序‐3
若年性アルツハイマー。しっかり調査した訳でも無いですし、医学的に間違ったところが有っても物語上のことです、お目こぼしを。
若年性アルツハイマー。
なぁは病気だ。
原因は解明されていないらしく、先天的なものとも言われるし、何かしら脳に衝撃が与えられて損傷したかとも言われる。病気と言うべきかどうかも分からないが、単純に言って“物忘れが激しい”。
――いや、激しすぎる。若ボケ、なんて言葉では済ませられない。
実際、意識や行動はしっかりしているように見える。普通の中学生と同じように喋るし、行動する。自転車をこぐのも買い物をするのも洗濯物も普通に出来るし、むしろ彼がそんなあれこれを出来なければ叱りもする。とても病気などとは信じられない。
でも、『飯はまだかいのぅ』なんてテンプレートな台詞は吐かないまでも、『あれ?朝ご飯食べたっけ?』とか『昼はもう食べた、んだよね?』なんてことを聞いてくることがある。
自転車で動いているので、当然腹が減るのは早い。そして腹が減ったタイミングで、いつご飯を食べたか考えると……思い出せない、らしい。
他にも、話したことも次の日には覚えていないことが多いし、どれくらいの時間走っているかなんてことも、必死でこいでいる内に抜け落ちてしまうんだとか。ここ最近のことよりはむしろ、昔の思い出のほうが覚えているくらいだ。
朝起きて夜寝るまでのことすら、全ては覚えていられない。
「新しく覚えたことのほとんど、ほとんどを忘れてしまう。
毎日思い出すようなこと以外は……ほんの少しの、絶対忘れたくないことだけを毎日思い出して、後は忘れてしまう。
手のひらから砂が零れ落ちるように忘れてしまう。
ううん、忘れてしまうんじゃ無くて、選んでるんだ。
大事な物を落とさないようにと思ったら、他の物に構ってられないんだよ」
――これは、なぁの言葉だ。
それを聞いて俺は、大事な物がなんなのか尋ねてみたが、教えてくれなかった。
教えないけど、とっても、とっても大切な物なの。と、そんなことを言っていた。
なぁは、一見そうとは見えないが、病気だ。
俺は、なぁを守ってやらなきゃいけない。俺はそのために側に居る。自分から着いてきたんだし、どれだけキツくたって逃げるつもりなんてさらさら無い。そのためなら学校だって余裕でサボるし、家出の真似事だって付き合うし、もしかしたら警察に補導されたり怪我をしたりすることだって怖くない。
でもそれは、ヒロイズムじゃ無い。
勇気でも無ければ、優しさですら無い。
ポケットに入る程度に綺麗に折り畳まれた、紙っぺら一枚分の、義務感だ。