表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

第21節:運命のライブソーイング 〜全世界2億人が目撃する公開処刑と、ゴミの山から『ステンドグラスの女神』を降臨させる日陰の天才の真実の輝き〜

第5章:真実の光と、幸福の帰着


第21節:運命のライブソーイング 〜全世界2億人が目撃する公開処刑と、ゴミの山から『ステンドグラスの女神』を降臨させる日陰の天才の真実の輝き〜



東京ファッションウィーク・メイン会場。

そこは今、現代のコロシアムと化していた。


ステージ中央には、二つの無機質な制作デスク。

その頭上には巨大なモニターが設置され、ハサミの動き、針の運び、指先の震えまでをミリ単位で全世界に映し出す準備が整っている。


YouTube、TikTok、ニコニコ生放送。

あらゆるプラットフォームで同時生配信されている画面のチャット欄は、開始直前まで地獄のような様相を呈していた。


『泥棒デザイナーの最期を見に来たわw』

『麗奈先生、パクリ女をボコボコにしてやって!』

『パタンナーの分際で調子に乗るからこうなるんだよ』


匿名の人々による、残酷なデジタル・リンチ。

特等席に座る神宮寺煌じんぐうじこうは、その荒れ狂う悪意を冷徹な目で見つめ、スマホを静かに操作した。


(さあ、執行の時間だ。……泥の中に咲いた至宝を汚した罪、その身であがなえ)




   ◆ ◆ ◆




「……これより、真のデザインの所有権を懸けたライブソーイングを開始します」


司会者の厳かな宣言が響く。


「お題は――『そこにいるモデルを、世界で一番自由にする服』。制限時間は二時間。素材は、そこに用意されたもののみを使用すること」


その瞬間、スタッフが二人のデスクに「素材」を運び込んだ。


「な……っ!?」


美神麗奈みかみれいなが、絶叫に近い声を上げた。

そこに置かれたのは、最高級のシルクでも、煌びやかな宝石でもなかった。

先日、日暮里の職人たちが届けてくれた、あの「端切れの山」だったのだ。


(嘘でしょ……!? なによこのゴミの山! こんなクズ布で何を作れっていうのよ! 私は最高級の素材がないと何も描けないのよ!)


麗奈の顔が、恐怖で引きつる。

対照的に、つむぎはその山にそっと触れ、愛おしそうに目を細めた。


(……あ、このリネンさんは彼女の疲れた肩を支えたいって言ってる。このシルクの端切れは、彼女の冷えたお腹を温めてあげたいんだね)


「……ふふっ。みんな、お待たせ。一緒に行こうね」


紬の周囲にだけ、柔らかな光の粒子が舞い上がる。

彼女にとって、ここは処刑場ではなく、愛する布たちとの「遊び場」だった。




   ◆ ◆ ◆




「……モデル、入場!」


ステージに現れたのは、一人の若手モデルだった。

彼女は長時間の立ち仕事で足が浮き、極度の疲労で表情が石のように強張っている。


紬はモデルを一目見ただけで、その「体の歪み」と「心の悲鳴」を正確に察知した。


(左の腰が下がってる。呼吸も浅い……。この子を、今すぐ楽にしてあげなきゃ)


「スタート!!」


ベルが鳴り響いた瞬間。

紬の姿が、一変した。


それまでの弱気な態度は霧散し、ハサミを握った彼女は、冷徹なまでの「職人の顔」になった。


「…………っ!」


観客席から、どよめきが上がる。

紬はメジャー(巻尺)を手に取らなかった。

モデルの体を遠目から一度スキャンしただけで、布の上に直接ハサミを滑らせたのだ。


ジョキッ、ジョキジョキッ……!


「……おい、嘘だろ!? 目測だけで立体裁断ドレーピングをしてるのか!?」

「布の繊維の方向(地の目)を完璧に読み切っている……。あんなスピード、人間業じゃないぞ!」


客席に座る世界中のトップデザイナーたちが、驚愕のあまり椅子から立ち上がる。

紬の手元では、いびつな形をした端切れがパズルのように組み合わさり、幾何学的な美しさを持つパターンが次々と生み出されていく。




   ◆ ◆ ◆




一方、麗奈はパニックの極致にいた。


「どうすればいいの……どうやって切れば……ああっ!」


彼女は今まで、型紙パターンの作成をすべて「ゴースト(紬)」に丸投げしてきた。

デザイン画を描く「フリ」はできても、実際に布をどう裁ち、どう縫えば服になるのか、その基礎すら分からなかったのだ。


麗奈は震える手で布をマネキンに巻き付け、安全ピンで留めることしかできない。

カメラを意識して優雅に振る舞おうとするが、手元がおぼつかず、自分の指を針で刺して悲鳴を上げる。


巨大モニターには、魔法のように服を形作っていく紬の指先と、震える手で布を台無しにする麗奈の、残酷なまでの対比が映し出されていた。


『……待て、おかしくないか?』

『麗奈先生、型紙すら引けてないぞ……?』

『逆に柚木の動き、何なんだあれ。残像が見えるんだけど』


チャット欄の空気が、急速に反転し始める。

視覚的な「事実」が、現代日本の視聴者たちの洗脳を解いていく。




   ◆ ◆ ◆




紬は、周囲の喧騒など一ミリも耳に入っていなかった。

彼女が考えているのは、名誉回復でも、麗奈への復讐でもない。

ただ、目の前の疲れ果てたモデルを、一刻も早く救いたい。その一心だった。


(彼女は左足に重心を置く癖があるから、右側の裾をコンマ数ミリだけ重くして、歩く時のバランスを整えてあげよう。……ここの継ぎ目は、背骨をサポートする芯の代わりに……)


ダダダダダダダッ!!


紬が踏む工業用ミシンの音は、正確なリズムを刻む音楽のようだった。

ステージ袖で見守る元同僚のパタンナーたちが、その音を聴いて涙を流す。


「あれだ……。私たちが効率と利益のために忘れてしまった、着る人に寄り添うっていう本当の仕事……。紬さんは、ずっと一人でそれを守り続けていたんだ」




   ◆ ◆ ◆




終了十分前。

神宮寺が静かに立ち上がり、マイクを握った。


「皆さん。今、目の前で行われていることがすべてだ」


その声は、ホールの隅々まで、そして配信を観る億単位の人々の脳裏に突き刺さった。


「片や、布と対話し、一人の人間を救おうとする本物の職人。片や、布の扱いすら知らず、虚飾にすがる無能な嘘つき。……そして、これがさらなる『真実』だ」


神宮寺が合図を送ると、背後の巨大モニターが切り替わった。

そこに映し出されたのは、麗奈が紬のスケッチを盗み出した瞬間の、鮮明な隠しカメラの映像。

そして、スパイとして潜り込んでいた男・佐藤の、震える自白音声だった。


『……全部、美神麗奈に指示されました。柚木さんの才能を潰せば、金をやると……』


「違う! これは罠よ! 私が……私が美神麗奈なのよぉぉ!!」


麗奈が狂ったように叫び、無理やりミシンを動かそうとした。

だが、複雑に絡まった糸が、鈍い異音を立ててミシンを停止させた。


ガガガガッ……ガッ!!


それは、彼女のデザイナーとしての人生が、完全に終わったことを告げる弔砲ちょうほうだった。




   ◆ ◆ ◆




「……できました。もう、重くないですよ」


紬が最後の一針を終え、モデルの背中を優しく叩いた。


モデルがゆっくりと立ち上がる。

その瞬間、会場全体が、そして画面越しの世界が、息を呑んだ。


それは、数千枚の「ゴミ」だったはずの端切れが、紬の魔法によって『ステンドグラス』のように輝く、聖なるドレスへと昇華された姿だった。


「…………軽い」


モデルが、自分自身の姿を鏡で見て、その場に泣き崩れた。


「心が……身体が、すごく温かいです。私、生まれて初めて、自分が『美しい』って思えました。ありがとう、紬さん……ありがとう……っ!」


SNSは、かつてないほどの爆発を見せていた。


『#TSUMUGIは本物だった』

『#ごめんね紬』

『今、俺たちは伝説の誕生を目撃してる』


悪意の嵐は一瞬で「懺悔」と「絶賛」の渦へと反転し、世界中が紬の名を呼び始めた。


「紬。……世界が君を見つけたぞ」


神宮寺がステージに上がり、呆然と立ち尽くす紬を、全世界の前で強く、熱く抱きしめた。


「…………俺の、誇りだ」


フラッシュの嵐の中。

冷徹だった皇帝の瞳には、紬だけに向ける、狂おしいほどの愛が宿っていた。


次節、逃げ場を失った麗奈。

彼女が最後に放つ「呪いの言葉」が、ルミエールの完全な崩壊を引き起こす、最大級の「ざまぁ」の引き金となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ