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第14節:奇跡のステージ 〜宝石なきドレスが放つオーロラの輝きと、世界の歌姫が涙ながらに告白する『自由』という名の極上の賛辞〜

第14節:奇跡のステージ 〜宝石なきドレスが放つオーロラの輝きと、世界の歌姫が涙ながらに告白する『自由』という名の極上の賛辞〜



国立競技場を埋め尽くす、数万人の観衆。

夜空には無数のドローンカメラが舞い、このワールドツアー最終公演の模様を、全世界の何億という人々へ同時生配信していた。


ステージが暗転し、エマ・ワトソンの登場を待つ静寂が訪れる。


その静けさとは裏腹に、現代日本のネット空間――SNS上は、すでに激しい論争で爆発寸前だった。


『ルミエールの麗奈先生が、総額数億円のドレスを用意したらしいぞ!』

『でもエマが選んだのは、TSUMUGIって無名ブランドなんでしょ?』

『TSUMUGIの服、ただの白い布切れらしいじゃん。地味すぎてステージ映えしないでしょ』

『エマに恥をかかせる気か? 麗奈先生のドレスを着るべきだった!』


麗奈の息のかかったインフルエンサーたちが、ここぞとばかりにネガティブキャンペーンを展開し、『TSUMUGI』へのバッシングを加速させている。


一方、バックヤードの薄暗いモニタールーム。

つむぎは自分の手首をぎゅっと握りしめ、画面に映る無人のステージを、祈るように見つめていた。


「……布さん。お願い、エマさんを守ってあげて……」


緊張で震える紬の肩に、神宮寺じんぐうじの大きく温かい手が置かれた。


「案ずるな、紬。……君の魔法が、今、世界を黙らせる」




   ◆ ◆ ◆




重低音のイントロが響き渡る。

同時に、一筋の強烈なスポットライトが、ステージのセンターを射抜いた。


「…………え?」


そこに現れたエマ・ワトソンの姿に、数万人の観客が、一斉に息を呑んだ。

悲鳴すら上がらない、完璧な沈黙。


エマが纏っていたのは、誰も見たことがない『光の建築物』のようなドレスだった。


紬が仕立てた『オーロラ・シルク・ドレス』。

それが、ステージの強力な照明を浴びた瞬間。

布そのものが自ら発光しているかのように、七色の、繊細で暴力的なまでの輝きを放ち始めたのだ。


「……信じられない。あれ、最新のホログラム投影か!?」

「違う、布だ! 布そのものが、光を反射してオーロラを作ってるんだ!」


客席のプロの照明技師やデザイナーたちが、戦慄の声を上げる。

紬が計算し尽くした『乱反射の角度』。

繊維街の伝説の布『三代織さんだいおり』の持つ、微細な凹凸。

それがエマの動きに合わせて、彼女の周囲に本物のオーロラのような『光の衣』を形成していく。


宝石も、金糸も、何一つ使っていない。

純粋な『布の織り』と、紬の『カッティング技術』だけで生み出された、アナログの奇跡。


巨大なスカートが、エマのステップに合わせて、まるで意志を持っているかのように美しく空を舞う。

それは、重力という概念から完全に解放された、圧倒的な浮遊感だった。




   ◆ ◆ ◆




そして、パフォーマンスの変化は、視覚だけにとどまらなかった。


『〜〜〜〜〜〜〜ッ!!』


エマが歌い始めた瞬間。

世界中のファンが、耳を疑った。


これまでのエマの歌声は、圧倒的な声量でありながらも、どこか『痛々しさ』を伴うものだった。

しかし、今の彼女の歌声は、どこまでも澄み渡り、天の天井すら突き破るような『自由』をはらんでいた。


「……すごい。エマの声が、今までと全然違う……!」


バックヤードで、音響スタッフが震える声で呟く。


(……当然だ)


神宮寺は、モニターを見つめながら口角を吊り上げた。


紬がミリ単位で設計した『呼吸のためのゆとり(イセ込み)』が、エマの胸郭と横隔膜の動きを、一切の抵抗なく解放している。

祖母直伝の和裁の『抜き』を応用したサスペンション構造により、ドレスの重みは肩ではなく、空気そのものに分散されていた。

だからこそ、エマは二時間に及ぶ激しいダンスをこなしながらも、一度も呼吸を乱さず、最高の高音を出し続けることができるのだ。


「一体どういう型紙パターンを引けば、あんなことが可能なんだ……」


同業のトップデザイナーたちが、客席で頭を抱え、敗北を悟っていた。




   ◆ ◆ ◆




「……嘘よ。こんなの、あり得ない」


ステージの袖の暗がり。

美神麗奈みかみれいなは、あまりの美しさに腰を抜かし、床に這いつくばっていた。


彼女の横には、先ほどエマが脱ぎ捨てた『二十五キロの豪華ドレス』が、ただの布と石の塊として、ゴミのように放置されている。


「ただの白い布よ!? なんで、私の何千万円もかけた宝石より輝いているの!? なんで、エマはあんなに幸せそうに笑って歌っているのよ……!」


麗奈のスマホが、絶え間なく震え続けている。

SNSの空気は、たった一曲で完全に反転していた。


『#EmmaInTSUMUGI』が、世界トレンドの圧倒的1位に躍り出る。


『ルミエールの麗奈のドレス、前にエマが着てた時、肩に血が滲んでたらしいよ』

『TSUMUGIこそが、エマを重圧から解放したんだ!』

『麗奈のデザインって、着る人をマネキン扱いする時代遅れの象徴だよね』


麗奈への賞賛は、一瞬にして、軽蔑と批判の嵐へと変わった。


「美神」


呆然とする麗奈の横を、神宮寺が静かに通り過ぎる。


「お前の仕事は、着る人を輝かせることではなく、自分の虚栄心を誇示することだった。……その精神の腐敗が、この光の差だ。お前は今日、デザイナーとして完全に死んだ」


「…………ぁ、ぁぁっ」


麗奈は神宮寺の冷酷な言葉に、声にならない悲鳴を上げ、自分の顔を掻きむしった。




   ◆ ◆ ◆




二時間後。

熱狂の渦の中、最後の曲を歌い終えたエマが、鳴り止まないスタンディングオベーションの中、マイクを握り直した。


静かに、しかし力強い声が、競技場を包み込む。


『みんな、今日は本当にありがとう。……でも、今日、私が一番感謝したい人がいます』


エマの視線が、バックヤードのカメラへと向けられた。


『私に、この「自由」をくれたデザイナー、ツムギ。……彼女の服を着た瞬間、私は初めて自分の身体と和解し、心から、痛みを感じることなく歌うことができました』


「えっ……エマさん……」


モニタールームで、紬は両手で口を覆った。


『ツムギ。あなたが守ってくれた私の呼吸が、今日、世界中の空に届きました。……ありがとう、私の親愛なる魔法使い!』


エマの涙ながらの告白に、会場から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。


「……よかった。布さんも、エマさんも……みんな、笑ってくれてる」


紬の大きな瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

自分がただ、目の前の人の痛みを消したいと願って縫い合わせた服が、世界を感動で震わせている。


「紬……っ」


不意に、背後から強い力で抱きしめられた。

神宮寺だった。

彼は、誰の目もはばからず、紬の小さな身体を腕の中にすっぽりと閉じ込めた。


「神宮寺、さん……?」


「見たか、紬。……世界が、君の『優しさ』に跪いた。君はもう、誰の影でもない。誰にも手の届かない、唯一無二の存在になったんだ」


神宮寺の胸の奥で、何かが熱く、激しく脈打っていた。

押し寄せるメディアの群れから紬を隠すように、彼は自分のコートで彼女を包み込む。


「……これからの君の才能と、その涙を守るのは、俺だけの特権だ。誰にも渡さない」


耳元で囁かれた低く甘い声に、紬の心臓がトクンと大きく跳ねた。




   ◆ ◆ ◆




ステージの熱狂が冷めやらぬ中。

二人は喧騒を抜け出し、静かなリムジンの後部座席にいた。


「神宮寺さん……あんなに皆さんに褒められちゃうと、なんだか恥ずかしいです」


紬は、まだ少し赤い目で、ふにゃりと笑った。


「私、明日も日暮里の繊維街に行って、新しいつめながら、ひどく優しい顔で微笑んだ。


「ただし……今夜のショーで、TSUMUGIの公式サイトはサーバーがダウンした。世界中のセレブや王室から、君へのオーダーが殺到している。……明日から君は、世界で最も忙しく、そして最も愛されるデザイナーだぞ」


「ふぇっ!? お、王室ですか!? む、無理です、私まだ端切れの整理が……!」


慌てふためく紬の頭を、神宮寺は愛おしそうに撫でた。


伝説の幕開け。

しかし、光が強ければ強いほど、その影で蠢く闇もまた濃くなる。


競技場の暗いバックヤード。

泥水を啜るような屈辱に顔を歪めた麗奈が、バキバキにひび割れたスマホを握りしめていた。


「……認めない。あんな地味なネズミに、私が負けるなんて……絶対に、認めない」


麗奈の目に、狂気の色が宿る。


「柚木紬……あんたのその汚い『才能』、次は完全に、完膚なきまでに叩き潰してやるわ……!」


世界的な絶賛が渦巻く中。

追い詰められた偽りの女王による、最も卑劣な『盗作冤罪』の罠が、静かに発動しようとしていた。

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