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Side1:第一章

1


 昔はどうだったかよく知らないが、東京都の西部に位置する八王子市は、今や学生の街と化していた。駅からすぐのところに、大規模な国立学校が建設されたためである。

 ただの学校ではない。日本に三つしかない魔法専科学校、国立第一魔法学校というのが、その学校の名前だ。

 小さめの大学のキャンパスくらいの敷地があり、中心にコの字型の校舎、その周りに幾つかの研究施設が並ぶ。

 校舎三階にある実習室の窓から外を眺め、行き交う学生を目で追いつつ、なんとなくそんなことを思う。 ……実際、逃避以外の何物でもないのだが。

「よし、内藤、もう一回いけるか?」

「やるだけやってみますよ…」

「頼むぞ。俺も早く帰りたいからな」

 実習担当の教員と言葉を交わし、再び机に向き直る。ちなみにこの教員の名前はまだ覚えていない。白衣にボサボサ頭の、研究員然とした男性である。

 机に置かれたままのチョークを手に取る。なぜこのご時世にチョークなのかとずっと不思議だ。手も真っ白になってしまったし。

 とりあえず、始めよう。

 黒い木の机--理科室なんかにありそうなものだ--に、半径十五センチほどの円を描く。なるべく正円に近づけることが望ましいらしい。流石に完全な正円ではないが、先ほどよりうまくできたから良しとする。

 次に、円の内部に記号を書き加える。さらに幾つかの単語を書いていく。

 一分少々で、完成。本日これを描くのは何度目かわからない。構造は単純で、規模も小さい。

 とても簡単な、魔法陣である。

「描けました」

「よし、じゃあやってみろ。まあ緊張しすぎないことだ」

 今日の実習は、初回ということもあって、内容はとても簡単。

 炎を出現させる基本魔法の、ごく小規模なものを発動させてみる、というものだ。魔法を使うとはどんなものか、というデモンストレーションの意味が大きい。

 うまく発動すれば、魔法陣の中心に小規模な炎を生じる。継続的に魔力を供給しなければーーそんな術を持ち合わせている生徒は少数だーー、すぐに火は消える。

 クラスのほぼ半分の生徒が、魔法を使うのが初めてか、経験が浅かった。しかし、数回の試行の結果、彼らのほとんどは合格。

 最後に残ったのが、俺というわけだ。

 正直帰りたいので、次で決めようという気はある。しかし、何度やっても炎は現れない。小さな爆発が起こるか、何も起こらず陣だけ消滅するかのどちらかであった。

 ーー次こそ。

 両手を前に出し、魔法陣に掲げる。意識を集中。まず腕へ。掌へ。そして、机の上の魔法陣へ。

 魔力が流れ込み、魔法陣が発光しだす。まず白い光が放たれ、次いで赤みを帯びる。さっきより色が濃い。これはいけるかーー


着火(セットファイア)!」


 トリガーワードと呼ばれる、魔法発動最後のプロセス。その魔法に付けられた名前を発声することで、準備を終えた魔法陣が起動する。

 次の瞬間、机の上が真っ赤に染まった。

 ごう、という音と共に、高さ一メートル程の炎が机上に屹立し、一瞬のうちに消え去る。前に伸ばした俺の両手を掠め、顔面に熱風を吹き付けながら。

「おわっ!」

 少々情けない声を上げながら、大きく仰け反り、後ろへ倒れる。ごん、という音がして、今度は背中を机の角に打った。

 絶息、そして声を絞り出す。

「いっ……てえ……」

「大丈夫か!?」

 流石に驚いた様子で、教員が駆け寄ってくる。

「まあ、一応……」

「まったく……どうしていきなりあんなに出力上げたんだ。加減できないならできないなりに慎重にならなきゃいけないだろう」

「う……はい。スミマセン」

「怪我がないならいいんだがな……ほら、課題は合格。帰っていいぞ。俺も帰る」

「はーい」

 荷物を鞄に投げ込みながら、ぼんやりと思考する。初回でこの様だ、今後の実習が本当に思いやられる……だいたい、あの威力はなんだ。もう一息で天井を焦がさんばかりの火力。バカみたいだ。パワー型魔術師なんて目指しちゃいない。そもそもこの学校だって……

「鍵締めるぞー」

 男性教員の声で現実に引き戻される。

「はーい」

 気の抜けた返事をし、のろのろと鞄を持ち上げる。

 うだうだ考えるのは後回し。とりあえず帰ろう。んで疲れたから寝よう。



 帰る、とは言っても、魔法学校の敷地からは出ない。実習をしていた校舎から15分弱歩き、着いたところは寮。

 国立第一魔法学校の寮は、三つの建物が連結した構造になっている。向かって右の男子寮「赤光寮」、左の女子寮「蒼光寮」、そして中央の食堂や購買などが入った寮生会館からなるこの寮は、全学生の半分ほどが入居する大規模なものだ。

 残る半分は、いわゆる魔法界の権威のお家柄の生徒が大半を占め、主に自宅から通学している。

壁の装置に学生証をかざして自動ドアを開け、右の建物へ入る。管理人の老人に会釈し、階段で三階まで上がり、自室を目指す。

 赤光寮三二四号室。ドアノブに取り付けられた装置に再び学生証をかざし、ロックを解除。ようやくたどり着いた。

「ただいまー……」

「おかえり、(たすく)。遅かったね」

 机に向かっていた男子生徒が返事をした。

 この部屋の入居者は、俺、内藤将と、この生徒、外山芳樹の二人。相部屋の相手として、芳樹はかなり良い部類に入ると思う。俺自身がどうかは知らないが。

 真面目なのはこの学校の生徒のほとんどに当てはまる特徴だから置いておいても、なんというか、一緒にいて心地よさを感じさせる、そんな空気を纏っているのだ。長期間に渡って共同生活を送る上で、これほど素晴らしいことがあるだろうか。

 そんな訳で、俺はこの部屋では割とくつろぐことができる。

「ああ、実習がうまくいかなくて。何とかクリアできたけどさ」

「実習って、初回の?」

 俺と芳樹はクラスが違う。どうやら芳樹は先に実習を経験していたらしい。

「うん、そう。火を起こすだけの簡単なやつ」

「あれかー、僕も二回くらいやり直したよ。コツがいるのかな」

「どうだかなあ。コツがあるなら教わっときたいもんだ、毎回こんなに居残りさせられるのは御免だ……」

 床に寝転がる。

「……そこで寝るの、将」

 この部屋は机二つが背中合わせに並び、その上にロフトベッド、という形。つまり倒れこむように寝ようとしても、状況がそれを許してくれない。床に寝るしかない。

「今何時だ、芳樹」

「五時半くらい」

「……メシまで寝る。飯行く時起こして」

 返事を待たずに目を閉じる。そしてすぐに、睡魔が俺の意識を奪った。



「うおー、朝飯、うまかった……」

 芳樹と並んで校舎まで歩きながら、そんなことを言う。

「そりゃ、一食抜いてる訳だしね」

 昨夜、親切にも起こそうとしてくれた芳樹に向かって俺は、寝る……とだけ答えたそうだ。

 結果、目が覚めた時には朝六時。

 朝食は三回おかわりした。

「将、一限なに?」

「なんだっけ。えーと、理論の……何分野だっけな」

 そんな他愛もない会話を繰り広げながら、教室の入り口で芳樹と別れる。

 50分一コマの授業を三つ乗り越え、四限はホームルーム。入学してすぐということで、いろいろ説明しなくてはならないことがあるのだろう。担任の若い女性教師が教壇で喋り始める。生徒会だとか委員会だとか、そんなことが書かれたプリントが配布される。

 初めの方こそ聞いていたが、途中で意識が朦朧としてきた。

 生徒会も委員会も特にやらねえよ、だから聞かなくていいや。

 ということで本格的な睡眠に入る。

 

 ――どれくらい寝たのか。

 ごすっ、という衝撃を頭に受け、俺は急激に意識を回復した。

「内藤君! やっと起きましたか?」

「えっ、あ、はい、すみません……」

 黒板には消えかかった魔法陣。

 まさかこの教師、魔法を使ったのか。俺を起こすのに?

「生徒会から出頭要請が来てますから、昼休みに行ってくださいね。生徒会室の場所はわかりますか?」

「えっと、はい、多分……」

「じゃあホームルーム終わったらすぐ行ってくださいねー。……それから」

 まだ何かあるのか、と思わず身構える。

「ペナ一、ですからね。三つ溜まると罰ゲームです」

 聞いてねえぞその制度。

 この教師、可愛らしい見かけによらず、鬼である。

「気をつけます……」

 そう答えるのが精一杯だった。


 昼休み。

 すぐ行け、と言われてしまった手前、俺は購買にも食堂にも行かずに生徒会室を目指して歩いていた。別にそんな指示にまで従うような律儀な性格というわけではないが、これ以上ペナルティをカウントされるのもなんだか不愉快だ。

 休み時間特有の喧騒をかき分けながら進む。

 生徒会室は、一年の教室からは少し遠い。教室は五階の端の方、生徒会室は七階の反対端である。

 七階に到達すると、下階ほどの喧騒はなかった。

 このフロアは、生徒会をはじめとする各委員会の詰所や倉庫なんかが並んでいる。一般生徒は用がないのである。

 生徒会室の前に立つ。流石に少し緊張する。よく考えれば、なぜ呼び出されたのかもわからない。緊張しながら、扉に手をかけ、

「ん……開かねえ」

 見れば扉の横に、寮の扉のところにあるのと同じような機械とインターホンが取り付けられている。やたら厳重に管理された扉である。

 しかし、扉の開け方はわかったようなものである。ポケットから学生証を取り出し、機械にかざす。ピー、という軽い音と共にランプが緑に――ではなく、赤に点灯した。

 ――ハジかれんのかよ。

 落胆を抱えて、インターホンを押す。

 ピンポーン、という音が響く。

 腕を下ろし、その場で待つ。待つこと三十秒。そして気づく。

 あまりにも遅い気づきであったが――扉のすりガラス越しに、部屋の電気が消えていることがわかった。

「いねえのかよっ!」

 思わずその場で叫んだ。期待してもいなかった返事は、思わぬところから聞こえた。

「ああ、すみません。来るのが遅くなってしまって……何か御用でしょうか」

 びっくりして振り返ると、長身の男子生徒が立っていた。銀縁の眼鏡をかけ、まさに生徒会、という感じの見た目だ――失礼かもしれないが。

 少々ばつが悪くなりながらも、答える。

「えっ、あ、ああ。なんか、出頭しろと担任から言われたので、来たんですけど……」

「出頭……? 今日、そんな予定あったかな……まあ、入ってください」

 男子生徒が学生証で扉のロックを外し、中に入る。促され、俺も続く。

 生徒会室は教室一個分の大きさで、壁一面にキャビネットが並び、幾つかの机とノートパソコンが見える。魔法学校らしい要素はあまりない。

「まあ、その辺適当に座ってください。お茶も何もないですけど……」

 椅子に腰掛け、しかし落ち着かない。知らない生徒と二人、会話もない。しかも相手はすでにノートパソコンを開いて仕事を始めてしまっている。

 と、その時。背後から、解錠音に続き、扉が開く音がした。

「加藤くん、私にお客さん来てないかな? って……たーくん? たーくんだよね?」

 聞き覚えのある声。

 蘇る苦い記憶。忘れたいような過去。

 蘇る感触。肉を裂いた右手、吹き付ける鮮血――

「あ、会長のお客さんだったんですか」

 眼鏡の男子生徒の声で現実に引き戻される。

 嫌々ながら、振り返る。そこにいたのは、藤宮燈(ふじみや あかり)。俺の幼馴染である。二歳年上だが、幼い頃はよく一緒に遊んだ。

「あ、あか……藤宮、さん。会長って……」

「そう、私がここの生徒会長なの。それに、昔みたく、燈お姉ちゃん、でいいのよ?」

 優秀なのは知っていたが、まさか生徒会長などというものをやっているとは思わなかった。

「やだな、そんな……俺だって高校生だぜ、先輩にそんな呼び方……」

「そっか……じゃあ、会長、とか。たーくんに苗字で呼ばれるの、違和感あるよ」

「できればその、たーくんってのもやめて欲しいというか」

「イヤ」

「はい……」

 なんで、こんな。

 あんなことがあったのに、どうしてこんな態度で俺と接することができるんだ、この人は。

「それで、呼び出したのは、生徒会から言っておかなきゃいけないことがあったからなんだけどね」

 そう言いながら、会長は俺の対面に椅子を持ってきて座る。

「詳しい事情は知らないんだけど――特別観察対象生徒、になってる、って通達」

 詳しい事情は知らない?

 嘘だ。彼女は当事者も当事者。知らないなんてそんなわけがない。

 そう言おうとして、書類から目線を上げる。

 目が合う。

「大丈夫?」

 笑顔でそう言われて、俺は何も言えなくなった。

 この人は、わかってて嘘をついている。それから思い出した。俺は、記憶を一部失っていることになっているんだった。

「――大丈夫です。じゃあこれは了解しましたから、俺はこれで」

 席を立とうとすると、彼女はえー、と声を上げた。

「もう帰っちゃうの?」

「特に用もないっすから」

 その書類を受け取る以上の用なんかない。顔も合わせたくない。俺に気を遣ってくれているんだと思うが、それを思うほど苦しい。

 足早に扉に向かい、出て行こうとする俺に、会長が後ろから声を掛けた。

「またね、たーくん」

「……はい、会長」


 特別観察対象生徒。

 そういう名称とは今日初めて知ったが、その他にも危険指定等々を受けているので、別段動揺はなかった。二年前の事故以降、そんなのは慣れっこだ。

 今も俺の身体には事故の影響の封印を強めるための魔法陣が刻み込まれているし、その他にもいろいろなマジックアイテムを渡されている。この学校に入ったのだって、そのせいだ。あの日、俺の人生の方向性は定まってしまった。

 それを受け入れられたかどうかは自分でもまだわからないが、とにかく今は、普通じゃない学校の、普通の学生として過ごしたい。


 ――だから、こういうのは勘弁して欲しかったのだが。

 翌日、朝のHR。

「今日から、生徒会役員の新規募集が始まります。この学校は、会長選挙は毎年秋にあるんだけど、一年生で役員になりたいって人を、この時期に募集します。詳しくはこのプリントに書いてあるからね」

 童顔の担任が、印刷物を配っている。

「それから、内藤君。昨日会長から聞いてると思うんだけど――」

 いきなり水を向けられ、今度は寝ていなかったにしても驚く。

「――会長推薦枠で、生徒会に入ってほしいとのことです。なのでまた今日の放課後、生徒会室にいってくださいね」

 クラスメイトからおおっ、とどよめきが上がる。

「あっ、はい。あはは……」

 中途半端な笑みを浮かべて、頭など掻いてみる。

 ――なんてことをやってくれたのだ。


 前途に難は多そうであった。


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