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衝撃の告白

※ものすごく人を選ぶ内容です。何でも許せる方向けです

 冷たい風が肌を撫でる。空はどんよりと雲に覆われ、今にも雨が降りそうだ。寒さから一刻も早く逃れたくて、渡り廊下を駆け抜ける。研究所に着くと、更衣室で滅菌と着替えを済まし、飼育室へと向かった。


 加湿器を置いたり、酸素を薄くしたり、生育環境の違うラットのケージが30個ある。その中から、攻撃の際に分泌されるフェロモンを、床材に染み込ませた個体を観察した。


 灰色の毛に紛れて、小さく白い羽根が背中から生えている。歓喜と悪寒が同時にやってきて、胸の鼓動が忙しなくなった。詳細な記録をタブレットに記し、実験室と繋がる扉を開ける。


「博士、L31が天使病を発症しました」


 上ずりそうなのを努めて堪え、はっきりとした声で報告した。顕微鏡を覗いていた博士は顔を上げ、「見せて」と一言、タブレットを指さす。隣に座り、先ほど取った記録を見せると、博士は私の肩にポンと手を置いた。


「助手入りしてまだ一週間だというのに、もう成果を上げるとはね。流石だよファイン君」


「お褒めに与り光栄です」


 深く頭を下げ、暫時喜びにひたる。それから襟を正して顔を上げた。


「本番はここからですね」


「そうだね。試作品はどこまで天使病に太刀打ちできるのか、身が引き締まるよ」


 私達は顔を合わせ、大きく頷いた。


『天使病』は、背中から神経伝達物質を吸って成長する羽が生えるという、奇病の症状の一種。患者は徐々に感情を失い、衰弱していく。発症例は極めて少なく、有効な治療法は見つかっていない。


 より多くの人を救うなら普通、患者が多い症状の治療から着手するのが定石だ。しかし博士は、数値化しにくい精神回復のプロセスを、羽の成長度合いで測れる天使病に目を付けた。その治療薬ができたら、他の精神疾患も治せるという訳である。この計画を聞いた時、やはり天才は着眼点が違うなと感心した。


 さっそく、特効薬の試作品をL31に投与する。この子は朝から回し車で爆走するほど元気だったのに、今日は動きが鈍くなっていた。注射中もやけに大人しく、変容ぶりに胸が痛む。どうか、効き目がありますように。


 開発中の特効薬は非常に繊細で、使用期限は二日だけ。大量に作り置きできないので、調合はこまめに行う。必要な薬品と道具をテキパキと揃え、作業を開始した。ビーカーを煮沸消毒していると、湯煎で薬品を溶かしている博士が、疑問を投げてきた。


「ファイン君の家は荒れていたのかい?」


「えっ?」


「常に敵意を感じる高ストレス下に置くことで、意図的に天使病を発症させる。このロジックは、実体験から着想を得たのではないかと思ってね」


 私は苦笑し、博士の推理を否定した。


「違いますよ。過去の患者について詳しく調査したところ、争いが耐えない土地で育っていたという共通点を見つけたんです。私の先祖も戦争で暗躍した功績から、『ギフト』の姓を授けられました」


「あぁ、ファイン君の母国で『ギフト』は、『毒』という意味だったね。だいたい予想はつくけど、どんな暗躍をしたんだい?」


 博士は眉間に皺を寄せながらも、瞳に好奇心を宿らせた。


「医師として敵国に潜り込み、治療と偽って兵士を大量毒殺したんです。こんな非人道的な事ができたのは、感情を失くしていたおかげでしょうね。


 話を戻すと、エーデルが天使病を発症した原因は、今の家庭環境ではなく先祖からの遺伝なんです」


 本当にうんざりする話だ。エーデル自身は何も罪を犯していないのに、なぜあんな目に遇わなければならないのか。軽く溜め息が溢れる。


 煮沸消毒が終わり、お湯を捨てようと鍋を持ち上げた。その時、勢い余って中身が腹部にかかってしまう。


「熱ッ!」


「大丈夫かい!? 早く服を脱い……」


 途中で言葉を切り、博士はなぜか顔を赤らめた。


「ごめん、後ろを向くね」


「いえ、結構です」


 湯煎中の薬品から目を離したくないだろうと思い、お手を煩わせないため、手早く上着を脱いだ。博士はあんぐりと口を開け、徐々に顔から気が抜けていった。


「ハ、ハハハ! びっくりした!」


 急に笑い声を上げたかと思えば、「ゴホン」と咳払いをし、平常な佇まいに戻る。


「ファイン君、替えが無かったら、私の服を借りていいよ。それから、薬の調合が終わったら休憩にしよう。色々と聞きたいことがあるんだ」


「分かりました。お気遣い感謝いたします」


 疑問が頭に渦巻きつつ、私は更衣室に向かった。どうして上着を脱いだだけで、博士はあんなに慌てたのだろう? 何か盛大なすれ違いをしていたのではないか、そんな予感がした。




-----




 帰宅して早々、俺は研究所に向かった。ここ3日間、ファインが食事している姿を見ていない。リファはいつもの事だが、彼女は助手になったばかりだ。無理をしていないか心配になり、様子を見に行くことにしたのである。


 日が暮れて、急激に冷え込んだ渡り廊下を歩いていると、向こうからリファとファインがやってきた。


「おかえりダリアン。今帰ってきたところかい?」


「おう。二人がちゃんと飯食ってるか気になって、様子を見に来たんだ」


「相変わらず過保護だな」


 リファは面倒臭そうに眉を潜める。気絶してる所を何回も俺に発見されてる癖に、よくそんなことが言えたなと肩をすくめた。


 本命のファインはいたって健康そうで、目にクマもできていない。だが、俺と目が合うと気まずそうに視線を反らした。引っ掛かりを覚え、よくよく彼女を見てみれば、リファの上着を着ていた。サァァッと血の気が引いていく。


「ファイン、その服……」


「あっ、これですか? リファ博士に貸してもらったんです。お湯を溢してしまいまして」


 今度は何気ない態度で答えられて、ますます混乱した。いや、なんで男の服を平然と借りられんの? そんなもの見せられて、俺がどういう気持ちになるか分かんないの? こんなのもう絶対、ナニかあったに決まってんじゃん。


「本当に、お湯を溢しただけなんだよな……?」


 恐る恐る尋ねると、ファインは「はい」と答えた。なぜ念を押されたのか分からないと言いたげな、とぼけた顔をしている。良かった、リファに抜け駆けされた訳ではなさそうだ。


 いや、何も良くないが!?


「火傷は大丈夫か!? リファ、ちょっとファイン借りてくぜ」


「いいよ。私は先にダイニングに行って、夕食を取っているからね」


「えっ!? あ、あの……」


 戸惑うファインの手を取り、リビングまで駆けていった。彼女をソファに座らせ、俺はその前で膝立ちする。


「痛かっただろ? ごめん、ちょっと服をたくしあげてくれないか?」


 所在なさげに瞳を揺らし、彼女は首を横に振った。


「大丈夫です。朝の出来事ですから、処置はもう済ませてあります」


「そうか。悪い、キモかったよな」


 庇護欲で燃え盛っていた情熱の炎が、みるみる萎んでいった。居心地の悪い羞恥心だけが、燃えカスのように残る。


「そんなことありません。ただ、私は貴方に告白したい事があって、どう伝えたものかと悩んでいたんです」


 告白だって? ごくりと唾を呑み、真っ直ぐ顔を上げた。彼女は腿の上で固く拳を握り、話し始める。


「リファ博士から上着を貸してもらった時、大きな認識齟齬があると気づきました。単刀直入に言うと、私は男です」


 ドンガラガッシャンと、盛大に幻影の城が壊れる音がした。膝に力が入らなくなり、その場にぺシャンと座り込んでしまう。気が遠退いてきたが、ファインがまだ何か喋っているので、どうにか聞き耳を立てた。


「私は今日まで、自分が女性に見えることを知りませんでした。可愛いと言われることは多々ありましたが、周りは年上の方ばかりだったので、幼子を愛でる感覚だと認識していました。ですからダリアンは、男性が恋愛対象なのかと思っていたんです」


 サファイアブルーの瞳は、あまりにも真摯で眩しい光を放っている。長い睫毛も、涙黒子も、たおやかなピンクブロンドの髪も、今は直視できない。


 俺は今まで、男に一目惚れしたと告白し、デートに浮かれ、下心満載で同居を誘っていたのか。ファインは医者だから、同性愛への理解が深く、抵抗もあまりなかったのだろう。でも、俺は正直理解できない。そういう界隈について、意識したことすらなかった。


 俺は、俺は……女性じゃないファインを、どういう目で見ればいい?


「ごめん、分かんない。ちょっと、距離を置かせてくれないか? 考える時間がほしい」


 震える唇をなんとか動かし、やっとの思いで伝える。ファインは静かに「分かりました」と答え、リビングを出ていった。世界から色が無くなった気がした。

謝罪:ネタバレを避けるため、ボーイズラブタグをつけずに投稿してしまったこと、誠に申し訳ございません。

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