Side3:第五章
合流した士沢と竹森は並んで教室を出て、廊下を歩き始めた。
第三魔法学校の校舎では、学年が小さいほど上の階に教室がある。一年の教室は最上階の五階にあり、二年の教室は四階、三年の教室は三階にある。
ゆえに、士沢と竹森は自分たちの教室から階段までの廊下、二階ぶんの階段、そして階段から三年三組の教室までの廊下を並んで歩くことになる。流石にその間なにも話さないというのは不自然で気まずい。
「そういえば、竹森はどうして美化委員を?」
士沢は沈黙を嫌って、話を切り出した。
「はい。――私、掃除が好きなんです」
「へぇー、そうなんだ。俺は掃除、あんまり好きじゃないな。面倒だし」
「えっ、じゃあなんで士沢君は美化委員になったんですか?」
「なんでって言うか……どこ入ろうとも考えてなかったんだけど、ちょうど美化委員の枠が余ってたから、思いつきで」
「そうなんですか……」
しまった、と士沢は思った。掃除が好きと言った竹森に対して、ずいぶんと下手な返しをした。もう少し、竹森が掃除好きだという話を、たとえばなぜ掃除が好きになったのかと尋ねて膨らませるべきだった、と士沢は後悔した。
「じゃあ、この機会に掃除を好きになりましょう!!」
だが、竹森の続く言葉は、士沢の想定して、いたのとは違い、明るかった。驚く士沢の横で、竹森は言葉を紡ぐ。
「掃除って、とっても素晴らしいことなんです!! 掃除をすると、お部屋が綺麗になるだけじゃなくて、自分の心も綺麗になるんです。それって、とっても素敵なことだと思いませんか? 私、掃除が大好きなんです。士沢君も、今度しっかりと掃除すれば、掃除のことが好きになれると思います!!」
「わ、分かった。今度、しっかりと掃除してみるよ」
「やった!!」
竹森は士沢の返答に大きく頷いて、満面の笑みを見せた。弾けるような、という言葉がぴったりと合う、輝いた笑顔。士沢は、竹森の笑顔に目がくらむ思いだった。
「……竹森は、すごいな。本当に大好きなものがあって、それに真っ直ぐな思いを全力でぶつけてる」
「そんな、すごいだなんて……」
「俺は今、竹森にすごく憧れた。俺には、そういう、熱くなれることが何一つないから」
「……」
急に褒められた竹森は顔を赤くして、自身への賛辞を否定する意味で手をぶんぶんと振っていたが、続く士沢の言葉を聞いて動きを止めた。
士沢は竹森の様子を見て、はっと我に返った。そして同時に、またやってしまった、と思った。竹森のまばゆい姿を見て、つい士沢も興奮してしまった。考えていることをそのまま口に出して、不必要な自虐発言にブレーキをかけることができなかった。それを聞いた竹森は、何を言えばいいかと困惑するに決まっている。今の状況においては、竹森を褒めるだけに留めなければならなかったのに、と士沢は先ほどよりも強く後悔した。
「何もないなら、今からでも見つけましょう」
だが、今度も竹森の返答は士沢の想定よりも明るかった。声の大きさこそ、先ほど掃除について熱弁していた時よりも小さいものの、困惑の様子は全く見られなかった。
「大好きなことを見つけるのに、時期は関係ありません。……だから、今から士沢君が見つけても遅くはないんです」
「竹森……」
竹森の言葉に驚くと同時に、竹森の優しさに胸を打たれた士沢は、何と言ったら良いか咄嗟に思い浮かばなかった。士沢は頭の中をしっかりと整理できず、足を止めた。数歩先を行ってから士沢が止まったのに気付いた竹森は、ぴたっと止まって、士沢に振り返り、微笑んだ。
「もし嫌じゃなければ、士沢君が大好きなことを見つけるのを、私はお手伝いしたいです」
「嫌なわけ、ねえよ。ありがとう……竹森」
「それじゃあ、まずはお掃除ですね!! お掃除というのは――」
掃除好きのスイッチが再び点いて、竹森は掃除とは何であるかと熱弁しはじめた。士沢は圧倒され、とりあえず教室まで歩きながら話してくれ、と立ち止まったままの竹森に言うことしかできなかった。
竹森の掃除の話を聞きながら、士沢はちらりと前方をみて、教室の室名札から、自分達がどの教室の横を通っているのか確認した。札に書かれていた文字は三年四組だった。教室の並びは一年のものと同じなので、札を越えると、もう目的の三年三組の教室にたどり着く。
教室に着いたことを竹森に伝えようと、士沢は口を開きかけた。
「あ、もう三年三組に着きましたね」
だが、士沢が言うよりも早く竹森も目的地に到達したことに気付き、掃除の話を断ち切った。
士沢と竹森は三年三組の教室後ろ側の扉の前で立ち止まる。士沢は横に立つ竹森を見るまでもなく、雰囲気で竹森が緊張していることを理解した。士沢も緊張はしているものの、とにかく入らなければならないので、教室の扉をガラガラと開け、三年三組に一歩足を踏み入れた。士沢がぱっと見たところ、まだ美化委員はあまり集まっていないようだった。
「お、君たちも、美化委員だね。いきなりで申し訳ないが、まずはクラス名を言ってくれ」
士沢と竹森が教室に入ってすぐに、前方から声をかけられた。よく通る、清風を思わせるような声だった。士沢は、教室前方に据えられた教壇を見た。
「申し遅れたね。私は、委員長の樋川 綾子だ。君たちは?」
「わ、私、一年三組の、竹森真衣です」
「同じクラスの士沢幸信です」
「そうか、では一年生は廊下側の列に座ってくれ。一組から順に、前に座ることになっているから、三組は、そこの三番目の席についてくれ」
樋川に指し示されるまま、士沢と竹森は席に座った。
それからほどなくして、残りの美化委員も教室に集まり、委員会がはじまった。
「それでは、これより今年度の第一回美化委員会を始める。進行は私、委員長の三年三組、樋川綾子がつとめさせてもらう。とりあえず、決める事は諸々あるが、お互いのこともよく知らないし、まずは自己紹介をしてもらおうじゃないか。一年生から順に、前の席に座っている者から自己紹介してくれ」
自己紹介。嫌な響きだ、と士沢は思った。ここで自分が気の利いた良いことを言えるわけはなく、しかし、たどたどしく支離滅裂なことを言って悪目立ちしてしまうのは恥ずかしい。士沢は、何とか無難にこの場を乗り切ることのできる、無難な自己紹介を考えるため、頭を動かし始めた。
その間に、次々と一年生が自己紹介を終えていき、ついに竹森の番となった。それでは次の人、と樋川に言われた竹森は「はい」と言って、立ち上がった。
「一年三組の竹森真衣です。美化委員の主な活動は、校内の掃除と聞きました。私は、掃除が好きで、この美化委員に入りました。掃除をして、学校を綺麗に保つということは、そこで生活する私達自身の心を美化することだと思います。美化委員での活動を通して、皆が嫌いがちな掃除が、そういう素晴らしいことだと伝えたいと思っています。どうぞ、よろしくお願いします」
竹森がぺこりと頭を下げて、自己紹介を終えると、一瞬の静寂の後に、拍手が湧き上がった。樋川は特に感激したようで、
「竹森君。君の志は素晴らしい。私も、全く君と同じ思いだよ。掃除は素晴らしいものだ。一緒に、これを伝えていこう」
と言って、賛辞を送った。
これはまずい、と士沢は思った。全員が竹森の言葉に感激し、賞賛している。この後に自己紹介をするというのは、プレッシャーが大きすぎる。先ほどまで思い描いていた無難な自己紹介はとても出しづらくなった。
しかし、新たな自己紹介を考える時間など、士沢にはなかった。何せ、竹森は既に着席しており、次の番である士沢はすぐに立ち上がらなければなかったからだ。こうなればもう腹をくくるしかないと思い、士沢は樋川に促されてすぐに立ち上がった。
「同じく、一年三組の士沢幸信です。えっと……よろしくお願いします」
拍手は、起こらなかった。




