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ナマエを呼んで  作者: 筐咲 月彦
序章 ~仲直り~
2/7

序‐2

「なぁ」

「なぁ、おい」

「行き止まりだぞ、これ。なぁ」

 後ろに声をかける。

「……え、ホント?」

 後ろにへばりついている女の子が、俺の脇の辺りから顔を出して前を見る。視線の先では、徐々に細くなっていた道路が民家に続いてしまっていた。

 俺が道の先までたどり着いてから自転車を停めると、彼女は申し訳無さそうに頭を掻きながら降りた。

「あちゃー、ホントだ。どこで間違えたんだろ?」

 背負っているバッグから地図を取り出してパラパラと探す。

 探す。

 探す。

 探す。

「……なぁ」

「ん、なぁに、もうちょっと待ってよ」

 顔の目の前にまで地図を近付けて道を探しているようだが、そんな探し方をしても見付かるわけが無い。

「俺が探した方が早いって、たぶん」

「……」

 答えない。

 俺は少しイラついてしまう。ついつい、道を間違えた癖に、なんて。

「なぁってば!」

「ダメなの! この地図は見せちゃダメなんだから!」

 地図からガバッと顔を上げて怒鳴る。

「見せたらどこ行くかバレちゃうし、そしたら……」

「はいはい、一緒に来てくれないかもしれないって? こんなところまで来て、そんなこと言わないよ」

 言葉の続きを奪うと、コイツは不思議そうな顔をする。

「えっと、これってもう言ってた?」

「言ってたよ。目的地聞く度に、昨日も一昨日も、その前も」

「……ありゃ、そっか」

 少し目を伏せる。

 自分が責めたような気分になって、フォローするかのように言葉を繋ぐ。

「つうか実際もう三日目だしさ、地図見る分にはお前苦手じゃんか」

「うん、そうだけど、でも」

「でもじゃなくて、目的地んとこは見ないからさ。今居るとこだけ……」

 言いながら、少々強引に地図を取ろうとすると、

「ダ……ダメッ!!」

 その手を振り払われてしまう。

「あ、えっと……ご、こめん。やっぱりダメ、見せられないや。ちゃ、ちゃんと探すからさ! ね? ね?」

 凄い申し訳無さそうにしながらも、地図は大事そうに抱え込んでいる。

 俺は頭を掻きながら、

「いや、道さえ分かれば良いんだけどさ。でも大丈夫かよ。俺はもう付き合うことに決めてるんだから、俺にとっても目的地なんだぜ?」

 そう、迷ってたのは一日目の夜までだ。

「だ、大丈夫、だよ……の、はず……」

 声が徐々に小さくなり、また地図に顔を埋める。

 その姿を見て、俺はため息を付いてから、

「なぁ、なんでソコに行きたいかは、ちゃんと覚えてるのか?」

 と聞く。

 コイツはちょっと顔を上げて答える。

「……うん、それは。毎日そればっかり考えてるし、忘れてない」

 最初の少しの間は、思い出して確かめたんだろう。目線だけ、右上にやっていた。

 その後もう一言。

「シュウこそさ、私が言ったこと、ちゃんとしてよね?」

「あぁ、名前ねぇ。なぁ、さっきも言ったけど全然思い出せねえよ」

 旅の始めに約束した。

『私の名前を呼んで』『何度も、何度も、呼んで欲しい』『シュウに、呼んで欲しいの』

 その時を思い出すと顔が熱くなるが。この暑い中でもなお熱くなるが。

 俺がコイツのナマエを忘れてしまっているからだろう。旅の間に思い出してちゃんと呼べと、そう言っているのだ。

 丸2日ずっと考えているが、未だに思い出せない。

「うん、まだ時間あるから、ね!」

「……あぁ」

 それでもコイツは、気にもしていないように、ニッコリと笑ってくれる。

「じゃ、行こうか。ちょっと戻ったとこ曲がれば良かったんだ。そこまでは私前で」

 道が見つかったらしく、地図を仕舞ってサドルに跨る。道を間違えた分は自分で取り戻すらしい。

 俺が後ろに乗っかり腰に手を回すと、力強くこぎ始める。

 もう病院を出て三日目。さすがにもう密着することに恥ずかしさは無いが、中学三年生の若造としては最初は随分戸惑ったものだ。

 コイツは、自分の名前が思い出せないと言う。

 本当かどうかは分からない。

 嘘かもしれない。

 本当かもしれないけど。

「なぁ、暑いな」

「すっごい暑いねぇ! でも、もうちょっと頑張る!!」

 汗を飛ばしながらペダルを踏み込む少女。

 なぁ。

 俺は、思い出せるまではコイツのことを“なぁ”と呼ぶことにしている。

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