第21節:運命のライブソーイング 〜全世界2億人が目撃する公開処刑と、ゴミの山から『ステンドグラスの女神』を降臨させる日陰の天才の真実の輝き〜
第5章:真実の光と、幸福の帰着
第21節:運命のライブソーイング 〜全世界2億人が目撃する公開処刑と、ゴミの山から『ステンドグラスの女神』を降臨させる日陰の天才の真実の輝き〜
東京ファッションウィーク・メイン会場。
そこは今、現代のコロシアムと化していた。
ステージ中央には、二つの無機質な制作デスク。
その頭上には巨大なモニターが設置され、ハサミの動き、針の運び、指先の震えまでをミリ単位で全世界に映し出す準備が整っている。
YouTube、TikTok、ニコニコ生放送。
あらゆるプラットフォームで同時生配信されている画面のチャット欄は、開始直前まで地獄のような様相を呈していた。
『泥棒デザイナーの最期を見に来たわw』
『麗奈先生、パクリ女をボコボコにしてやって!』
『パタンナーの分際で調子に乗るからこうなるんだよ』
匿名の人々による、残酷なデジタル・リンチ。
特等席に座る神宮寺煌は、その荒れ狂う悪意を冷徹な目で見つめ、スマホを静かに操作した。
(さあ、執行の時間だ。……泥の中に咲いた至宝を汚した罪、その身で購え)
◆ ◆ ◆
「……これより、真のデザインの所有権を懸けたライブソーイングを開始します」
司会者の厳かな宣言が響く。
「お題は――『そこにいるモデルを、世界で一番自由にする服』。制限時間は二時間。素材は、そこに用意されたもののみを使用すること」
その瞬間、スタッフが二人のデスクに「素材」を運び込んだ。
「な……っ!?」
美神麗奈が、絶叫に近い声を上げた。
そこに置かれたのは、最高級のシルクでも、煌びやかな宝石でもなかった。
先日、日暮里の職人たちが届けてくれた、あの「端切れの山」だったのだ。
(嘘でしょ……!? なによこのゴミの山! こんなクズ布で何を作れっていうのよ! 私は最高級の素材がないと何も描けないのよ!)
麗奈の顔が、恐怖で引きつる。
対照的に、紬はその山にそっと触れ、愛おしそうに目を細めた。
(……あ、このリネンさんは彼女の疲れた肩を支えたいって言ってる。このシルクの端切れは、彼女の冷えたお腹を温めてあげたいんだね)
「……ふふっ。みんな、お待たせ。一緒に行こうね」
紬の周囲にだけ、柔らかな光の粒子が舞い上がる。
彼女にとって、ここは処刑場ではなく、愛する布たちとの「遊び場」だった。
◆ ◆ ◆
「……モデル、入場!」
ステージに現れたのは、一人の若手モデルだった。
彼女は長時間の立ち仕事で足が浮き、極度の疲労で表情が石のように強張っている。
紬はモデルを一目見ただけで、その「体の歪み」と「心の悲鳴」を正確に察知した。
(左の腰が下がってる。呼吸も浅い……。この子を、今すぐ楽にしてあげなきゃ)
「スタート!!」
ベルが鳴り響いた瞬間。
紬の姿が、一変した。
それまでの弱気な態度は霧散し、ハサミを握った彼女は、冷徹なまでの「職人の顔」になった。
「…………っ!」
観客席から、どよめきが上がる。
紬はメジャー(巻尺)を手に取らなかった。
モデルの体を遠目から一度スキャンしただけで、布の上に直接ハサミを滑らせたのだ。
ジョキッ、ジョキジョキッ……!
「……おい、嘘だろ!? 目測だけで立体裁断をしてるのか!?」
「布の繊維の方向(地の目)を完璧に読み切っている……。あんなスピード、人間業じゃないぞ!」
客席に座る世界中のトップデザイナーたちが、驚愕のあまり椅子から立ち上がる。
紬の手元では、いびつな形をした端切れがパズルのように組み合わさり、幾何学的な美しさを持つパターンが次々と生み出されていく。
◆ ◆ ◆
一方、麗奈はパニックの極致にいた。
「どうすればいいの……どうやって切れば……ああっ!」
彼女は今まで、型紙の作成をすべて「ゴースト(紬)」に丸投げしてきた。
デザイン画を描く「フリ」はできても、実際に布をどう裁ち、どう縫えば服になるのか、その基礎すら分からなかったのだ。
麗奈は震える手で布をマネキンに巻き付け、安全ピンで留めることしかできない。
カメラを意識して優雅に振る舞おうとするが、手元がおぼつかず、自分の指を針で刺して悲鳴を上げる。
巨大モニターには、魔法のように服を形作っていく紬の指先と、震える手で布を台無しにする麗奈の、残酷なまでの対比が映し出されていた。
『……待て、おかしくないか?』
『麗奈先生、型紙すら引けてないぞ……?』
『逆に柚木の動き、何なんだあれ。残像が見えるんだけど』
チャット欄の空気が、急速に反転し始める。
視覚的な「事実」が、現代日本の視聴者たちの洗脳を解いていく。
◆ ◆ ◆
紬は、周囲の喧騒など一ミリも耳に入っていなかった。
彼女が考えているのは、名誉回復でも、麗奈への復讐でもない。
ただ、目の前の疲れ果てたモデルを、一刻も早く救いたい。その一心だった。
(彼女は左足に重心を置く癖があるから、右側の裾をコンマ数ミリだけ重くして、歩く時のバランスを整えてあげよう。……ここの継ぎ目は、背骨をサポートする芯の代わりに……)
ダダダダダダダッ!!
紬が踏む工業用ミシンの音は、正確なリズムを刻む音楽のようだった。
ステージ袖で見守る元同僚のパタンナーたちが、その音を聴いて涙を流す。
「あれだ……。私たちが効率と利益のために忘れてしまった、着る人に寄り添うっていう本当の仕事……。紬さんは、ずっと一人でそれを守り続けていたんだ」
◆ ◆ ◆
終了十分前。
神宮寺が静かに立ち上がり、マイクを握った。
「皆さん。今、目の前で行われていることがすべてだ」
その声は、ホールの隅々まで、そして配信を観る億単位の人々の脳裏に突き刺さった。
「片や、布と対話し、一人の人間を救おうとする本物の職人。片や、布の扱いすら知らず、虚飾に縋る無能な嘘つき。……そして、これがさらなる『真実』だ」
神宮寺が合図を送ると、背後の巨大モニターが切り替わった。
そこに映し出されたのは、麗奈が紬のスケッチを盗み出した瞬間の、鮮明な隠しカメラの映像。
そして、スパイとして潜り込んでいた男・佐藤の、震える自白音声だった。
『……全部、美神麗奈に指示されました。柚木さんの才能を潰せば、金をやると……』
「違う! これは罠よ! 私が……私が美神麗奈なのよぉぉ!!」
麗奈が狂ったように叫び、無理やりミシンを動かそうとした。
だが、複雑に絡まった糸が、鈍い異音を立ててミシンを停止させた。
ガガガガッ……ガッ!!
それは、彼女のデザイナーとしての人生が、完全に終わったことを告げる弔砲だった。
◆ ◆ ◆
「……できました。もう、重くないですよ」
紬が最後の一針を終え、モデルの背中を優しく叩いた。
モデルがゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、会場全体が、そして画面越しの世界が、息を呑んだ。
それは、数千枚の「ゴミ」だったはずの端切れが、紬の魔法によって『ステンドグラス』のように輝く、聖なるドレスへと昇華された姿だった。
「…………軽い」
モデルが、自分自身の姿を鏡で見て、その場に泣き崩れた。
「心が……身体が、すごく温かいです。私、生まれて初めて、自分が『美しい』って思えました。ありがとう、紬さん……ありがとう……っ!」
SNSは、かつてないほどの爆発を見せていた。
『#TSUMUGIは本物だった』
『#ごめんね紬』
『今、俺たちは伝説の誕生を目撃してる』
悪意の嵐は一瞬で「懺悔」と「絶賛」の渦へと反転し、世界中が紬の名を呼び始めた。
「紬。……世界が君を見つけたぞ」
神宮寺がステージに上がり、呆然と立ち尽くす紬を、全世界の前で強く、熱く抱きしめた。
「…………俺の、誇りだ」
フラッシュの嵐の中。
冷徹だった皇帝の瞳には、紬だけに向ける、狂おしいほどの愛が宿っていた。
次節、逃げ場を失った麗奈。
彼女が最後に放つ「呪いの言葉」が、ルミエールの完全な崩壊を引き起こす、最大級の「ざまぁ」の引き金となる。




