壱‐1
小学四年生の秋、僕はそれから十数年は忘れ得ないだろう出逢いを果たした。
もしかすると、一生かもしれない。それくらい僕にとっては特別だった。
少なくとも、一日で忘れてしまうような、そんな出逢いではなかった。
その時僕は入院していた。
学校の階段を転げ落ちて、なんていう間抜けな理由で足を骨折してしまったからだ。雨の日で、床はツルツルとよく滑った。スケートだかスライディングだか分からない遊びの末のことである。
……廊下は走るな、というのは真理だったようだ。
入院二日目。若いからすぐにくっつくという先生の言を信じた僕は、今日治るか明日治るかと期待していたが、その日になって『入院一週間、ギブスと松葉杖で更に二週間』と聞いて腐っていた。
痛みだって大したこと無くて、きっと歩けるのに。たぶん。
大好きなサッカーが三週間も出来ない。サッカー選手になれなかったらこの三週間のせいだ、などと現実味のない夢を転がしていた時のことだ。
誰かが、部屋に這入ってきた。
その時僕は六人部屋の窓際に居て、部屋を仕切るカーテンをしっかり開いていたので部屋の入り口はよく見えた。
同年代らしいけど、見たことの無い顔だ。女の子。黒髪が背中まで伸びていて、ピンと跳ねた前髪が元気そうな印象を与える。
僕が入院しているのはリハビリテーション科なんかがある病棟で、比較的入院時期の短い人たちが多く居た。若い人も結構居る――と言っても、この病室だと僕の次に若いのは隣のベッドの高校生だか大学生だかのお兄さんくらいで、そこから先はふた周りほど離れる――から、誰かの妹か娘かといったところだろう。
しかし、それにしては“這入ってきた”という表現をしてしまうほどにコソコソとしていた。元気そうな印象とは裏腹に、何故かひょこひょこと下手な忍び歩きをして近付いてくる。
キョロキョロと辺りを窺いながら、おもむろに隣のお兄さんと目があってビクッと身体を跳ねさせながら。そして、僕のベッドの前で立ち止まる。
「……あ、あの、ねえ。これ、何て読むの?」
ベッドに取り付けてあるネームプレートを指して言う。
何故話しかけられているのか分からないまま、答える。
「さいざき、しゅうや」
佐井崎秋也。ちょっとだけ苗字の珍しい、僕の名前だった。
母が、秋が好きなんだとか。僕だって好きだが、窓から紅葉を眺めているだけで退屈しのぎになるほどでは無い。
「何か用?」
「そのぅ……あ、そうだ。シュウヤくんは何で入院してるの?」
質問に質問を返された。まぁ、失礼だと思う常識なんて、この歳で備わっている方が珍しい。
「えっと、骨折。足の」
答えてはみたものの、布団を掛けると暑くて堪らないのでギブスは丸見えだ。わざわざ質問されるようなことじゃないはずだった。
「い、痛い?」
「ううん、僕はすぐに退院したいくらいだけど先生が入院しろって。お母さんも居るし」
「お母さん?」
「ここで看護婦さんをしてるんだ」
「ふ~ん……」
自分から振った話題なのに、興味が無さそうですぐに会話が途切れる。興味が無さそうというか、他の何かを言いあぐねているような。
「で、どうしたの?」
改めて聞くと、
「え!? あ、あのね、そのう……つ、つまんなくないかなって」
「うん?」
「その、最近来たんだよね? 暇でしょ、病院って」
「まあ、そうだけど。ゲームくらいしかすることないし」
その通り、暇だ。退屈なのだ。二日目にして。
携帯ゲームは持ってきているが、やっぱり外に出られないのは詰まらない。勉強かゲームかならゲームだが、ゲームか外かなら外が良い。そして、外に出られないとなれば余計にゲームも面白くなく感じてしまっていた。
窓から人の出入りを眺めたところで気は晴れないし、紅葉は綺麗だがすぐ飽きて、更に言えば一番歳の近い隣の人とすら未だに話すきっかけを掴めないでいたので、いよいよすることが無くて。
だからこそ、急に話しかけてきた変な女の子にも付き合ってあげているのだ。
「そ、そうだよね! 病院、つまんないよね!」
我が意を得たりとばかりに声をあげる少女。部屋の住人たちから注意の視線が集まるが、気にした様子もない。
「ねえ、私のところに来ない?」
中でも、隣のお兄さんの視線が気に掛かった。
「私と、友達になってよ!」
心配そうに、そして僅かに哀れみを含んで。
僕と彼女を見つめていた。




