序‐2
「なぁ」
「なぁ、おい」
「行き止まりだぞ、これ。なぁ」
後ろに声をかける。
「……え、ホント?」
後ろにへばりついている女の子が、俺の脇の辺りから顔を出して前を見る。視線の先では、徐々に細くなっていた道路が民家に続いてしまっていた。
俺が道の先までたどり着いてから自転車を停めると、彼女は申し訳無さそうに頭を掻きながら降りた。
「あちゃー、ホントだ。どこで間違えたんだろ?」
背負っているバッグから地図を取り出してパラパラと探す。
探す。
探す。
探す。
「……なぁ」
「ん、なぁに、もうちょっと待ってよ」
顔の目の前にまで地図を近付けて道を探しているようだが、そんな探し方をしても見付かるわけが無い。
「俺が探した方が早いって、たぶん」
「……」
答えない。
俺は少しイラついてしまう。ついつい、道を間違えた癖に、なんて。
「なぁってば!」
「ダメなの! この地図は見せちゃダメなんだから!」
地図からガバッと顔を上げて怒鳴る。
「見せたらどこ行くかバレちゃうし、そしたら……」
「はいはい、一緒に来てくれないかもしれないって? こんなところまで来て、そんなこと言わないよ」
言葉の続きを奪うと、コイツは不思議そうな顔をする。
「えっと、これってもう言ってた?」
「言ってたよ。目的地聞く度に、昨日も一昨日も、その前も」
「……ありゃ、そっか」
少し目を伏せる。
自分が責めたような気分になって、フォローするかのように言葉を繋ぐ。
「つうか実際もう三日目だしさ、地図見る分にはお前苦手じゃんか」
「うん、そうだけど、でも」
「でもじゃなくて、目的地んとこは見ないからさ。今居るとこだけ……」
言いながら、少々強引に地図を取ろうとすると、
「ダ……ダメッ!!」
その手を振り払われてしまう。
「あ、えっと……ご、こめん。やっぱりダメ、見せられないや。ちゃ、ちゃんと探すからさ! ね? ね?」
凄い申し訳無さそうにしながらも、地図は大事そうに抱え込んでいる。
俺は頭を掻きながら、
「いや、道さえ分かれば良いんだけどさ。でも大丈夫かよ。俺はもう付き合うことに決めてるんだから、俺にとっても目的地なんだぜ?」
そう、迷ってたのは一日目の夜までだ。
「だ、大丈夫、だよ……の、はず……」
声が徐々に小さくなり、また地図に顔を埋める。
その姿を見て、俺はため息を付いてから、
「なぁ、なんでソコに行きたいかは、ちゃんと覚えてるのか?」
と聞く。
コイツはちょっと顔を上げて答える。
「……うん、それは。毎日そればっかり考えてるし、忘れてない」
最初の少しの間は、思い出して確かめたんだろう。目線だけ、右上にやっていた。
その後もう一言。
「シュウこそさ、私が言ったこと、ちゃんとしてよね?」
「あぁ、名前ねぇ。なぁ、さっきも言ったけど全然思い出せねえよ」
旅の始めに約束した。
『私の名前を呼んで』『何度も、何度も、呼んで欲しい』『シュウに、呼んで欲しいの』
その時を思い出すと顔が熱くなるが。この暑い中でもなお熱くなるが。
俺がコイツのナマエを忘れてしまっているからだろう。旅の間に思い出してちゃんと呼べと、そう言っているのだ。
丸2日ずっと考えているが、未だに思い出せない。
「うん、まだ時間あるから、ね!」
「……あぁ」
それでもコイツは、気にもしていないように、ニッコリと笑ってくれる。
「じゃ、行こうか。ちょっと戻ったとこ曲がれば良かったんだ。そこまでは私前で」
道が見つかったらしく、地図を仕舞ってサドルに跨る。道を間違えた分は自分で取り戻すらしい。
俺が後ろに乗っかり腰に手を回すと、力強くこぎ始める。
もう病院を出て三日目。さすがにもう密着することに恥ずかしさは無いが、中学三年生の若造としては最初は随分戸惑ったものだ。
コイツは、自分の名前が思い出せないと言う。
本当かどうかは分からない。
嘘かもしれない。
本当かもしれないけど。
「なぁ、暑いな」
「すっごい暑いねぇ! でも、もうちょっと頑張る!!」
汗を飛ばしながらペダルを踏み込む少女。
なぁ。
俺は、思い出せるまではコイツのことを“なぁ”と呼ぶことにしている。