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第7節:公開引き抜き 〜全社員の前で暴かれる偽りの女王の無能と、氷の皇帝が平伏して迎える日陰の天才への専属契約〜

第7節:公開引き抜き 〜全社員の前で暴かれる偽りの女王の無能と、氷の皇帝が平伏して迎える日陰の天才への専属契約〜



ルミエール本社、三階の巨大なホール。

そこには、全社員三百名以上が招集され、異様な熱気と緊張感に包まれていた。


ステージ上には役員たちが居並び、その中央で、スポットライトを浴びた美神麗奈がマイクを握っている。

そして、最前列の端。

まるで罪人のようにポツンと置かれたパイプ椅子に、柚木紬が小さくなって座らされていた。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。大変悲しいお知らせがあります」


麗奈は、いかにも心を痛めているといった芝居がかった表情を作り、ホール全体を見渡した。


「我が社の誇る次期コレクションにおいて、一部の工程で重大なミスが発覚しました。私の指示を無視し、ブランドのイメージを著しく損なう『改ざん』を行った犯人……」


麗奈はビシッと、最前列で震える紬を指差した。


「それは、そこにいる契約社員の柚木紬です!」


「えっ……!?」


ホールがどよめきに包まれる。


「彼女は、私が情けでパターンのアシスタントを任せていたにもかかわらず、私の芸術的なラインを勝手に書き換え、製品を台無しにしました。これは明らかな業務妨害であり、会社への背信行為です!」


昨晩、神宮寺に辱められた麗奈は、その腹いせに、紬を『公式な場』で完全に追放することを画策したのだ。

自分の失敗やデザインの破綻をすべて紬に押し付け、自分は『被害者』として振る舞う。


周囲の社員たちは、事情も知らずに紬へ冷たい視線を向け始めた。


「やっぱり非正規は責任感がないよな……」

「麗奈先生の足を引っ張るなんて、万死に値するわ」

「せっかくの新作が台無しじゃない」


ヒソヒソという容赦ない囁き声が、紬の耳を打つ。



   ◆ ◆ ◆



(違う……。私が直したのは、モデルさんの身体が痛まないように……布さんが、苦しそうだったから……)


紬は震える手を膝の上で固く握りしめた。

反論したくても、三百人もの視線に晒され、恐怖で声が出ない。

それに、麗奈の指示したデザインが『物理的に不可能』な欠陥品だったなんて、ここで言っても誰も信じてくれないだろう。


「柚木紬! 君は即刻解雇だ! ルミエールの敷居を二度と跨ぐな!」


麗奈を溺愛してきた旧経営陣の役員が、マイクを通して怒鳴りつけた。


誰一人として、味方がいない空間。

紬は涙を堪え、ただ下を向くことしかできなかった。


(おばあちゃん……ごめんなさい。私、やっぱり服作り、向いてなかったのかな……)


その言葉が、麗奈の勝ち誇った嘲笑にかき消されそうになった、その時だった。




   ◆ ◆ ◆




ドォォォン……ッ!!


ホールの重厚な両開きの扉が、重低音を立てて蹴り開けられた。

三百人の視線が、一斉に後ろへ向く。


そこに立っていたのは、一人の男だった。


「…………っ」


誰もが息を呑んだ。

現れたのは、ルミエールの再建コンサルタント、神宮寺煌。

だが、彼が纏っていたのは、いつもの隙のないスリーピーススーツではない。


昨晩、紬が端切れから仕立てた『奇跡の白いシャツ』。

その上に、ジャケットをラフに羽織っただけの姿だった。


神宮寺が歩みを進めるたび、圧倒的な威圧感に押され、社員たちがモーセの海割りのように道を開けていく。


カツ、カツ、カツ。


神宮寺はそのまま壇上に上がり、茫然としている麗奈の手から、マイクを無造作に奪い取った。


「……滑稽だな」


冷徹な第一声が、スピーカーを通してホールを震わせた。


「無能が有能を裁く光景というのは、これほどまでに反吐が出るものか」


「じ、神宮寺さん!? 来てくれたのね!」


麗奈は勘違いして、パッと顔を輝かせた。


「ちょうどよかったわ! 今、この泥棒ネズミを追い出して、ルミエールを浄化しようとしていたところなの! さあ、あなたからもガツンと言ってやって……!」


「黙れ、寄生虫。お前の声は、俺の耳を汚す」


「え……?」


麗奈の笑顔が、ピシリと凍りついた。




   ◆ ◆ ◆




神宮寺は、役員からタブレットを奪い取ると、背後の巨大スクリーンに二つの画像を並べて投影した。


左側は、麗奈が描いた派手なドレスのデザイン画。

右側は、紬がそれを元に引いたパターン(型紙)のデータ。


「美神。お前が『芸術的なライン』とほざく、この線を見てみろ」


神宮寺は、スクリーンを指差した。


「人間の関節の可動域を完全に無視している。布のバイアス(斜め方向)の伸び率すら計算されていない。このお絵描きの通りに服を縫えば、着用者は腕を動かすたびに脇の下の皮膚を裂き、呼吸困難に陥るだろう。……これは服ではない。ただのゴミだ」


「なっ……! 何を言うの! それは私が……!」


「だが」


神宮寺は、麗奈の言葉を遮り、ホールの全社員に向けて語りかけた。


「このゴミが、『着られる服』として世に出て、ルミエールの利益を生み出していたのはなぜか。……それは、今お前たちが冷たい目で見下している、柚木紬がいたからだ」


神宮寺は、右側のパターンのデータにズームした。


「彼女は、美神のゴミのようなデザインを、毎晩徹夜で、ミリ単位のパターンの魔法で『救済』していた。布の特性を読み切り、モデルの骨格に合わせて、重心を完璧に再構築していたんだ」


ホールが、水を打ったように静まり返る。


「ルミエールが誇る『美神ブランド』。その実体は、美神麗奈の放火を、柚木紬という消防士が命がけで消し止め続けてきた結果に過ぎない。……違うか?」


「え……あの地味な柚木さんが、麗奈先生の服を……?」

「じゃあ、今まで私たちが売っていた服は、全部柚木さんの……?」


社員たちに、激しい動揺が走る。

役員たちは顔を見合わせ、麗奈は顔を真っ赤にしてワナワナと震えていた。




   ◆ ◆ ◆




「証拠を見せてやろう」


神宮寺は、自らのジャケットを脱ぎ捨てた。

彼が纏っている、紬が作った『白いシャツ』が、全社員の目に晒される。


「見ろ。これが昨晩、柚木紬がたった数時間で、捨てられるはずだった端切れから作り上げた作品だ」


遠目から見てもわかる、そのシャツの異常なまでの『品格』。

朝の光を吸い込んで真珠のように輝く生地。

首筋から肩にかけて、ため息が出るほど滑らかに流れるライン。


麗奈が身につけているどんな派手なドレスよりも、それは圧倒的に『服としての格』が違っていた。

何より、それを着ている神宮寺の立ち姿が、かつてないほどリラックスし、美しく洗練されて見えたのだ。


(あ……)


壇下の最前列で、紬は丸くした目をパチパチと瞬かせていた。


(神宮寺さん、そのシャツ、全然シワになってない。よかった、布さん、あの人の身体に馴染んで、すごく喜んでくれてるみたい……)


自分の命運がかかっているこの大舞台で、紬はただ、自分が作った服と、それを着て心地よさそうにしている神宮寺の様子にだけ、意識を向けていた。


その『異常なまでの純粋さ』。

神宮寺は、壇上からそんな紬の様子を見て、小さく息を吐いた。


(……本当に、この少女は。どこまでも『服』のことしか頭にないのか)


神宮寺はマイクを置き、ゆっくりと壇上から降りた。

そして、三百人の視線が注がれる中、紬の目の前で足を止めた。




   ◆ ◆ ◆




「柚木紬」


神宮寺の、深く、よく通る声が響いた。


「君をルミエールから『解雇』するという決定は、撤回しない」


その言葉に、麗奈がハッと顔を上げ、勝利の笑みを浮かべようとした。

だが、次の瞬間。


神宮寺は、紬の前で片膝をついたのだ。

まるで、真の女王を迎える騎士のように。


「なぜなら、こんなゴミ溜めに君を置いておくことは、人類の損失だからだ」


「……えっ?」


紬は、目の前でひざまずく氷の皇帝を見下ろし、パニックに陥った。


「紬。今この瞬間、君を『俺の専属パートナー』として、そして新ブランドの代表として迎え入れる」


「わ、私が……代表、ですか!?」


契約社員から、いきなりブランドのトップへ。

ホール全体が、信じられないものを見るような悲鳴とどよめきに包まれた。


神宮寺は、紬の荒れた小さな手を取った。


「君はもう、誰の影でもない。君の声を、君の服を愛する人々のために、その手を使え。……あとの面倒なこと――数字、泥被り、敵の排除。それは全て、俺が引き受ける」


「神宮寺、さん……」


紬は、目の前の男の瞳の奥にある、狂おしいほどの『熱量』に射抜かれていた。


「……私、責任者なんてよく分かりません。でも」


紬は、神宮寺が着ている白いシャツを見つめた。


「神宮寺さんがそのシャツを着て、あんなに綺麗に笑ってくれたのが……すごく、嬉しかったから。もっと、誰かをあんな風に笑わせられるなら……私、やってみたいです」


どこまでも欲のない、しかし『モノづくり』の本質を突いた、純粋な答え。

神宮寺は、満足そうに口角を上げた。


「……ああ。約束しよう」




   ◆ ◆ ◆




神宮寺は立ち上がり、紬をエスコートして歩き出した。

二人は、呆然と立ち尽くす麗奈の横を通り過ぎる。


「……神宮寺さん。正気なの? そんな地味な女を選んで……私を捨てるっていうの!?」


すがりつこうとする麗奈に、神宮寺は一瞥もくれず、冷酷に言い放った。


「美神。お前は今日から、自分が今まで『何を奪っていたのか』を、骨の髄まで思い知ることになる。……柚木紬を失ったお前に何が残るか、せいぜい楽しみにしているよ」


「なっ……!」


神宮寺は、紬を連れてホールの重い扉を開け、外へと消えていった。


残されたホールは、もはやお通夜のような静けさだった。

役員たちは顔面蒼白になり、社員たちの視線は今や『加害者』である麗奈へと、軽蔑を込めて向けられていた。


現代日本の理不尽な構造が破壊され、一人の少女の『本当の仕事』が肯定された瞬間。




   ◆ ◆ ◆




リムジンの後部座席。

紬は窓から、遠ざかるルミエール本社ビルを見上げていた。


(おばあちゃん、私……自分だけの服、作ってみるね)


不安はある。だけど、隣には最強の味方がいる。


神宮寺は、窓の外を見つめる紬の横顔を、この世の何よりも価値ある宝物を見るような、熱い視線で射抜いていた。

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