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第20節:公開ライブソーイングの罠 〜SNSの処刑場を逆手に取る皇帝の劇薬と、ただ布の声だけを聴きハサミを滑らせる無自覚な天才の静寂〜

第20節:公開ライブソーイングの罠 〜SNSの処刑場を逆手に取る皇帝の劇薬と、ただ布の声だけを聴きハサミを滑らせる無自覚な天才の静寂〜



東京ファッションウィーク開幕直前。

現代日本のネット空間は、まさに嵐の前の静寂、あるいは火薬庫のような熱気をはらんでいた。


麗奈れいながリークした「つむぎの盗作疑惑」は、彼女のインフルエンサーとしての影響力によって、完全に真実として信じ込まれていた。


『令和のパクリ女王、柚木紬』

『ルミエールの新作を盗んで独立とか、恩知らずにもほどがある』

『TSUMUGIの服は全部燃やせ』


匿名のアカウントたちが、一人の少女を徹底的に叩きのめす「正義の処刑場」と化したSNS。

だが、その燃え盛る炎のど真ん中に、神宮寺じんぐうじはあえてガソリンを注ぎ込んだ。


彼は自身の公式アカウントで、短い、しかし決定的な声明を出したのだ。


『真実は言葉ではなく、技術が証明する。美神麗奈氏、どちらが真の作者か、全世界が見守る前で「服をゼロから創る姿」を証明し合わないか』


その瞬間、ネットは爆発した。


『公開ライブ対決キターーーー!』

『ルミエールの麗奈先生が、あんなパクリ女に負けるわけないじゃん!』

『逃げたら泥棒確定だな、柚木紬!』


大衆は「直接対決」というエンターテインメントに熱狂した。

逃げれば負けを認めたことになる。神宮寺は意図的に、この「劇薬」とも言える状況を作り出したのだ。




   ◆ ◆ ◆




ルミエール本社、役員室。


「……はっ、馬鹿みたい」


神宮寺の提案を見た麗奈は、ネイルを眺めながら鼻で笑った。


「あんな地味で臆病なネズミが、大勢のカメラの前でまともにハサミも握れないに決まってるわ。私はブランドの顔として、何百回もメディアの前に立って、優雅な振る舞いを見せてきたのよ?」


麗奈は致命的な誤解をしていた。

彼女にとって「服作り」とは、きれいなデザイン画を描き、あとはスタッフに指示を出して作らせることだ。

生地を切り、縫い合わせるという『泥臭い工程』の難しさを、彼女は全く理解していなかった。


「ちょっと練習すれば、パターンを引く『フリ』くらいできるわ。それに、適当に布をマネキンに巻き付けてピンで留めれば、立派なオートクチュールに見えるものよ。あの子はプレッシャーで自滅するわ」


麗奈は、自らの潔白を証明するため――という名目で、神宮寺の提案を受諾した。


会場は、ファッションウィークのメインホール。

時間は、ルミエールの新作発表の直前。

麗奈にとって、紬を公開処刑にするための、最悪かつ最高の舞台が整った。




   ◆ ◆ ◆




一方、その頃。

『TSUMUGI』のアトリエでは、紬が……いつも通り、端切れの整理をしていた。

ライブソーイングに向けた特別な特訓など、一切していない。


「紬。明日の勝負のルールは『その場で用意された布と、その場で指名されたモデルに合わせた一着を創ること』だ。……事前の準備は一切通用しない、純粋な立体裁断ドレーピングの勝負になる」


神宮寺の解説に、紬は小首を傾げた。


「えっ? それって、私がいつもやっているみたいに、布さんの声を聞いて、着る人のお身体に合わせればいいんですよね? なら、大丈夫です!」


世界が注目する大舞台を、「いつものお掃除の延長」のように捉えている紬の無自覚さに、神宮寺は思わず笑みをこぼした。


「ああ、その通りだ。……紬。デザイン画は、他人の線をトレースできる。だが、ハサミを入れる角度、針を通すリズム、布の重みを支える指先の動き……これは、その人間が生きてきた時間そのものだ」


神宮寺は、紬の荒れた、けれど美しい指先をそっと取った。


「嘘は絶対に、縫い目に現れる。明日は、君の『真実』を世界に見せつけてやれ」




   ◆ ◆ ◆




決戦の前夜。

神宮寺は、最高級のハンドクリームを手に取り、紬の指先を一本一本、丁寧にマッサージしていた。


「ひゃうっ……じ、神宮寺さん、そんな、私自分でやりますから……!」


「動くな。この手は、世界を癒やす宝物だ」


神宮寺の、深く甘い声が響く。


「明日は、俺が全力で君の周囲に『静寂』を作る。雑音も、悪意も、すべて俺が遮断する。……君は、布の声以外、何も聞かなくていい」


合理主義の皇帝が、一人の職人の純粋さを守るために、自分のキャリアと名誉の全てを賭けて戦う姿。


「……はい」


紬は、神宮寺の大きな手の温もりに包まれながら、静かに頷いた。


「神宮寺さんがいてくれるなら。私、どんなに怖い場所でも、おばあちゃんから教わったことを信じられます」




   ◆ ◆ ◆




翌日。東京ファッションウィーク、メインホール。

会場は、異様な熱気に包まれていた。


VIP席には、エマ・ワトソンをはじめ、世界中のファッションエディターやセレブたちが勢揃いしている。

全員が、「どちらが本物の天才か」をその目で見極めようと、固唾を飲んで待っていた。


ステージの裏側で、麗奈は冷や汗を流していた。


(な、なにこれ……っ!)


彼女は、事前に自分の「影武者」をスタッフとして潜り込ませ、裏で服を作らせようとしていた。

しかし、神宮寺が用意した会場は、360度カメラと厳しい金属探知機、さらには神宮寺直属のSPによって完全に管理されており、不正の余地は一ミリもなかったのだ。


さらに、ステージ上に用意された機材を見て、麗奈の顔は引きつった。


(どういうことよ……! 最高級のシルクや宝石が用意されているはずじゃないの!? なんで、こんなクズ布の山と、古臭い業務用ミシンしか置いてないのよ……!)




   ◆ ◆ ◆




同じ頃。

日暮里の繊維街では、店を閉めた職人たちが、一つの小さなテレビの前に集まっていた。


『さあ、間もなく世紀の対決が始まります!』


源蔵げんぞうたちは、画面に映る「端切れの山」を見て、ニヤリと笑った。

あれは、自分たちが紬に託した、愛すべき「ゴミ」たちだ。


「紬ちゃん、頑張れ。あんたの『仕事』が、世界中をあっと言わせるんだ!」


紬の勝利は、彼女一人の勝利ではない。

現代日本で、効率と利益の陰に隠され、虐げられてきた全ての「真実の作り手」たちの誇りを懸けた戦いなのだ。




   ◆ ◆ ◆




ブザーが鳴り響き、ホールの照明が落ちた。

二つの制作デスクに、強烈なスポットライトが当たる。


大歓声の中、麗奈と紬がステージに現れた。


二人の姿は、あまりにも対照的だった。

カメラを意識して不自然なポーズをとり、震える手でハサミを握りしめる麗奈。


一方の紬は、ステージの真ん中に置かれた「端切れの山」を見た瞬間。

周囲の数万人の歓声が、彼女の耳から完全に消え去った。


(あ……布さんたちが、待ってる)


紬の表情から、緊張がスッと抜け落ちる。

吸い込まれるように布を見つめ、彼女は静かにハサミを構えた。


特等席に座る神宮寺が、不敵な笑みを浮かべて独白する。


(さあ、始めよう。世界が君の指先に恋をする、魔法のショーを)


「スタート!!」


司会者の合図と共に、紬のハサミが、布の上を滑るように動き出した。


ジョキッ……。


その流れるような一太刀ひとたちをモニターで見た瞬間。

会場にいる全てのプロのデザイナーたちが、息を呑んで立ち上がった。


(勝負は、もう決まった――!)


運命のライブソーイング。

それは、麗奈の無能が全世界に晒され、紬の「端切れのドレス」が伝説となる、壮絶な公開処刑の幕開けだった。

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