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動き出した歯車

※ゴリゴリのBLです。苦手な方はブラウザバックを推奨します。

~天使病:症例L31観察記録~


2019年9月8日

羽根: 成長なし

活動量: 良好。夜間、回し車での活発な運動を確認。特効薬試作品『メランコリカル1』の初期効果と推測される。


~~~~~


2019年9月11日

羽根: 前日比+3mm

活動量: 低下。四肢の動きが緩慢になり始めている。


2019年9月12日

羽根: 前日比+10mm

活動量: 著しく低下。回し車への興味を喪失。ケージ内を徘徊するが、頻繁に虚空を見つめたまま硬直する。天使病による感情の剥離が進行していると思われる。


~~~~~


【2019年9月14日】

羽根: 前日比+20mm

活動量: 昏睡に近い状態。経口摂取不可のため、点滴による輸液管理へ移行。保定時も身動ぎ一つせず、外部刺激への反応が消失。


【2019年9月15日】

羽根による精神的、肉体的な損耗が著しく、生命維持は不可能と判断。安楽死の処置が決定。


備考: 羽根の切断による延命案をリファ博士に提言したが、費用対効果が見込めないとして却下された。「医師ではなく科学者として判断を下すように」との指摘を受ける。


結論: 特効薬試作品『メランコリカル1』は、発症初期の抑制には一定の効果を認めるが、変異細胞の影響を凌駕するには至らなかった。次期試作型の開発が急がれる。




-----




 夕勤から帰ってきて、時刻は午前1時。家着に着替え、一休みしようとリビングに向かった。すると、扉の上部についた磨りガラス越しに、オレンジの薄明かりが見えた。先客がルームライトを点けているのだろう。


 いるのがリファならいいが、アイツは夜間であることも気にせず、普通に天井照明を点ける。隣接する家がないにも関わらず、こんな几帳面な配慮をするのはファインに違いない。


 ここ一週間、廊下ですれ違わないよう通り道を変えたり、食事の時間をズラしたり、彼と顔を合わせないようにしていた。裏切られた訳ではないが、男同士と分かっていながら、歩み寄られたのが恨めしかったのだ。最初から脈無しなら、そう言ってくれればよかったじゃないか。変に配慮されたせいで、逆に傷ついた。


 でも、俺と真剣に向き合ってくれていたのは確かで、糾弾したいのに嫌いになれなかった。今まで付き合ってきた女性は皆、権力目当てに俺の恋心を弄んだ。だけど彼は、決してそんな事はしなかった。だから余計に顔を合わせられない。勘違いした俺が悪いのに、天使のように慈悲深い彼を、サタンとして見てしまうから。


 リビングに入るか否か、しばらく思案した末に、ドアノブへ手を掛けた。俺が同居を誘ったのだから、今さら出ていってくれなんて頼めない。そうなれば、この気まずい空気は解消するべきだ。ちゃんと話し合って、妥協点を見つけよう。


 ノックして扉を開けた時、俺は目を見開いた。ソファに座るファインは、生気が抜けた顔でじっとルームライトの明かりを見つめていたのだ。淡い光に照らされた彼は、精巧に作られたビスクドールのようで、不気味なほど絵になっている。体の一番弱いところを、ギュッと握りしめられた気分だ。


 クソッ、本当に腹が立つ。どうしてそんなに綺麗に生まれてきた。きっとこいつは、過去に何人もの男を無自覚に誑かし、絶望させている。前言撤回、こいつは天使じゃなくて堕天使だ。


「まだ起きてたのか。早く寝た方がいいんじゃないか?」


 八つ当たりで嫌味を言ってしまう。しかしファインは、一瞬こちらに目配せしただけで、すぐに視線を戻した。少しは言い返せよ、つまんない奴。本当にお人形さんになっちゃったのかよ。


 溜め息を吐き、俺は向かいのソファに座る。するとファインが、下を向いたまま問いかけてきた。


「結論は出ましたか?」


 温度を伴わない、冷たい声。本当は心底どうだっていいのに、社交辞令として聞いたのだろう。俺も、なんてことないように答えた。


「嫌いになったわ、お前のこと」


 自分でもビックリするぐらい、スルッと言葉が出てきた。言ってしまって初めて、心拍数が上昇する。


 嘘だ、嘘だよ。どうか聞き入れないでくれ。焦って、悲しんで、拒んでくれよ。お前のこと手放したくない。


 ファインはゆっくりと顔を上げ、呟いた。


「どうして、泣きそうな顔をしているんですか?」


 グッと唇を噛む。血が滲んで、鉄臭い味が口に広がった。


「しょうがないだろ」


 喉から絞り出した声は酷く震えていた。目頭が熱くなって、止めどなく涙が溢れてくる。


「なんで俺を受け入れたわけ? どうでもいい存在だから、適当にあしらえばいいと思ってた?」


「違います。拒否する理由がなかったからです。今の時代、同性愛は特別な事ではありませんから」


「なんだよそれ。少しは選べばいいじゃんか。俺の操り人形じゃないんだからさ。何でもかんでも受け入れりゃ良いってもんじゃないだろ」


「…………」


 押し黙り、長い沈黙が訪れる。壁掛け時計の秒針が鳴らす、カチッカチッという音だけが、無機質に響いた。暖房を点けていないため、冷えた空気が指先の体温を奪っていく。涙が乾いて、冷静な思考が戻り始めた。ファインはどうして、こんな寒いところに居座っていたのだろうか?


 永遠のように感じられた静けさに、彼が幕を下ろす。


「私にだって、受け入れられないことはあります。今日、向精神薬開発のために天使病を発症させたラットを、この手で解き放ちました。あの子が衰弱していく様子を、私はただただ見ている事しかできなかったんです。延命を提言しましたが、リファ博士からは却下されました」


 短く息を吸い、思い切り感情を吐き出した。


「私は、あの子を生かしたかったのに!」


 グシャグシャに顔を歪め、閉じた瞼から大粒の涙を溢れさせた。


 俺は反射的に立ち上がり、ファインを腕の中へ迎えにいく。こんなに深い悲しみに暮れていたのに、どうして気づいてあげられなかったんだ。それどころか、自分のエゴを押しつけてしまった。


「俺になら、全部吐き出してもいい」


 こんなの償いにも何にもならない。だけど、少しでも心の霧を晴らしてあげたかった。ファインが俺にしてくれたように。


 背中を擦ると、彼は肩に顔を埋めてしゃくりあげた。命の存続を重視する医者であった彼にとって、誰よりも大切な弟と同じ病のラットを安楽死させるのは、どれだけ辛い選択だっただろうか。


「こんなことで泣いてちゃ駄目なのに、どうしても辛くて……完璧な薬を作るためなら、どんなことでも受け入れて、手段を選ばないと決めたのに……私は、博士の助手失格です」


「そんなことない。多くの人間を救えるのは、誰よりも命を尊重できる奴だ。リファだって心が痛まないわけじゃない」


 小さく頷き、彼は「ウウッ」と呻き声を上げた。


「ごめんなさいダリアン。私、貴方に辛い思いをさせたのに、慰めさせてしまって」


「いいんだ。俺の方こそ、ごめん」


 男か女かなんてどうでもいい。こんなに一生懸命で真っ直ぐな人、突き放せるわけないだろ。あんなに未練タラタラだった時点で、結論は分かりきっていたじゃないか。俺はやっぱり、ファインのことが好きだ。




-----

 



 体を包むこの温もりが、永遠に続いてほしい。ふと、そんな思いが浮上した。お調子者ですぐ拗ねる。だけど本当に、優しい人。


 私も男性が恋愛対象な訳じゃなかった。むしろ恋愛なんて、これまでの人生で一回も経験したことがなかったし、これから先も無縁だろうと思っていた。それなのに、彼は私の心のドアを叩いた。常に冷静沈着でいるようにと言い聞かせ、閉ざしていた激情を解き放ってしまった。


「ダリアン、私はまだ、ここにいてもいいですか?」


「あぁ」


 彼の声が耳に染み込む。薄氷が崩れて剥き出しになった脆い心を、不格好に、けれど確かな厚みをもって包まれた。この人の傍にいられたら、どれだけ痛みが解きほぐれるだろうか。胸に刺さって抜けなかった棘を、彼は抜き取り、傷口をそっと塞いでくれたのだ。


 しばらくの間、私は大きな傘の下で雨がやむのを待った。最初は土砂降りだったけれど、徐々に小雨になっていき、一時間もすれば一滴の雫も零れなくなる。雲はまだまだ晴れないが、視界の乱れはなくなり、迷わず道を進めるようになっていた。


「ありがとう、ダリアン」


 私が前を向くと、彼は腕を離し、目を合わせてきた。


「俺さ、やっぱりファインのことが好きだよ」


 双眸の満月に私の顔が映る。なんて間抜けな、呆けた表情をしているのだろう。おかしくなって、笑い声が漏れてしまった。


「フッ、ククッ!」


「なっ、笑うなよ! やっぱりお前、俺のことからかってたのか!?」


「いえ、すみません。私があまりにも情けない顔をしていたものですから、つい面白くなってしまって。こんな様相になることもあるんですね、私」


 彼といると、ますます新しい知見が増える。ジト目で睨んでくる彼に、念を押してフォローした。


「本当ですよ。私も貴方と共にいたい。そう思いましたから」


 抱き締められた時に感じた事を素直に告白すると、彼はアルカリに反応したフェノールフタレイン溶液みたいに、頬を真っピンクに染めた。


「えっ、いや、えっ!!?? それってファインも、俺のこと好きって、コト!?」


「……そう、かもしれません」


 芽生えたばかりの気持ちに戸惑いがあり、思わず曖昧な返答をしてしまった。頭のてっぺんから足の先まで、火照っていくのを感じる。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしながら、ダリアンは私をまじまじと見つめ、再び腕の中に閉じ込めた。


「…………嫌じゃない?」


 意地らしく上目遣いで尋ねられた。縺れたままの導線で、私の思考回路はグルグル回る。並列繋ぎだった考えは、やがて直列繋ぎへと変わり、閃光のように答えを灯した。


「はい。好きです、ダリアン」


 口にした時、私の頭はショートした。目を合わせられなくなって、彼の胸に額を押し付ける。「はわっ」と鳴き声が聞こえてきたかと思えば、しばしの沈黙の後に顎を掬われた。


 熱い感触が唇に押し当てられる。

これにて完結です。ご拝読ありがとうございました。

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