Side3:第七章
「二年前に私がはじめて美化委員になった時、私のいたクラスに訓練室の掃除が割り当てられてね。私もはじめ訓練室の場所が分からなかった。当時の委員長に訓練室はどこにあるのですか、と質問したら、委員長はちょうどその後に訓練室へ行く用事があったらしくてね。私と、もう一人の同じクラスの美化委員を訓練室に直接案内してくれたのさ。つまり、当時の私は今の君たちと全く同じ立場だったというわけだ」
樋川は昔を懐かしみながら、話を続けた。
「そして訓練室へと向かう途中、この廊下を歩きながら私はまた委員長に、訓練室を当分使わない一年生が、なぜそこを掃除するのでしょうか。ふだん訓練室を使っている上級生が掃除をするというのが理に適っているのではないのでしょうか、と尋ねた。……士沢君が今持っている疑問もこれだね?」
樋川は士沢のほうを見て、士沢に確認するように言った。士沢は頷く。
「はい。答えのほうは、考えても分かりませんが」
「ならば、私は二年前、当時の委員長が放った答えをそのまま言おう。――実際に入ってみれば分かる」
訓練室の入口は一階にあるらしく、士沢と竹森は樋川に付き従って階段を下った。
一階には玄関があるが、樋川は玄関側とは逆方向に歩きはじめた。士沢はいつも、玄関から入ってすぐ、今下りてくるのに使った階段を上って一年三組の教室へ行くので、訓練室は士沢の行ったところがない場所にあるとはっきりした。
樋川は、一階ホールを突っ切って、校舎の西側へと向かった。一年から三年までの教室は校舎の東側の、それも玄関前の道路に面した場所にあるので、校舎の西側で、かつ玄関と逆側にある訓練室とは、空間的に隔絶している。
「訓練室……思った以上に遠いですね」
竹森がぽつりとこぼした一言に、樋川は笑った。
「君たちは本当に、面白いくらい二年前の私と同じことを言うね。訓練室までの道はたしかに遠いが、行くうちにだんだんと慣れてくるよ。ほら、もうすぐだ」
樋川が指さしたその先に、大きな扉があった。扉はぴったりと閉められており、中の様子を伺い知ることはできない。防音性についても、もしかしたら何かしらの魔法を使っているのかもしれないが、内部の音を全く漏らすことはなく、扉の前は不気味なほど静かだった。
扉の上には、訓練室と書かれたプレートが埋められており、扉の中の部屋こそが士沢たちの目的の場所だということを示していた。
「ここが訓練室だ。外から眺めているだけでは何も分からないから、さっそく入ろう」
「でも、ここに訓練室の使用は許可が必要と書いてありますが……」
扉の横に張ってある、訓練室の使用に関する注意書きを指しながら、竹森は樋川に言った。しかし、樋川は取っ手から手を離さず、
「こうなる可能性も考えて既に許可はとっているから、問題ないよ」
力をこめて一気に取っ手を引っ張った。扉は重厚な音を立てながら、ゆっくりと開く。発生した隙間から、訓練室内部の光が漏れ出てきた。隙間はだんだんと大きくなり、いよいよ訓練室の中が明らかになる。
その瞬間だった。
訓練室の明かりと思われる、扉の隙間から漏れ出てきた光を遥かに凌駕する明るさの光が、爆発的に訓練室の内部から起こった。
「うわあっ!?」
「きゃあっ!?」
士沢と竹森は、悲鳴をあげながら反射的に目を扉からさっと逸らした。
――これは、魔法か!?
目を瞑って光を直接見るのを避けながら、士沢は考えた。訓練室の内部から突如起こった光は何なのか。訓練室が魔法の実技訓練室だということを思えば、正体は魔法だとするのが一番合理的だろう。しかし、訓練室の外にいる士沢たちですら眩しく感じるほどの光を放つ魔法を、実技訓練中の生徒が出すということが有り得るのだろうか。
数秒間、光は眩しく輝き続けていたが、だんだんと明度を落としていった。元の明るさを取り戻してから、ようやく士沢は目を開けて、訓練室を見た。扉はもう完全に開ききっていて、樋川は扉を開ける前と変わらぬ位置に立っていた。竹森も士沢と同じく目を開けて、しらばく呆然としていた。
樋川が振り向いて、士沢と竹森に声をかけた。
「二人とも、大丈夫かい? 視界に影響が残ってなければいいんだが」
「俺は、問題ありません」
「私も……大丈夫です……」
「そうか、それならば良かった。……全く、相変わらず無茶をする奴だ」
樋川は、どうやら光の発生源が分かっているらしかった。そして、奴、ということはやはり、今の光はある生徒が放った魔法ということになる。士沢は驚いて、樋川に尋ねた。
「樋川先輩は、今のが誰の仕業なのか分かっているんですか」
「今の魔法を、あの規模で行使できる生徒など、私の知る限りでは一人しかいないからね……。とりあえず、訓練室の中に入ろうか」
樋川は頷き、士沢の質問に答えた。そして樋川に従って、士沢と竹森は訓練室の内部に足を踏み入れた。
訓練室の入口は一階にあるが、構造としては三階までの高さを持っており、更に縦と横の幅もかなり大きい。二クラス分の生徒くらいならば余裕で全員が実技訓練を行えるだろう。
訓練室全体を見渡してから、士沢は訓練室の中央を見た。そこには二人の生徒が立っている。片方は男子で、もう片方は女子のようだ。樋川の目線の先も、二人の生徒に向いていた。どうやら、どちらかが先ほどの魔法を使ったようだった。
「三谷」
樋川が二人の生徒に声をかけた。二人の生徒は声に反応して、士沢たちのほうを向いた。樋川は、歩みよりながら言葉を続けた。
「先ほどの魔法は流石というべきだが……他人が訓練室に入るかもしれないということを、少しは考えろ」
「新学期が始まってまだ一週間だ。訓練室に人なんかほとんど来ねえと思ってたんだがな」
男子生徒のほうが、樋川の発言に答えた。どうやら、そちらが三谷という名前らしい。士沢の隣で、竹森がはっと息をのんだのが分かった。
「ほとんどない、と言っても来るものは来るさ。現に、私達はたった今、君の魔法の影響であやうく失明するところだったんだが」
三谷の返答を受けて、樋川は語気を強めて言った。いつもより樋川の言葉に棘がある、と士沢は感じた。三谷も、どうにも困ったという顔をして、頭をかいた。
「綾子ちゃん、今回はこのあたりで許してくれないかな? 武一くんも、反省してるみたいだし」
今まで黙っていた女子生徒が、口を開いた。彼女の声はまるで周囲を癒すような響きを持っていて、ぴりぴりとした空気が緩和された。樋川もしかたがない、と呟いて言った。
「そうだね。私も、この辺にしておこう。次からは反省すれば問題ないことだからね」
「ありがとう、綾子ちゃん」
女子生徒が、深々と頭を下げて樋川に感謝を述べた。士沢は、その様子をぼんやりと眺めていたが、不意に樋川が振り返って、士沢と竹森に言った。
「さて、少々あったが、君たちに紹介しよう。こちらは……」
「いやいや、自己紹介は自分でやらせてくれよ」
紹介を始めようとした樋川を遮って、三谷が一歩、士沢と竹森のほうに踏み出した。そして、不敵な笑みを浮かべる。その表情に、士沢の記憶の一部が刺激された。
――俺は、この男を知っている。
だが、一体どこで会ったか。上級生と会う機会など、入学してからほとんど無かったはず。
――しかも、優れた魔法の使い手だ。
士沢は考えあぐねたが、なかなか答えにたどり着けない。そうしているうちに、三谷は口を開いた。
「俺は三谷 武一。この第三魔法学校の、生徒会長だ」
堂々と名乗る三谷の姿は、入学式の、在校生代表の式辞で見たものと寸分違わなかった。




