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Side1:第五章


 正午過ぎ。チャイムが鳴り響き、四時限目が終了する。俺は大きく伸びをして、あくびをしながら教科書を閉じた。

 魔法理論の授業は、正直毎回退屈だ。教師の話がつまらないとか、内容に興味がないとか、そういうわけではない。前提となっている知識を俺が持っていないため、授業中に何を言っているか全くといていいほどわからないからだ。

 いや、ここ数日の勉強によって、これまでに比べれば、わかるようになってきてはいる。それでも、毎日行われる転写魔法の特訓と、中間試験に向けての勉強のせいもあって、眠気をこらえるので必死である。わからなくても授業は聞いた方がいいかなー、という田辺の言葉を信じて起きているように最近は頑張っているんだが……。

「内藤将!」

 そんな俺にずかずかと近づいてくる者がいた。

 短髪中背の男子生徒だ。同じクラスであることは知っている。だがそれ以外にもどこかで会ったことがあるような、ないような。

「内藤!」

 そいつは俺のそばまで来ると、もう一度俺の名を呼んだ。

「なんか用か?」

「お前に言いたいことがある」

 お互い、既に口調が喧嘩腰だ。しかし俺からすれば、相手が最初から敵意を持って話しかけてきたようにしか思えない。

「お前は生徒会役員に相応しくない。お前のような生徒が、この学校で他の生徒の上に立てるものか!」

 さすがにカチンときた。

 自分の意思で生徒会に入ったわけではないとは言え、言われて気持ちのいい言葉ではない。

「どうしてそう言える?」

「さっきの授業、あんな基本的な質問になぜ答えられない! それだけじゃない、これまでの授業もだ! 予習範囲のみならず、常識の範囲の質問にも答えられない。見ていてイライラする」

「それは、お前の基準で、できているべき、なのか。それともより一般に、できているべき、なのか」

「もちろん、“この学校の生徒なら”だ。落ちこぼれの二校や、出来損ないの三校ならいいかもしれないが、この一校の生徒である以上は、できて然るべきことだ」

「なるほど、お前の言いたいことはわかった。だが、どうしてお前にそれを言われないといけないんだ? 別にお前が気にする筋合いもないだろう」

「不本意ながら――」

 そいつはポケットから何かを取り出した。

「お前は生徒会役員で、俺は風紀委員だ」

 突き出されたそれは、「風紀」と刺繍された腕章。

「互いに生徒をまとめる立場だ。それなのにお前が――」

「あー、はいはい、わかったわかった」

 ようやく思い出した。こいつは確か、俺が生徒会役員として喧嘩の仲裁をした時に、生徒をしょっぴくためにやってきたことがある。それで顔を知っていたのだ。

「お前とは話が合わなさそうだ、ってことはわかった」

 言われっぱなしで癪だったからか、なんでかは知らないが、思わず突っかかってしまった。

 今更退けない。

「確かにそうだ、俺はお前たちと違う。明確に目的を持って一校に来たわけでもないし、魔法に関する常識だって全然足りてない。違うというか、劣っている。はっきり言って落ちこぼれだろう」

 立ち上がる。正面に立ち、相手を見据える。

「だけど違うなりに、劣っているなりに、俺だって頑張ってんだよな、一応。そこを頭ごなしに否定にかかるような奴と、うまいメシは食えない。そして俺は腹が減った。今からメシを食いに行くんで、そこ、どいてくれ」

「なんだと……!」

 火に油、というか、さらに怒らせてしまったようだが、それも仕方のないことだ。

「いいだろう……お前がそこまで言うなら、お前が言うその努力の結果を見せてみろよ」

 なんだか話がおかしな方向に曲がり始めた、ような。

「今日の放課後に訓練室を押さえておく。模擬戦をしよう」

「え? いや、それは……」

「続きは放課後だ……俺も巡回当番があるからな、このくらいにしておこう」

 そう言うと身を翻し、スタスタと歩き去ってしまう。

 あまりのことに戸惑い、その場で立ち尽くしていたが、すぐに我に返った。クラス中の視線が俺に集まっていることに気づいたためだ。

「災難だな、内藤」

 後ろから話しかけてくる者がいた。今度は正真正銘、全く関わりのない生徒だ。辛うじてクラスメイトであることはわかる。

「ああ、うん」

「あいつは……坂田は、悪いやつじゃないんだけどな、風紀委員だし。ちょっと頭が堅いけどな」

「この学校の生徒はみんなああなのかと思うところだった。やっぱあれは頭が堅い方なんだな」

「ああ。ただまあ、さっきの授業は確かにヤバイぜ、あれ答えられないの。反世界の成り立ちの、基本だろ、確か」

「……さっき一応教科書見ておいたよ。魔力が充満し、いろいろな概念がそのままで存在する世界だ、って感じでいいんだよな?」

「まあそんな感じだろ。お前、そんなんで中間とか大丈夫なのか?」

 笑いながら聞いてくる名も知らぬ級友に、俺は苦笑いを返した。

「……わかんね」



 放課後、生徒会室。

「昼休みは大変だったわね、内藤君」

 ちょうどやってきたばかりの俺に、岩淵先輩が話しかけてきた。

「何かあったの?」

 会長はそれに食いつく。

「いや別に、なんでもないっすよ」

 そこに食いつかれても困る。わざわざ話すようなことでもないし、今の今までちょっと忘れかけていたくらいだ。

 そういえば放課後に待ってるとか言っていたな……。

「えー、なんでもないわけないじゃない。聖美、何か知ってるんでしょ、教えてよ」

「なんでもないって本人が言うなら、なんでもないんじゃないかしら」

 しれっとそういうこと言えるのか、この人は。というかなんで知ってたんだろう。下の学年のちょっとした喧嘩まで把握しているものなのか、生徒会は。

 作業に戻ろうとした時、ドアが開いた。やってきたのは加藤先輩。

「内藤君、今日の転写の練習は、悪いけど中止だ」

「あれ、なんでですか」

 内心で快哉を叫んだのは言うまでもない。

「うん、どうやら僕のミスで、訓練室押さえられてなかったみたいなんだ。今見てきたら、全部使用中で、今から使うこともできなさそうだったから」

「全部埋まってた、ですか」

 嫌な予感というか、思い出したというか。

「……すいません俺、ちょっと用事思い出したんで、行ってきます」

 生徒会室を飛び出し、階段を駆け下りる。すぐに、エレベーターを使えばよかった、と後悔したが、もう立ち止まれない。

 もし、あの生徒が本当に訓練室の使用許可までとって、俺を待っているとしたら。それは迷惑極まりないし、付き合う義理もないのだが、そのせいで競技会の準備に支障が出るのなら、それはやめさせないといけない。

 中途半端に生徒会に入っているがために起こった混乱であり、つまり原因の一端は俺にある。そんなあやふやな義務感に突き動かされて、走った。

 訓練室の扉の前で、呼吸を整える。

 模擬戦、と言っていたが、そんなことしたこともないし、仮に戦ったところで勝てるわけがない。

「……なんで来たんだ、俺」

 呟いたところで、聞く人はいない。ただ、俺が何とかしなきゃ、という変な使命感のようなものは、まだ俺を急かしている。

 思わず、ため息が漏れた。

 どうすればいいか考え、しかし何も結論は出ないまま、俺は訓練室の扉に手をかけた。


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