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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

未来の季節 短編集

春の残雪

作者: 沙魚川 出海
掲載日:2013/03/21

『1.0 雪の果、春の光』の後日談。

 ひーちゃんとは子供の頃からずっと一緒で、すごく仲が良くて、大人になっても絶対に離れたりなんてしないと思ってた。――あの日までは。

 こうやって手を触るとさ、あったかいんだよ。ちゃんと生きてる。まだ生きてるんだよ。眠ってるだけ。眠ってるだけだから――いつか、目を覚ましてくれるんじゃないかって、また笑ってくれるんじゃないかって、たまにそんなことを考えるんだ。

 たとえ目を覚ましても――ひーちゃんが私に笑ってくれるなんてこと、もうあるはずがないのに。

星河(ほしかわ)灯雨(ひさめ)――雨と雪、か。友達だったのなら、ユキのことを恨んでなんていないだろう」

 ……自信が、ないんだ。

 純粋な気持ちで一緒にいられたあの頃とは、何もかも変わってしまった。ひーちゃんの笑った顔も、怒った声も、時間が経つにつれてどんどんあやふやになっていってしまう。忘れたくなんてないのに、ひーちゃんを置き去りにして時間は進んでいく。

 ひーちゃんの気持ちも――私の気持ちも、どれだけ確かだったか、何が本当だったか、自信がないんだ。

 もしかして、私達は友達ですらなかったんじゃないかって――あの頃の思い出は全て幻で、ひーちゃんは私を憎んでいて、きっと目を覚ましたら私を――

「ユキ。お前はいつか、そうやってあたしのことも忘れるのか。友達だったことも――姉妹だったことも、忘れる気なのか」

 え――

「あたしは絶対に忘れない。砂原(すなはら)雪花(ゆきばな)と友達だったことを、死んでも忘れたりなんかしない。しっかりしろ。お前は星河灯雨と友達だったんだろう? 想いが変わっても、その事実だけは永遠に変わらない真実だ。星河灯雨だって、お前と友達だったことを――今も忘れたりなんてしていないはずだ」

 …………。

「もし――もしそれでも、星河灯雨がお前を恨むというなら、その分だけもっともっとあたしがお前と友達になってやる。友達と姉妹は両立できるから安心しろ、ユキ」

 ……言ってること、ちょっと変じゃない?

「笑うな」

 でも、友達――か。

 私がひーちゃんにしてたことは、友達にするようなことじゃないけどね……。

「何?」

 いや――なんでもない。

 ありがとう、(はる)

 ……(れい)さんのことを、悪く言ってるんじゃないんだ。

 黎さんのことは――もう、受け止めたから。

 だからこれは――私の問題。

 春だから言うんだよ。

 私に大切なことを話してくれた春だから、私も話そうと思ったんだ。

 私さ――嬉しかったんだよ。春が、自分のことを話してくれたことが。

 だから私も話そうと思ったんだ。

 私のことも。

 ひーちゃんのことも。

 ちゃんと、春に話したいと思ったんだ。

 もっとも、私の力のことはもう知ってるだろうけどね。

「いつか――目を覚ますといいな」

 うん……。

 そのために――私は天神(アマツカミ)にいるんだ。

 たとえ組織にとって、私がただの研究対象でしかなかったとしても……。

「ユキは、これからどうするんだ。今は姉様の仕事を手伝っているけど」

 高校へ通うのを理由に施設を出た時、条件があったんだ。黎さんを監督者にすること。月一回メディカルチェックと能力テストを受けること。

 私もよく知らないんだけど、どうやら〈神世七代(かみよななよ)〉からの指示でもあるらしい。

「天神の上層部が、姉様にユキを託したということか?」

 黎さんはきっと、私達が思っている以上に天神で影響力を持ってるのかもね。ボレアスから来て数年で、国守(くにもり)さんと並ぶ地祇(クニツカミ)の双璧って言われてるんだから。しかも、神世七代との繋がりもある。

「なんだか――心配だ。姉様はともかく、これからはユキも危険な仕事をしていくのか」

 わからない。

 けれどきっと、そうなるんじゃないかな。

 天神が黎さんに私を預けたのは、なるべく多くの実戦を経験させたかったからだと思う。私が早く力を操れるようにね。そしてそれは、黎さんの思惑とも一致していた。

 ――黎さんが言ってた。天神は、私の頭の中にいる化物のデータをほしがってる。だからその実験のために、これから前線に立つことが増えるかもしれないって。

 でも――構わない。

 これが私の選んだ道だから。

 もう逃げたくないんだ。

 春や黎さん――それにひーちゃんにも、情けない姿は見せたくないしね。

「ユキは偉いな。ちゃんと過去と向き合って、前へ進もうとしている。家を出て、過去を切り捨ててしまったあたしとは大違いだ」

 違うよ。そうじゃない。

 春が道を示してくれたんだ。

 私に手を差し伸べてくれたのは春だよ。

 春のおかげで――春と出逢えたおかげで、私は歩き出せたんだ。

 それに――春だってずっと戦ってきたんだ。

 春には幸せになる権利がある。

 黎さんと私がいる限り、春を不幸になんてさせない。

「それなら――お前の幸せはどこにあるんだ。あたしだけもらってばかりなのは気に入らない。あたしはお前に――姉として何ができるんだ」

 ――私ね。

 お母さんのことを調べてみようと思ってるんだ。

「ユキのお母さん――六花(りっか)さん、のことをか」

 そう。

 私、お母さんのことを何も知らなかった。

 黎さんから聞くまで、お母さんが天神の研究員だったってことすら知らなかった。

 黎さんの話では、お母さんは組織の中心に近いところにいたらしい。神世七代――いや、もしかしたら別天神(ことあまつかみ)にすら――

「ユキ」

 春は、傍にいてくれるだけでいいよ。

 それだけで私は、十分幸せだから。

 家族ができて嬉しいのは、私も同じ。

 だから春は――私と黎さんの日常でいてほしいんだ。

 春は、私達が一度は喪った――大切な宝物だから。

「――――」

 不思議。

 ひーちゃんの傍で、誰かとこんなことを話す日が来るなんて思いもしなかった。

「ユキ、苦しいぞ」

 あー、なんかすっきりした!

 ありがとう、春。

 私の痛みを――もらってくれて。

 いつか、三人でアメリカに行きたいな。

 春が見てきた風景を、私も見てみたい。

「アメリカ……。そうか――そうだな。あたしもいつか、彼岸西風(ヒガンニシ)に帰る日が来るのかな。姉様はどう思うかわからないけれど――涅槃西風(ネハンニシ)には、会ったことのない父様がいるし」

 成長した春の姿を見たら、びっくりするんじゃないかな。こんなに綺麗で美人に育ってるんだもん。

「姉様とユキって、そういうところが似てるな……」

 褒め言葉かな、それ。

 ――時に春日子(はるひこ)さん、黎さんとは今どうなんですか。

 いつもいちゃいちゃしているみたいですが。

「い、いちゃいちゃなんてしていないぞ。姉様がものすごく優しくなったのは――たぶんほら、今までのあれがあるから……」

 好きな人とキスしたり、手を繋いだり、抱き合ったり――どんな気分なのかな。今度黎さんに訊いてみよっと。

「す、好きな人って……姉様はただ妹のあたしを可愛がってくれているだけだ」

 あの人最近変態だからなあ……。

「おい」

 ――さ、帰ろうか。

 黎さんが待ってる。

「何か納得がいかないが……」

 またね。

 ひーちゃん。



 雪は解けて、春になった。

 春の陽射しは眩くて、優しくて――その温もりに満たされた揺籃の中で、美しい花達が産声を上げている。

 明るい春。

 煌めく春。

 私は今、間違いなく春の中にいた。

 しかし――日陰に目を向けると、奴等が腕を伸ばしてくるのだ。

 私を闇へと引き摺り込むように。

 私を冬へと連れ戻すかのように。

 ――残雪。

 春になっても解けない雪。

 それは季節を呪うように――決して解けることなく冬を叫び続ける。

 その雪を解かすのは、春の光ではなく――



〈了〉

別れるためだけに出逢ったわけじゃないとー

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