義母が私でなく元婚約者を娘にしたいと言うので、協力することにしました
「好きだ、ミレーユ。君と共に人生を歩みたい」
そう告白された時、私は自分が幸せな物語の主人公なのだと信じて疑わなかった。
*
私、ミレーユ・カディオはカディオ男爵の三女である。今学期の初めに田舎から王都の王立学院に編入した。容姿平凡、家柄も大して。趣味と言えるのは学校の片隅の温室で花を育てることくらい。物語なら典型的な脇役だろう。
そんな私が現在お付き合いしているのが、同じ王立学院に通うセルジュ・アポリネール伯爵令息。優しく聡明で、私なんかにもったいない方である。
現在の関係は正式な婚約者一歩手前といったところ。我が家は子沢山ということもあって、私は配偶者選びに関して完全なる自由を与えられている。よって、後はアポリネール伯爵家に話をつけるだけだ。
そう話をしていた矢先、セルジュ様は急遽隣国ゴルトオーブに旅立った。理由は告げられず、一月ほどで帰るとだけ。だから婚約話は一時頓挫と思われた。
そんな折、婚約者となる娘に会っておきたいと、私はアポリネール伯爵邸に呼び出された。呼び主はセルジュ様のお母様、アポリネール伯爵夫人。お父様の伯爵はずいぶん前に亡くなっていて、今は彼女が女主人となっている。
将来のお義母様との初対面。私は張り切って訪問の用意を始めた。よそ行きのドレスを念入りにアイロンがけして、丹精込めて育てた花を朝のうちにつんで花束を作った。
そして到着した伯爵邸。私は応接室で伯爵夫人と対面する。
「初めまして。ミレーユ・カディオと申しま……」
「醜い子ねえ」
出会い頭に放たれた台詞に、私の心臓は大きく飛び跳ねた。
「地味な顔。貧相な身体。貧乏くさいドレス。そしてこの……雑草?」
メイドに渡した花束を、夫人は鼻で笑う。
「雑草を差し入れるなんて、随分と変わった趣味をお持ちだこと」
かああっと頬が熱くなる。温室で育てたこの花を、セルジュ様はきれいだと言ってくれたのに……。
みじめさに震える足で、私はなんとか席につく。
「あーあ、前の婚約者はかわいいいい子だったのにー」
夫人は大げさなため息をつく。
「前の、婚約者……」
「あら、ご存じなかったかしら。息子はコリンヌ・バルテル侯爵令嬢と婚約していたのよ」
コリンヌ様。名前は知っているが、面識はない。私が王立学院に編入してきた頃にはもう、コリンヌ様は表に顔を出すことがなくなっていたから。
「コリンヌちゃんはあなたと違って、家柄もよくて、なによりかわいくてねえ。夜会会場で初めて見た時から、この子が娘だったら! と思ったのよ。だから私から声をかけて、婚約話を取り付けたってわけ。コリンヌちゃんとはずっと仲良くしてて、一緒に出掛けては何着もドレスを買ってあげたっけ」
懐かしそうに笑った後、夫人は一変顔をゆがめる。
「だけど、馬鹿な息子は何を考えたのか、唐突に婚約を破棄してしまった」
なぜコリンヌ様が姿を消したか。その原因は、彼女が婚約破棄をされ、傷心から学校を去ったから。そして破棄を行ったのはほかでもないセルジュ様だ。
婚約破棄の理由は明かされておらず、あくまでセルジュ様の一方的なものだったとされている。そのため、セルジュ様は最低の男と当時批判を一身に受けていたものだった。
「セルジュには失望したわ。私の言うことは何でも聞くいい子だったのに、大切な縁談をぶち壊して。それもこれも全部いやらしい略奪女と出会ったせいよ。それがセルジュをだめにしたんだわ」
そう言って夫人は私をにらみつける。
「略奪女のくせに、よくもまあうちに顔出せたわよね。婚約破棄が起きたのは、ちょうどあなたが学院にやってきた頃。あなたがセルジュをたぶらかして、婚約を破棄するようにけしかけたんでしょう」
「そ、そんなこと……」
心当たりは全くない。編入直後は学校生活に慣れるので精いっぱいで、セルジュ様どころか、他の人々とも大した交流がない。
でも……分からない。結果として私はコリンヌ様の後釜に収まっている。もしかしたら、私が何か良くない影響を与えたのかも……。
「あなたさえいなければ、セルジュは素敵な婚約者と結婚して幸せになっていたのに。あの子の幸せをあなたがぶち壊したのよ」
セルジュ様の幸せを、私が壊した……。
元婚約者のコリンヌ様は素晴らしい方だったと聞く。私と付き合うより、彼女といる方がよっぽどいいことだろう。そして私がいなければ、今頃も二人は幸せに過ごしていたんだ。
「……私は、身を引きます」
最低だ。セルジュ様に告白されて、舞い上がって。私は幸せな物語の主人公なんかじゃない。無害な脇役ですらない。物語をぶち壊す悪役だった。
「だけど、それだけでは償いが足りません。元通りにさせてください。コリンヌ様にもう一度戻ってきてはくれないか交渉して参ります。セルジュ様に、私のことを捨てて、コリンヌ様ともう一度幸せになっていただくために」
私は夫人にそう誓った。こうして、略奪女たる私が婚約者とその元婚約者を復縁させるという、奇妙な物語が始まったのである。
*
次の日から、私はコリンヌ様の行方を探し始めた。侯爵家に連絡を取ってみたところ、彼女は籍を抜かれて王都郊外の修道院に入れられてしまったという。
そんな……。目の前が真っ暗になる。本来、婚約破棄をされた側は圧倒的に被害者。それでも、婚約破棄された令嬢は傷物という風潮はいまだ残り、こうした憂き目を見ることも珍しくないのだ。
私はコリンヌ様が送られたという修道院を訪ねた。しかし、そこにコリンヌ様の影はなかった。牧師様いわく、到着早々彼女は修道院を飛び出してしまったらしい。今は下町で過ごしているとのこと。
下町と言われたはいいけど、その実態は飲み屋や遊び場が立ち並ぶ繫華街だ。異様な熱気にもまれながら、私は見た目の情報と名前で聞き込みを続ける。そして十日目、ついにコリンヌ様と思われる女性を発見した。
この方が……コリンヌ様。たまり場で男性に囲まれている女性を、私は観察する。噂通り物凄い美人だ。明るい金髪に青い瞳。髪型もしっかりセットされているし、着ている服も当世風だ。
「誰よ、あなた」
視線に気が付いたコリンヌ様が、私に目を向ける。
「わ、私、ミレーユと申します! アポリネール伯爵からの使いとしてやってきました。少々お時間いただけないでしょうか」
「アポリネール……。ああ、センジュみたいな名前の、元婚約者の家ね」
「セルジュです」
とりあえず訂正した私は、落ち着いて話をできる喫茶店へと場所を移す。私がこの場は払うと言うと、コリンヌ様は机いっぱいの食べ物を注文した。
「あなたの分もちょうだい」
大量のケーキを頬張りながら、コリンヌ様は私のプリンにフォークを刺す。これが甘え上手というやつなんだろう。
「で、あなたはセルジュの何なの?」
「新しい婚約者になるはず……でした」
もごもごとそう言った後、
「ごめんなさい!」
と、私はテーブルに額を打ち付ける勢いで頭を下げた。
「は?」
「私が全ての元凶なんです。私がお二人の仲を邪魔して、婚約破棄騒動を引き起こしてしまった。そのせいでコリンヌ様にはご迷惑をおかけして……。いったいどうお詫びすればいいか」
コリンヌ様はしばらくぽかんとしていたけれど、
「あ、ああー! そうそう!」
と、合点がいったように手をたたいた。
「まったく最低よね。あなたに惚れたからって私に婚約破棄してきて。そのせいで私は心に傷を負って学院にいられなくなったし、一家の恥さらしとして家から籍を抜かれ、今では平民暮らし。やってられないわ」
「つらい状況、お察しします。ですが、私は自身の罪深さを認識し、セルジュ様の前から去る決意をいたしました。そこで、コリンヌ様にもう一度セルジュ様と婚約を結んでいただきたく思うのです。アポリネール伯爵夫人も、ぜひコリンヌ様を家に迎えたいと」
「今からまた婚約できるの!?」
コリンヌ様は甲高い声を出す。
「夫人がそう強く望まれています。そして今回は、もっと強い契約を伯爵家と結ぶのです。婚約でなく、養子縁組という」
我が国では、養子縁組によるつながりが強く保護されている。才能のある者を一族に迎え入れるため、かつて高位貴族による養子縁組が盛んにおこなわれた。しかしその結果、養子が期待する成果を出さなければ、見限って容易く捨ててしまうという状況が生まれ、著しく人道に反すると問題視された。そこで我が国では養子縁組をした場合、十年間は縁組を解消してはいけないという厳しいルールが課せられているのだ。
これを逆手にとって、将来の婚約者を養子として囲い込んでしまい、決して破棄されない婚約とする、というやり方が昨今は流行りの兆しを見せている。私が今回提案しているのがこれである。
「もちろん結ぶわ! これでまた貴族に戻れるもの! ああ、楽しみ。ドレスも新調して、宝石も買って……」
嬉しそうに飛び跳ねるコリンヌ様。
「どうか幸せになってください」
私は微笑む。これでいいんだ。これでみんな幸せになれる。そう必死に言い聞かせ、胸の痛みに気付かないふりをした。
*
その後、コリンヌ様はアポリネール伯爵夫人と養子縁組をした。今はもう伯爵邸に移っているらしい。私みたいなのじゃなく、かわいい娘がやってきて、夫人は幸せにやっていることだろう。
私の生活は静かだった。朝起きて学校に行って、花の世話をする。その繰り返し。昔もそうだった。彼に出会う前まではーー
「大丈夫、ミレーユ?」
重いじょうろによろける私を支える腕。振り向けば、見慣れた優しい顔がそこにある。
「……お帰りなさい、セルジュ様」
ついに彼が帰ってきてしまった。
「やっぱりここは落ち着くね。ミレーユがそばにいてくれるからかな」
温室の椅子に腰を下ろし、セルジュ様は静かに微笑んだ。
「それで、話って?」
言わなくちゃ。しっかりけじめをつけるために。
「婚約は辞退させてください。今日で私たちはお別れです。私とではセルジュ様は幸せになれませんから」
そう言って温室を飛び出そうとする私の腕を、セルジュ様がぎゅっと捕まえた。
「嫌だ」
いつも穏やかなセルジュ様は、だけどその時きっぱりとそう言った。
「君のことを愛してる。生まれて初めて、自分の意志で好きになった。共に生きたいと思った。失うなんて考えられない」
だめ。勘違いしそうになる。彼が結ばれるべきは私じゃないのに。
「セルジュ様は私のことなど捨てて、コリンヌ様と幸せになってください!」
「どうしてコリンヌ嬢のことを……。まさか誰かに……母上か!」
セルジュ様の表情がこわばる。
「何があった。全部教えてくれ」
この人の前で噓をつけない。私は全て打ち明けた。
「ちょうどいい。私も彼女と決着をつけようと思っていたところだ」
話を聞き終えた後、セルジュ様は瞳の奥ではめらめらと強い炎が燃えていた。
*
伯爵邸に赴くと、そこでは伯爵夫人、そして着飾ったコリンヌ様がくつろいでいた。
「お帰りなさい、と言いたいところだけど、まだそんな略奪女に傾倒してるとはね。恥を知りなさい」
夫人は私たち二人をにらみつけるけれど、セルジュ様は私の身体を引き寄せて、
「ミレーユを侮辱しないでください」
と、にらみかえした。
「やあ、久しいね、コリンヌ嬢」
「ひ、久しぶり。その節はどうも」
セルジュ様に微笑まれたコリンヌ嬢は、妙に挙動不審になる。婚約を破棄されたのに、「どうも」と言うのも引っかかる。
「ああ、あなたは知らなかったわよね。コリンヌちゃんのことを、正式に娘として迎え入れたの。その略……娘が罪滅ぼしに少しは働いたのよ。おかげさまで毎日が楽しいわ」
ねー、と笑顔を交わす夫人とコリンヌ様。
「おめでとうございます。あなたはずっと娘を欲しがっていましたものね」
祝福の言葉を口にするセルジュ様。だけどのその目はひどく冷めていた。
「私の娘で、そしてあなたの未来の妻なのよ。二度と婚約破棄なんて馬鹿な真似はさせないわ。その娘にだってもう何もできやしないんだから」
夫人は勝ち誇った表情を浮かべる。
「そういえば、どうして私が婚約破棄をしたか、その理由を話したことがありませんでしたね」
セルジュ様がそう言った時、コリンヌ様の肩がびくりと跳ねた。
「え……。もしかしてみんなに言ってないの……?」
「知っていたら、母上が君を受け入れたいと言うと思うかい?」
静かに告げるセルジュ様に、コリンヌ様はきまり悪そうな表情を浮かべる。
「婚約破棄の理由。それは、コリンヌ嬢がアルドワン公爵令息と恋仲になり、関係を持ったからです」
その瞬間、部屋の中の人々の動きが止まった。深い沈黙の中、ほんの一瞬だけよ、とコリンヌ様だけが唇を尖らせる。
アルドワン公爵家は我が国でも最高の権力を持つ家で、決してその逆鱗に触れてはいけないと言われている。そして、確かその令息には婚約者が……。
「そのことにアルドワン公爵令息の婚約者、メラニー第四王女殿下が気付かれた。殿下は自分の目の届く場所にコリンヌ嬢をおきたくないと言われ、また公爵家も息子と彼女の接触を避けることを望んだ。かくして、侯爵家は責任を取って娘を除籍し、修道院に入れることになったが、そんなことをすれば醜聞が知れ渡ってしまう。それは同時に、アルドワン公爵家、ひいては王家の名誉にも傷をつけることだった。そのために、私が身勝手に婚約を破棄し、それに傷ついたコリンヌ嬢が王都を離れたというシナリオが作られた」
「そんな。コリンヌちゃんが、別の男性と……」
めまいを起こし、ソファに倒れ込む伯爵夫人。
「そういう言い方はやめて、セルジュ! 別に彼に執着してるわけじゃないわ。他にも相手がいるもの。ほら、リアル、セザール、ティモシー、ガーランド……」
懇意の男性を数え始めるコリンヌ様。なるほど。無邪気にこういうことをなさる、貴族社会で一番危険とみなされるタイプなのか。
「彼女の貞操観念など、残念ながら些末な問題ですよ。一番の問題は、彼女を受け入れるということは、公爵家、そして王家を敵に回すことということです。婚約破棄は、私なりに我が家を守ろうというつもりもあったのですが、養女として迎え入れてしまった以上、彼らとの関係が悪化することは避けられないでしょうね」
セルジュ様は平坦な声で言う。
「ついでに申し上げると、コリンヌ嬢には借金があります。違法賭博に金を突っ込む癖は中々抜けないようで。ああ、それと散財癖も。養子縁組した以上、これらの支払い義務も伯爵家に発生するでしょうね」
明かされていく事実に、夫人の顔色はどんどん悪化していく。白粉を厚くはたいているはずの顔は、今では土色になってしまっている。
「他人事みたいに言ってないで、なんとかしなさいよ! あなたは私の息子なのよ! 家族の一員なのよ!」
わめく夫人に、
「他人事ですよ」
と、セルジュ様は一枚の紙面を机に置いた。
「私は既にこの家から離脱しています」
それは離脱証明のうつしだった。
「私が先日まで隣国ゴルトオーブに行っていたのは、その国の公爵に嫁いだ父上の妹――叔母上に会うためでした。その口利きで、街を一つ任せてもらえることになりましてね。夏が終わる前に、この国を出ます。あなたの支配から逃れ、本当に自由になるために」
突然の宣言に、部屋中の全員が口を開けた。もちろん私も。
「ど、どういうことよ! そんなの認めないわ! だって領地経営も、屋敷のあれこれも、全部あなたの仕事じゃない。いなくなったら私の暮らしはどうなるの!? あなたは私を不幸にするつもりなの!?」
夫人の絶叫に、私は確信した。この人はセルジュ様の幸せなんて願っていない。ずっと自分のことだけなのだ。自分の幸せのために、言いなりになる便利な息子が必要なだけなのだ。
「知りません。かわいい娘のコリンヌ嬢に助けてもらえばいいのでは?」
セルジュ様はちらりとそちらに視線をやったが、コリンヌ様は何が起きているのか理解できていないようで、かわいい顔をこてんとかしげるだけだった。
「私はミレーユを愛しています。それをあなたに邪魔される筋合いはありません。まして、彼女を値踏みし、侮辱される筋合いなど。ミレーユを傷つけたこと、私は絶対に許しませんから。二度と私に……私たちに関わらないでください」
ずっと思い通りだった息子。それが今、静かな怒りを燃やしている。そのあまりの迫力に、夫人は何も返すことができず、ただただ唇をかみしめるだけだった。
*
「ああ、すっきりした。生まれて初めて母上に言いたいことが言えて」
伯爵邸を出た後、セルジュ様は大きく伸びをした。
「ありがとう、ミレーユ。嫌な現場に付き合ってくれて。おまけに、偶然とはいえ、母上にコリンヌ嬢という特大の爆弾をプレゼントしてくれて。私が出て行って、ただでさえ家の中のあれこれが回らないのに、莫大な借金、そして貴族社会の火種まで抱え込んだんだ。多少母上も痛い目を見るだろう。もちろんコリンヌ嬢自身も」
セルジュ様はふっと笑う。
「ほ、本当にそんなつもりじゃなかったんです! コリンヌ様と一緒になるのがセルジュ様の幸福なんだと思って。でも、全く見当違いなことをしていたみたいで……」
婚約破棄騒動の際、セルジュ様はコリンヌ様に裏切られてひどく傷ついたはずだ。それなのに私は彼をコリンヌ様と結びつけようとして……。何という暴挙に出てしまったんだろう。
「コリンヌ様のこと、言ってほしかったです。きっとその時、セルジュ様は一番辛かったはずだから。話してくれたら、少しは楽になれたんじゃないかって」
「そうだね。あの時、侯爵家も公爵家も王家ですら、私に対して手を差し伸べてはくれなかった。母上も私を責めるばかりだったし。いくら私が身を尽くしても、相手は私に手を差し伸べてはくれない。そう知ってひどく空虚な心地だったのを覚えてる」
だけど、とセルジュ様は続ける。
「そんなある日、どうも校内の居心地が悪くて、私は外れにある温室に迷い込んだ。そこでミレーユ、君と出会った。君は私が悪名高い婚約破棄者だと分かったはずだ。それでも君はただ静かにそばにいて、そしてこれをくれた」
セルジュ様がポケットから出したのは、押し花のしおりだった。あの日、元気がなさそうなセルジュ様に私が渡したもの。取っておいてくれたんだ。
「こんなにも純粋な気持ちで何かをもらったのは初めてで。私はとても嬉しかったんだ。だから、自分の意志でまた君に会いたいと思った。一緒にいたいと思った。好きになった」
彼の言葉の一つ一つが私の胸を熱くする。
「私はずっと母上の、そして周囲の望む通りに生きてきた。周囲の幸福の踏み台としての人生の中で、自分の望みが何なのかも分からずに。だけど、ミレーユと出会って、初めて何かを望むということを知った。そしてそのための勇気を手に入れたんだ」
「分かります。私もセルジュ様のためなら何だってできる気がするんです」
「元婚約者との仲を取り持つことも?」
セルジュ様は静かな瞳で私を見つめた。
「……だって、愛する人には幸せになってほしいんです。自分がそばにいられなくても、セルジュ様が幸せでいてくれたら、それが一番だから」
「君は本当に優しいね。いつも別の誰かの幸せを願おうとする」
そう言った彼は、なんだか少し寂しげだった。
「私はこの国を出ようと思う。君はどうする?」
「私……?」
もちろんついていく、そう言いかけた私をセルジュ様が止める。
「ミレーユ、君自身の幸せを考えて、そして決断してほしいんだ。私のために犠牲になる必要なんてない。君の人生はほかでもない君自身のものなんだから」
ああ、そうか。この人もまた、心から私のことを思ってくれているんだ。そのことが嬉しかった。
でも、私の答えは揺るがない。セルジュ様を失うと知った時の胸の痛み。それが正しいことだと言い聞かせても、決して消えなかった痛みが、自分が何を望んでいるのかを教えてくれた。
「私はセルジュ様のことが好きです。大好きです。一緒にいたい。誰にも渡したくない。だから、ついていきます。それが外国でも、海の底でも、世界の果てまでだって追いかけます。セルジュ様がいやだって言ってもやめません!」
抑えていた気持ちがあふれ出し、めちゃくちゃなことを言ってしまい、慌てて口を押える。どうしよう、恥ずかしさで顔があげられない。
「……ごめんなさい。私、実はかなりわがままみたいで。嫌いになりましたか」
「いいや」
優しい声に、私は顔を上げる。
「もっと好きになったよ」
微笑んだ瞳の中で、自分もまた同じ表情を浮かべているのが見えた。それに、私は予感に似た確信を抱いた。愛する彼と自分が幸せになる、そんな物語を描いていける確信を。




