壱‐2
「友達?」
「うん! 私も歳の近い子が少ないし、つまんなかったの。ねえ、私の部屋に来てよ」
普段僕が遊ぶのはサッカー部の友達ばかりなので、女の子の友達はそもそも少なかったけれど。
「――うん、良いよ!」
なんにせよ、病院はつまらなかったのだ。一週間とはいえ、友達が出来るのは嬉しかった。
「やったぁ!」
飛び跳ねて喜ぶ少女。そのままの勢いでベッドの上に膝で飛び乗ってくる。
スプリングが音を立て、周りから視線が刺さる。
「私の部屋にって、キミは個室なの?」
「そうよ。私一人だから寂しくって」
「ふーん。じゃあ、行っても良いの?」
「もちろん! 早く行きましょ!」
まだベッドの上だというのに手を引っ張る少女。パジャマみたいな病院着のままでもせめて靴下だけは履いていかないと寒いのだが、布団を剥がされ、
「早く、早く!」
と急かすので、あえなく断念した。怪我をしていない方の脚からスリッパを履いて、普段より重いもう片足を慎重に手で降ろす。
「つっ!」
焦りのせいで少しだけ勢いが付いてしまい、床に当たった途端に鋭い痛みが脳を暴れ回る。瞼の裏に星が飛んだ気がした。
痛みは大したこと無いというのは、強がりというより、ただの嘘だった。
「大丈夫? 歩ける?」
「う、うん。まあ」
小さくとも女の子の前で良いところを見せたいのは、男の性だ。
「そ……じゃあ、早く行こ!」
そして、一言だけであっさりと心配は終わらせる少女。我が侭を言うのもやはり、女の性なのだろう。
「わ、ま、待ってよ」
しかも片手を引かれているもんだから、ベッドの横に置いてある松葉杖も一本しか取れなかった。強引に引いていく少女の掌とちょっと高めに設定されている松葉杖。なんだかやじろべえのように、右に左に揺れながら部屋を出て行く羽目になる。
その瞬間にも、隣のお兄さんの何か言いたげな視線が気になった。
「あっちだよ!」
もう、ほぼ小走りのような少女。廊下を手で引かれて、ケンケンに近い拍子で付いていく。
病棟を跨ぎ、確かに個室の多い辺りへと進んでいく。
と、
「シュウくん?」
「?」
誰かに呼ばれて振り向くが、この病院でそんな風に親しげに僕を呼ぶのは、一人しか居ない。
「お母さん」
「どうしたの? 部屋で寝てないと」
「う、うん、ちょっと」
見つかってしまった、などと思う。部屋を抜け出したこともそうだが、女の子と一緒に居るのを見られる気恥ずかしさが強い。
この病院のリハビリテーション科で働く、ナース姿の僕の母。
僕の骨折も、もしかすると病状としては大したことがないのかもしれないが、母子家庭なので母としては目の届くところに置いておきたかったのだろう。僕もあまり心配は掛けたくないし頑丈に育てて貰っているはずだが、折れてしまったものは仕方がない。
「この子の部屋に行ってくる。友達になったんだ」
手を引いて顔を見せようとするが、恥ずかしがっているのかそのまま行こうとする。
「あら、その子……?」
「は、早く行こうよ!」
ぐいっと引っ張られて体が傾き、自然とまたケンケンで横移動してしまう。
「あ、じゃあ、行ってくるね」
「……そうね、いってらっしゃい。足は気をつけてね」
「うん!!」
手を振りながら離れると、ずっとこちらを見たままで見送っていた。その視線は、どこかで見たことがあって……。
「ここ、ここだよ!」
少女が、ようやっと手を離してくれた。
スライド式のドアがあり、その横には名札が一人分だけ挿してある。
名前は、よく見えなかった。