は一体どう返したものか迷ったが、とりあえず士沢が一番分からない部分を明らかにすることにした。
「知ってたというか、今のはカマかけたんだけどな。士沢と古折が一緒に帰ってんのをこないだ見かけて、その時すげえ仲良い感じだったから、多分そうなんじゃないかと思った」
「その言い方だと、俺のことも知ってたんですか?」
「いや、今日まで士沢のことは知らなかったよ。でも、今日士沢と初めて会った時、なんか見覚えある顔だなと思って考えてみたら、古折と一緒にいたやつだって思い出してな」
「一回見かけただけの生徒の顔と、よく結びつけられますね……」
士沢は三谷の記憶力に驚嘆しつつも、納得した。三谷は、入学式の時に、新入生代表として宣誓を行った古折のことを覚えたのだろう。首席で入学した古折が、中間試験でも上位成績を収めることは想像に難くない。三谷が、中間試験で一位をとって生徒会に入るかもしれない古折の存在を頭に入れておくのは自然なことだ。
「なるほど。今年、首席でここに入学した古折冬弥君と、士沢君は友人なのだね」
士沢と三谷が二人だけで話を進めているのを一旦整理するかのように、樋川が言った。士沢はその言葉で、先ほどから名前を出している古折が首席で第三魔法学校に入学した人物だと説明していなかったことに気付いた。
「古折君なら、私も知ってます。……同じクラスじゃないので、話したことはありませんけど」
竹森が、樋川の言葉を受けて言った。そして、内橋は微笑んでいるだけだが、生徒会副会長が古折のことを知らないはずはない。どうやら、士沢が説明するまでもなく、古折冬弥の存在は第三魔法学校中に知れ渡っていたようだ。
――ふつう、入学式で宣誓しただけのやつを覚えてるもんなのか?
はっきり言って、士沢には、古折が首席でなければ、自分たち新入生の代表の名前など到底覚えている自信は無かった。今訓練室に居る全員が覚えているというのは、単にそういった細やかなことまで記憶に留めておくタイプの人間が集まっているだけなのか、それとも古折の、とても新入生とは思えない堂々とした宣誓の姿が、鮮烈な印象として皆の心に深く刻まれたのか。そのどちらなのか、士沢には分からなかった。
「士沢君は、いつ古折君と知り合ったんだい?」
樋川が、士沢に聞いた。
「冬弥とは、小学生の時からの付き合いです。俺とは全然性格が違うんですが、妙に気が合って」
「つまり、士沢君と古折君は幼馴染ということだね。長い付き合いの中で育まれた君たちの絆は、かけがえのないものだ。親友と呼べる人が居るというのは、とても良いことだね」
樋川は遠い目をしていた。士沢はそれが気になって、今樋川が言ったことに関連することが、何か過去にあったのかと尋ねようとした。しかし、士沢が尋ねる前に、三谷が口を開いた。
「まあ出会った時期とかはどうでもいい話だ。士沢が古折と親友ってなら、ちょうどいい。士沢、古折は生徒会について何か言ってたか?」
樋川の言葉で感動的な雰囲気ができたのをぶち壊しにする三谷の軽い調子に、士沢は若干呆れた。
「……冬弥は、生徒会に入れるようならば、入ると言ってました」
士沢は、数日前、下校途中に古折が言ったことを思い出しながら、三谷の質問に答えた。
「おう、そうか!! そいつはよかった。生徒会は優秀な人材を募集中だからな。……士沢、楽しみに待ってると、古折に伝えといてくれ」
「……分かりました」
士沢は少し躊躇ったが、三谷の伝言を受け取った。生徒会長直々に、待ってると言われるのは相当なプレッシャーなのではないか。少なくとも、もしも士沢が古折と同じ立場にいて、そんなことを言われたら、かなり焦る。
――でも、冬弥なら大丈夫か。
しかし、その程度のことで、いつも冷静なあの古折が調子を崩すわけもないか、と士沢は思い直した。きっと、古折に三谷の言葉を伝えようが、古折はいつもと全く同じ様子だろう。
「もちろん、古折のことも楽しみに待ってるが、俺は別に、他の奴、たとえばお前ら二人が優れた成績を収めて生徒会に入ってくれても良いと思ってる」
三谷は、士沢と竹森を見た。士沢はそこで、古折の話題になる前、生徒会を目指さないかと三谷に言われたことを思い出した。その時は冗談にしか聞こえず、士沢も軽く受け流したのだが、今の三谷は真剣味が増していて、先ほどと同様の返事をするのは躊躇われた。
「あの、三谷会長……」
どうしたらいいか士沢が悩んでいると、士沢の横に立っていた竹森が、おずおずと声を出した。
「私達は既に美化委員会に所属しているので、生徒会には入ることができないと思います……」
「えっそんなルールあったっけ」
竹森の指摘に、三谷は素で驚いた。真剣さが完全に消えた三谷は、確認を求めるような顔で樋川を見た。樋川は、訓練室に来てから何度目かのため息をついて言った。
「竹森君の言った通り、うちの学校では生徒会と委員会の掛け持ちは出来ないよ。……まさか、生徒会長ともあろう者が、入学したての一年生でも知っている校則を把握していないとは思わなかった」
「今のは流石にだめだよ武一君……私でも知ってるよ?」
内橋も、呆れるように言った。同学年女子二名に呆れられた三谷は、すっかり生徒会長の威厳を失って、小声ですいませんと言うしかなかった。
「ただ、生徒会にこそ入ることはできないが、上を目指す意志を持つことは、私は大事だと思っているよ」
「それだそれだ!! 俺も、委員会に入ってなきゃ、生徒会に入れるくらいの上位成績を取る姿勢が大事だってことを言いたかったんだよ」
樋川の言葉に同調して、三谷が調子を取り戻した。だが、どうにも嘘のように聞こえる三谷の言葉を信じる者はおらず、その様子を見て三谷はまた沈んだ。士沢はとりあえず三谷のことを無視して、樋川の言葉に返した。
「最初から良い順位をとるのは無理だと決めつけてしまうのは、俺が自分で成長することを止めてしまうということ、なんですね」
「そうだ士沢君。君は身近に古折君がいて、誰よりもその実力を理解しているだろう。しかし、だからといって古折君には絶対に勝てないというわけではないんじゃないかな。君は今日ここに来て、多少なりとも考えが変わった。成長した君と、古折君はまだ競ったわけじゃない。勝つかどうかは、君のこれからで決まるんだ」
樋川は優しく、士沢に言った。
――俺が、冬弥に勝てないかどうかは決まったわけじゃない……。
考えてみれば、士沢達は今、魔法という全く新しい技術が根幹をなす、魔法学校という新天地にいるのだ。これまで士沢が古折より劣っていたということは関係ないのだ。
「俺は……」
士沢は呟いた。このまま中間試験の意気込みを述べるつもりだったが、言葉は続かなかった。古折に勝つと言うだけなら簡単だ。しかし、誰よりもその難易度を知る士沢は、軽々しくその宣言をすることはできなかった。そんな士沢の様子を見て、口を開いたのは、いつの間にか復活していた三谷だった。
「士沢。お前が続きを言えないのは、ある意味で古折への信頼だ。別に、宣言する必要なんてどこにもない。親友との絆ってのは、成績以上に大切だからな」
「……」
士沢はすぐに返すことはできなかった。真面目とお調子者の二面性を持つ生徒会長は、結局どういった人物なのか、士沢はまだ分からなかった。そのために、真面目な口調で三谷が語ったことは、先ほど樋川が言ったことをそのまま言っただけなのではないかという考えに至るまで、かなり時間がかかった。




