第一話『ロールアウト』
大尉の称号が、陽の光を浴びて輝いた。
僕の名前はレイル・ナート。このたび大尉へ昇進した。
オルゲニ軍に所属する僕は、うちが制圧している大陸の北から東とは逆に、西から南を制圧している勢力バルダーロ軍と日々交戦していた。
我が軍の主力グランアーム“ヤット・ルウナー”のパイロットとして、西側戦線ではエースとしてそれなりに名が知れている。
かれこれ敵の主力グランアーム“サンボ・テーンジ・ヤーネ”、通称“ヤーネ”を二百機は撃墜しただろう。
この実績から僕は、“ヤーネ”のパイロットから『会いたくない敵パイロット第五位』くらいには入っているんじゃないかと思っている。
大尉に昇進した僕には、それだけじゃなくて新型の試作機が配備されることとなった。
これからの僕はその新型を駆り、『会いたくない敵パイロット第三位』くらいをまず目指そうと考えている。
目標はコツコツと、それが僕のモットーだ。
「ナート大尉、お待ちしておりました」
整備兵が敬々しく僕を出迎えた。心なしか態度がいつもと違う。
いや、当たり前か、僕は大尉なのだから。
「新型の“エルト・エリガー”、届いてますよ」
「そうか……なんか本屋とかで『注文したものが届きました』って言われたみたいなノリに聞こえるのが気になるけど、まあいいや、早速見せてもらおう」
「はい、こちらになります」
そして僕は、その新型と対面した。
「……こ、これが」
「そうです。こちらが、約二十億カイネーを投じて製作された新型機です!」
「に、二十億?」
僕は絶句する。
別にこれは個人のために作られたわけではない。とはいえ、それだけの予算がかけられたものが、この僕に支給されたのだ。
しかし、なにより僕が驚いたのは他にある。
それはこの高額の予算に怖気ついたから余計に驚いた、というだけではない。
「でもこれ……風呂釜じゃないの?」
僕の目の前にあったのは、ステンレス製の風呂釜だった。
一昔前に流行ったデザインのそれは、妙な安っぽさと庶民的な空気をこれでもかというくらいに醸し出している。
「風呂釜って、大尉は新型機をなんだと思っているんですか!」
「いや、だってこれどう見ても、普通のグランアームと比べてみても足くらいの大きさしかないし」
「そこです。これからの新型開発は小型化が主軸。家電製品と同じで技術が進むごとに物はどんどん小型化されているんですよ」
「なんでそう庶民的な例えを出すんだ! こいつが余計風呂釜に見えちゃうじゃないか!」
新型機配属でドキドキしていた心臓は、整備兵へのツッコミにヒートアップして心拍数をあげていた。
「まあとにかく、これからはこの“エルト・エリガー”が大尉の愛機です。前の大尉のグランアームは基地に置いてきちゃったし」
「……こんな小さいならむしろ前のグランアーム乗せても良かったんじゃ」
「そういうわけですから、これからもエースとしての活躍期待してますよ!」
整備兵は去っていった。
僕は頭を悩ませる。
一時間睨めっこしたけど、どっからどう見てもやっぱりこれは風呂釜だよ……!
なんか右にスイッチついてるし。
この失望感は久しぶり、いや、始めてかもしれない。
好きなアーティストのCDの発売日だと思っていったら実は発売が一ヶ月先だったという事実を知らされた時の経験を超える勢いだ。
「いや、待てよ」
と、冷静になって考えてみた。
「実はこれ、新しいグランアームじゃなくて新型コックピットシステムなんじゃないかな?」
そうに違いないと、僕は戦艦の中でこれに適合するグランアームを探すことにした。
風呂釜を台車で引きながら格納庫を歩いていた僕は、さっきとは違う整備兵にまず話しかけた。
「ねぇ、君」
「はい? あ、大尉! 昇進おめでとうございます!」
思わず頬が緩むがそれどころじゃない。
「ありがとう。で早速なんだけど君、このコックピットにあうグランアームを知らない?」
「え? コックピットも何もそれって新型機じゃ?」
「いや……僕にはどうしてもそうは見えないからさ」
「見えないって…………」
「と、とにかく、僕は可能性を試してみたいんだよ!」
訝しげな表情で相手首を傾げるばかりだったが、すぐに書類を取り出して確認を始める。
「うーんと、どうだったかなー?」
整備兵はパラパラと書類をめくり、何かに気づいた。
そして僕の方に、驚愕の表情を向けてきた。
もしかして、すごいことが判明したのか?
「た、大尉!」
「ど、どうしたの!」
「後ろに猛毒の毒蜂が飛んでいます!」
「え? うわぁぁぁ!」
すると整備兵は腰から携帯型ファイアーガンを取り出し、毒蜂を火ダルマにした。
「いやー危ない危ない、今移動してるところが密林地帯だから危険な虫なんかもよく入り込んでくるんですね」
「はぁはぁ、いやぁ、本当に助かったよ、ありがとう!」
日の中でもがきながら死んでいく蜂を見て戦慄を覚えながら僕は素直に礼を言った。
「どういたしまして! 大尉のお役に立てて光栄です!」
「君がいなかったら僕は二階級特進も出来なくなるくらい無様な最期を遂げるところだった。本当にありがとう」
照れくさそうに、整備兵は手を横に振る。彼は階級がまだ低いから、こんな僕でも感謝されると嬉しいのだろうな。
「あ、じゃあ私はちょっとハッチ閉めてくるよう言ってきますね! また入ってきたら大変だし」
「ああ、気をつけて」
そして僕は、整備兵と別れた。
「結局この風呂釜はなんなんだよ!」
僕はマニュアルを自室の床に思い切り投げつけた。
最低三話までは続けたいです。