波乱の初デート
「すみません、お待たせしました!」
ファイン先生が駆け足でこちらに向かってきた。清潔な白いシャツにアイボリーのニットベスト、紺色のスキニーパンツに白いスニーカーという、ボーイッシュな服装をしている。もっとフェミニンな私服を想像していたが、これはこれでアリだ。
慌てるファイン先生に、俺は首を横に振った。
「いやいや、全然待ってませんよ。俺は楽しみすぎて、一時間前に来ちゃっただけなんで。それよりファイン先生、今日の服よくお似合いですね」
「本当ですか? ありがとうございます。ダンデレオンさんもモノトーンコーデのおかげで、髪のすみれ色と瞳の金色が際立って綺麗ですね」
「へっ? 俺が、綺麗……?」
顔に熱が集まっていくのを感じた。「全然待ってませんよ」とか言って気取ったのに、これじゃ台無しだ。照れを振り払うように、俺は話を切り替える。
「そ、そうだ、お昼にはまだ早いですけど、もうカフェ開いてますし、混む前に入っちゃいましょう」
ファイン先生の左斜め前に進み出て、カフェへと向かった。重厚な木製扉を開けて店内に入ると、「お好きなお席へどうぞ」と店員さんに勧められ、俺は無意識に日の当たらない席を選んでしまう。
「いっけね、今日は窓際でもいいんだった。ファイン先生、どこがいいですか?」
「私はここでいいですよ。日差しが苦手なんですか?」
「いえ。アルビノ体質のリファに合わせて、いつもは日陰を選ぶようにしていたので、つい癖で」
「ダンデレオンさんは優しいですね。先ほども、私をエスコートしてくださいましたよね?」
「ん? あぁ! 何の疑問も持たずに前へ出てました。職業病ですかね」
「ハハッ」と苦笑すると、ファイン先生は訝しげな顔をした。何か不味いことを言ってしまっただろうか? ドキッとして、咄嗟にメニューを掴む。
「えーっと、ここ、パンが自家製で、トーストが美味しいらしいですよ」
誤魔化しのトークを交えつつそれを見せると、ファイン先生はザッと目を通した。
「じゃあ私、アボカドトーストとダージリンティーにします」
「もう決めたんですか!?」
「はい、医者は即決力が無いと勤まりませんので。私も職業病ですね。お気になさらず、じっくり選んでください」
機嫌を取り戻し、ファイン先生は照れ臭そうに笑った。俺は安堵して、メニュー表に顔を移す。
注文を済ませると、二人っきりの世界が広がった。昨日から話したい事を沢山考えていたのに、頭が真っ白で何も思い出せない。でも2つだけ絶対に話したい事があり、それは思い出せた。まずは軽い方の話題から入ろう。
「ファイン先生、こうしてお近づきになるにあたって、是非ともお願いしたいことがあるんです。俺のこと、『ダリアン』ってあだ名で呼んでくれませんか」
「ダリアン、可愛いらしいあだ名ですね。では私のことも、ファインと呼び捨てにしてください、ダリアン」
うわっ、すご、いいの!? 高嶺の花にあだ名で呼ばれて、その上呼び捨てを許されるなんて!
「分かった、ファイン」
心の距離が一気に近づいた気がした。あまりの嬉しさに、思わず笑い声が漏れる。
「クッ、ハハッ! 舞い上がっちゃってるな、俺」
「私も、同年代の人と接する機会があまり無かったので、こうしてお話しできるのはとても楽しいです」
ファインが満面の笑みになった。俺は肩の荷を下ろし、腕を組む。
「ほんと? 良かったぁ。俺に言い寄られて迷惑してないか心配で。ほら、ファインが本当に仲良くなりたいのはリファの方だろ?」
ヤバい、気を抜きすぎた。つい本音が出てしまった。咳払いして別の話題に移そうとするが、ファインに先を越されてしまう。
「先ほどから、私の褒め言葉全て否定されるので、何が不満なのかと気になっていましたが、そう言う事だったんですね」
サファイアブルーの瞳に、氷のような冷たさが宿った。
「リファ博士の助手になるため、結果的に貴方を利用してしまった事は謝ります。誠に申し訳ございませんでした」
ファイン先生は立ち上がり、両サイドに垂れた前髪を耳にかけ、深々と頭を下げる。縮まった距離が元通りどころか、深い溝ができてしまった。自分の失態に目眩がする。
椅子に座り直した先生は、冷たい目のまま話を続けた。
「ですが、私がダリアンを綺麗だと思ったこと、優しくて頼りになると感心したこと、お話しできて楽しいと感じたことは本心です。私が仲良くしたいと思った人のことを、蔑むのはやめてください」
キッパリそう言うと、ファインは俺の右手を強く握った。お互い深く見つめ合って、そこでようやく気が付く。彼女の瞳の冷たさは、哀しみによるものだったのだと。
言われた言葉を何度か反芻して飲み込むと、俺は途端に目を合わせられなくなった。
「そんなこと言われたら、俺、ファインのこともっと好きになっちまう……」
「その気持ち、押し込めないでください。心は何よりも大切な器官ですから」
とても真剣に忠言された。そこまで言うなら、二つ目の絶対にしたかった話をしてもいいだろうか? それは、以前から考えていた同居の提案だ。
「じゃあ、結構重いこと言っていい? リファの研究室って、俺達の自宅の隣にあんの。だから、助手として働きだしたら、一緒に住まない?」
ファインの手が、俺の右手から離された。
「私にとって有益な提案であることは承知します。通勤の手間が省け、博士とお話しできる時間も増えるので、時間を最大限研究に活用できるでしょう。
ただ、ダリアンがその提案を持ちかけてきたのは、私と恋仲になるためですよね?」
やっぱり迷惑がられている気がする。俺は力無く頷き、そのまま俯いた。
「やはりそうでしたか。今はまだ、私は貴方と同じ気持ちにはなれません。だからもっと、貴方のことを教えてください」
パッと顔を上げると、ファインは手の平をこちらに向けた。俺はそれを握り、今度は力強く頷く。
「チャンスをくれてありがとう」
ファインは微笑み、握手を解いた。名残惜しさを感じつつ、熱が残る手をゆっくりと引き戻す。
一段落着いた所で、ちょうど頼んでいた料理が運ばれてきた。ファインが頼んだアボカドトーストは、ライ麦バゲットにクリームチーズとスライスしたアボカド、胡椒の実が乗っている。彩りがよく、いかにも女性が好みそうだ。即決していたのも頷ける。
俺が頼んだのはハムチーズトーストで、厚切りの食パンの間から、豪快にチーズが溢れだしていた。カフェの料理は男からしたら物足りないことも多いが、これは満足できそうだ。
飲み物はそれぞれ、ダージリンティーとホットコーヒーである。ファインはそのことを話題にした。
「ダリアンって、この国の方にしては珍しく、コーヒー派なんですね」
「あぁ。俺はハーブ類が苦手で、紅茶もあまり得意じゃないんだ。ファインの国はどっち派が多い?」
入院中何度か話す機会があり、ファインは別の国出身だと聞いていた。その国は非常に医療が発展しており、医大に入るのも卒業するのも難しいという。話を聞いた時は流石だなぁと感心したものだ。
ダージリンティーを一口、彼女は答える。
「私の国は、圧倒的にコーヒー派が多いですね。私も、こちらに来て初めて紅茶を飲んだぐらいです」
「へー。それなのにファインは、紅茶派になったのか?」
「はい。今までに嗅いだことのない匂いや味が気に入りまして。私、新しい体験をすることが好きなんです。実家はしきたりが多かったので、その反動ですかね」
トーストを切り分けていたナイフとフォークを置き、俺はポンッと手を叩いた。
「その気持ちめっちゃ分かる! 俺も両親が厳格な人だったから、初めてハンバーガー食べた時は感動した!」
ファインの目が興味深そうに光った。
「ハンバーガー、ですか。私はまだ、食べたことがありませんね」
「ほんと? それならいつか、一緒に食べに行こうぜ。俺、この世で一番旨いものはファストフードだと思ってる」
「フフッ、それは楽しみですね」
俺とファインは住む世界がまるで違うと思っていたが、境遇は似ている所があるようだ。それから俺達は、自然と話に花が咲いた。
時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は午後12時。お昼時になり店が混み始めた。お互い料理を食べ終え、カップに残った飲み物も残り僅かだ。そろそろ店を出なければならない。
ファインは両手を膝に乗せ、こちらに真っ直ぐ目線を向けた。
「私、こんなにのんびり過ごせたのは初めてです。とても充実した時間になりました。もしよければ、またご一緒に食事させてください」
柔らかな笑みに胸の鼓動が高鳴る。
「えっ、え、え!? いいの!? ぜひ、ぜひ!!」
嬉しさのあまり、俺は言葉にならない声を発してしまった。それでもファインはより一層笑みを深める。危うい一時もあったが、向こうから次を誘ってもらえるぐらい仲良くなれたようだ。初デートの出来は上々である。
カフェを出た後、お互い名残惜しさを表情に浮かべながら手を振った。帰り道を、高く昇った太陽がキラキラと照らしていた。




