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Side2:第八章

 「明日暇なら、明日にしよう。今日は私が忙しいんだ。この後、6時にはもう学校を出なくちゃいケない。魔法省に喚ばれているから。明後日も忙しい。明々後日も忙しい。全く、私が魔モのと思って、遠慮なく仕事をイれてくる。困ったものだよ」

 言いながら、グラバー教諭は立ち上がって、机の上の書類をまとめて、外へ出る支度をしだした。これで話を畳まれては困る。そう思ったために、呆気にとられていた穣は、どうにか声を発することができた。

 「すみませんちょっと、ちょっと待ってください」

 「何か?いいよ、ちょっト待とう」

 「なんで、先生が僕の面談をするんです。A組で授業をもってもらっていた時ならまだしも、今はなんの関わりもないじゃないですか」

 「そうだね。冬河穣は私となんの関ワりもない。けど、私の方が、冬河穣と面談しなくてはならなくなったんだ」

 グラバー教諭は、支度をする手を止めないで話続けた。

 「去年、冬河穣の担任をしていた、正田(しょうだ) (やすし)教諭を覚えているか?」

 「はい」

 「正田泰教諭はねえ、冬河穣が不明瞭な理由で不登校になっテからというもの、誰彼構わず教員に冬河穣のコとを愚痴っていたんだよ。それは知っているか?」

 穣はそれには首を振ったが、あの教諭がそういうことをするだろうということは、何となく想像がついた。正田教諭は、生徒と距離を近く持とうとするタイプで、そのために、少々心配性に過ぎる言動をすることがあった。落第者を無情に切り捨てる方針の二校にあって、穣のサボタージュが親に発覚したのは、この教諭が心配性から家に確認の電話を入れたためであった。

 「あイつには素質があるのにもったいない、どうにか心を入れ替えさせたいが、理由を話さないのだからどうにモならない、とね。毎日毎日、飽きもせず色んな教員に愚痴っていたんだ。今日は、私が愚痴られていたんだが、あんまり酷くナげくものだから、黙って聞いておればよいものを、とうとう言い返してしまったノだよ。理由がわからないと嘆いているけども、私には冬河穣が学校に来ない理ゆウが瞭らかにわかるし、その解決策もわかるよ。そウ言ったら、じゃあ解決してみせろと言われてしまった。そういうわけで、私の方ガ、冬河穣と面談しなくていけなくナってしまったんだ」

 グラバー教諭の消極的な口ぶりに、穣は若干の苛立ちを覚えたが、それに拘ってられない衝撃的なことを、グラバー教諭は言い放っていた。

 「……先生は、僕の不登校の理由がわかるんですか?」

 今、穣をもっとも苦しめている、精神上の最大の問題を、この教諭は、事もなげに解決できると言ったのである。穣を近くで見て、穣のことをよく知る人たちにもわからず、穣本人にすらよくわからない懊悩の根源を、既に暴いていて、解く手順までわかっていると、今や穣と殆ど関わりのない人が言った。穣は、馬鹿にされたと怒るより、まずその発言の真偽を疑うことから始めた。それが、常に行動に理論が先立つ、穣の癖であった。

 「わかるよ。と言うか、キョ年からずっとわかっていた」

 あっさりと、グラバー教諭は肯定した。

 「まあそれについては、明日話すから。明日同じ時間に来なさい。冬河穣の積年の悩みを解いてやロうというのだから、明日もサボるわけにはいかないだろう」

 考えなければならないことが多すぎて、穣はもう、その場の返事をきちんとすることもできなくなってしまった。はい、と言った穣の声は、吐息とそう区別のつかない音量であった。

 「じゃあ、また明日」

 グラバー教諭の声に背を押された様に、穣は踵を返して、

 「失礼しました」

 と、また小さな声で言って、グラバー教諭の教員室を出ていった。



 第一校舎を出てから、校門をくぐって、最寄り駅につくまでの途上を、穣は殆ど無意識に過ぎた。浮いた意識は現実世界に向けられず、ひたすらに思考だけに向けられていた。

――私には冬河穣が学校に来ない理ゆウが瞭らかにわかるし、解決策もわかるよ……

 グラバー教諭の言葉が、穣の脳内をぐるぐるまわって、意識はただその軌跡を追っていた。

 グラバー教諭との短い会話は、穣にとっては謎を解かれないのに、新たに沢山の謎を増やされるのみで了わった。明日、それが全て解かれるのかはわからないが、とにかく明日までは、穣は増大した謎にまとわりつかれながら暮らさなければならない。

 穣は、すこし焦燥感にも駆られていた。自分にも、自分のまわりの人にもわからないことが、明日にはグラバー教諭に解かれてしまうかもしれない。それが、穣にはすこし悔しく感じられたのである。できれば、明日までに、何らかの自分なりの解答をもって、面談に臨みたかった。

 しかし、穣の思考のメスは、相変わらず空を切るばかりで、謎を解くとっかかりすら掴めなかった。

 何がわからないかもわからない。思考の沼にはまりかけていた穣の意識を、現実世界に引きもどしたのは、急に肩を掴んだ腕であった。

 「冬河?」

 振り返ると、腕の主は幸であった。

 「どうした、何度も声を掛けたのに」

 「ああ……渕原か。すまない。考え事をしてた」

 「ホームの縁にぼーっと突っ立っているから、てっきり自殺でも思案しているのかと思った」

 言われて穣は、自分が随分と白線の外側にいたことに気づいた。慌てて、内側に戻ったところで、電車の到着を予告する構内アナウンスが流れた。

 「今日は、きちんと登校したようだな」

 近づいてくる電車を遠目にみながら、幸が言った。

 「明日も、来る気になったか?」

 穣の否定的な返事がくると思って、幸は穣の方をみないで、電車へ顔を向けながら訊いた。ところが穣は、

 「うん、来るつもりだよ、明日も」

 と答えた。幸は思わず自分の耳を疑った。

 「そ、そうか!それは良いことだ……けども、いったいどういう風の吹き回しだ?お前が自分から学校に来たいなんて。とうとう悩みが解けたのか?」

 「いや、それは一向解けない。グラバー先生に今日呼び出されて、明日面談をするから来いと言われてしまったんだ。あの先生との約束をすっぽかすのは、すこし怖いものがあるからな」

 「そうか、そういうことか。なんだ驚いた。けど、何にせよ良いことだよ、登校するのは。何がきっかけで悩みが解けるともわからないからな。もしかしたら、悩みが解けなくても、学校に来るのが突然苦にならなくなるかもしれない。突然苦になったんだから、突然解けてしまっても不思議はない。しかし、グラバー教諭がお前に、なんの面談だ?」

 「まあ、色々話があるそうだ。詳しいことは明日、と言われしまった」

 穣は、何気なく嘘をついて、この話を終いにした。それをあっさり信じた幸に対して、穣はすこし罪悪感を覚えないでもなかったが、しかし深く話すとなると、面倒なことが多すぎた。しかも、話したとして、何か二人の間で解決することがあるかと言えば、何もない。ただ、穣の懊悩を深め、幸の心配を煽るのみで終わりそうである。穣は、人間はいつでも真実を話すべきではないと思っている。真実という、強力すぎる武器には振るうべき時があり、その時でないならば、嘘に逃げることは怯懦にあたらない。穣は、当然正義を愛してはいたが、その縛りを良識でもって緩めることを忘れてはいなかった。

 電車のドアが開いた。

 穣は、グラバー教諭の奇妙な話し方に話題を変え、幸と話しながら電車に乗り込んだ。



(続く)

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