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第19節:アップサイクルの魔法 〜ゴミ山の端切れを『再生の芸術』へと変える日陰の天才の指先と、不敵な笑みで偽りの女王を公開処刑へと誘う皇帝〜

第19節:アップサイクルの魔法 〜ゴミ山の端切れを『再生の芸術』へと変える日陰の天才の指先と、不敵な笑みで偽りの女王を公開処刑へと誘う皇帝〜



セーフハウス内に設けられた、特設アトリエ。

そこは今、かつてないほど奇妙で、それでいて幻想的な光景に包まれていた。


日暮里の繊維街から届けられた、膨大な数の段ボール箱。

その中身はすべて、本来なら焼却炉へと運ばれるはずだった「布の死骸(端切れ)」だ。

赤、青、金、銀……バラバラの色、異なる素材。一見すればただのゴミ山にしか見えない。


だが、つむぎはその「山」の中に座り込み、イヤホンもせず、ただ静かに目を閉じていた。


(……聞こえる。みんな、バラバラに捨てられたけど。本当は、一つの大きな物語になりたかったんだね)


紬が端切れに触れるたび、指先から柔らかな光が波紋のように広がっていく。

彼女には見えていた。

いびつな形をしたシルクの端切れが、染めムラのあるリネンと手を取り合い、カシミアの欠片かけらがそれを優しく包み込む未来の図が。


「……よし。みんな、もう一度笑わせてあげるからね」


紬はデッサンすら描かなかった。

床に広げたゴミの山から、迷いなく布を拾い上げ、パズルのピースを合わせるようにミシンの上へと滑らせていく。


ダダダダダダダダッ!!


規則正しい、心地よいリズムが静かなアトリエに響き渡る。

紬の指先は、熟練の職人が数人がかりで行う作業を、たった一人で、それも数倍の速さでこなしていた。

しかし彼女に「努力」の感覚はない。ただ、布がそこへ行きたがっているから、針を置いてあげているだけ。


それは、無自覚な天才による、廃材のオーケストラだった。




   ◆ ◆ ◆




「……紬さん、これ。本当に人間業なんですか?」


ルミエールを逃げ出し、紬の元に合流した若手パタンナーたちが、紬の作業を見て震えていた。


通常、伸縮率も厚みも違う布同士を縫い合わせるのは、至難の業だ。

伸びるニットと、伸びないデニムを繋げば、縫い目は必ず引きつれ、服として破綻する。

だが、紬の縫い目は、鏡のようにフラットだった。


「紬さんの指……布ごとに『糸のテンション(張力)』をリアルタイムで変えてる。最新のAIミシンでも不可能な調整を、この古い工業用ミシン一本でやってるんだ……」


「これじゃ、肌に当たっても全く違和感がない。アップサイクルなんてレベルじゃないですよ。素材の欠点を補い合って、新しい『最強の布』をその場で作ってる……!」


驚愕するプロたちに、紬は顔を上げてふにゃりと笑った。


「皆さんが丁寧にアイロンを当てて、布さんをリラックスさせてくれてるおかげですよ。ありがとうございます」


「…………っ、はい! 喜んで!」


紬の真っ直ぐな感謝に、アシスタントたちは胸を熱くする。

かつて麗奈の下で「使い捨ての駒」扱いされていた彼女たちが、紬の元で、初めて「服作りの喜び」を取り戻していた。




   ◆ ◆ ◆




同じ頃。

ルミエールの巨大な自社工場は、怒号と悲鳴が飛び交う地獄と化していた。


「どうして!? どうしてこのシルエットが出ないのよ! スケッチ通りに縫いなさいよ!!」


麗奈れいなが、仕上がったばかりの「リラックス・クイーン」のサンプルをハサミで切り刻んでいた。

彼女は紬から盗んだスケッチを元に、大量生産を強行しようとしていたのだ。


「美神先生! 無理です! このデザインは紬さんの特殊なパターンの引き方が前提になっています! 普通の縫製ラインでこの角度を出そうとすると、モデルが動いた瞬間に脇や背中がビリビリに裂けるんです!」


工場の責任者が、青ざめて訴える。


「うるさいわね! 技術がないなら裏から接着剤で固めなさい! 納期は来週のファッションウィークなのよ! 世界中が私の新作を待ってるんだから!」


麗奈は、安価な海外工場に無理やり丸投げし、強引な仕上げを指示した。

見た目だけは美しいが、着た瞬間に肌を傷つけ、身体を締め付ける「偽物の服」。

ブランドの信用が、物理的に崩壊し始めていた。




   ◆ ◆ ◆




深夜。

作業の合間、神宮寺じんぐうじが紬の様子を見にアトリエへ入ってきた。


「紬。……あまり根を詰めるなよ」


「あ、神宮寺さん。見てください、この子。すごく綺麗に繋がったんです」


紬が掲げたのは、数千枚の小さな端切れを繋ぎ合わせた、まるで生きているかのように光を放つマントだった。

パッチワーク特有の素朴さを持ちながら、計算されたシルエットにより、驚くほどモダンで洗練された気品を纏っている。


神宮寺はその「再生の芸術」に触れ、深い溜息をついた。


「ルミエール……いや、今のファッション業界は、新しいものを生み出してはゴミとして捨てることで利益を上げてきた。だが、紬。君がやっているのは、その『捨てられた絶望』を『希望』に書き換える作業だ」


「修復と、再生……」


紬は、自分の指先を見つめた。

傷ついたエマ。不眠症の神宮寺。泥棒扱いされた自分。

そして、ゴミとして捨てられた布たち。

現代日本で「壊れた」と見なされたものすべてを、優しく包み込みたい。

その祈りが、一針一針に込められていた。


「あの、神宮寺さん。これ……」


紬は恥ずかしそうに、神宮寺のベストの内側を指差した。


「繊維街の端切れの中に、すごく神宮寺さんの瞳の色に似た、小さな布があったから。……勝手に、お守り代わりに縫い込んじゃいました」


神宮寺が自分の服の内側を見ると、そこには見事な刺繍と共に、紬の想いがこもった端切れが隠されていた。


「…………紬」


神宮寺の、冷徹な仮面が完全に崩れ落ちた。

彼は紬を強く抱き寄せ、その作業で汚れた頬に、誓うような優しいキスをした。


「……俺はもう、君なしでは一歩も外へ歩けない体になったらしい。世界中が君を敵に回しても、この服がある限り、俺は最強の皇帝でいられる」


神宮寺の瞳には、かつてないほど激しい独占欲と、不敵な闘志が宿っていた。




   ◆ ◆ ◆




「紬。反撃の舞台を整えたぞ」


神宮寺は、タブレットで一枚の「招待状」を紬に見せた。

彼は麗奈の「盗作告発」を逆手に取り、とんでもない戦略を立てていた。


「ルミエールの新作発表ショーと同じ日の、同じ会場。……その隣のホールを、俺が買い取った」


「え……? お隣で、やるんですか?」


「ああ。コレクションのタイトルは『The Voices of Scraps(端切れたちの叫び)』だ。盗まれたデザインなど、君にはもう必要ない。ゴミから生まれた奇跡で、美神麗奈の『偽物の新作』を公開処刑する」


神宮寺はスマホを取り出し、エマ・ワトソンをはじめとする、紬の仕事によって救われた世界のセレブたちへメッセージを送った。


『さあ、ショーの始まりだ。現代の魔法使いが、世界を塗り替える瞬間を見逃すな』


「私、怖くないです。布さんたちが、こんなに綺麗に笑ってくれてるから」


紬は、完成したばかりのマントを抱きしめ、真っ直ぐに前を見据えた。


次節、東京ファッションウィーク当日。

麗奈が「自分の新作」を披露し、喝采を浴びる中。

隣のホールから「本物の魔法」が溢れ出し、全世界のメディアがパニックに陥ることになる。

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