筋肉悪役令嬢!〜何度ループしても悪役令嬢として断罪されるので、市井で生きていくために筋トレ始めました〜
何度も何度もやり直した。
謂れのない罪で糾弾され、断罪されることを。
希少な光属性を持つ聖女として、平民の身でありながら王立学園に入学した少女ルビー。私は彼女を虐めたとして断罪される。
時には国外追放になり、時には平民の身に落とされる。
でも、どんな結果になろうとも私は市井で生きていくことができず、野垂れ死ぬのだ。
その後、私はなぜか10歳に巻き戻って人生をやり直すことになる。
そんなことを何回も繰り返して、それでも断罪を回避することはできなかった。
だったら、断罪を回避しようと頑張るよりも、市井で生きて行けるようになればいいのではないか? と考えるようになったのも、自然な流れだった。
「お父様、剣術を習いたいです」
「何? 剣術を? 女の身でそんなものを習ってどうする」
「いいではないですか。私はどうしても剣術を習いたいのです。習わせていただけるまで、食事は摂りません!」
私は何度も何度も父に嘆願し、剣術を習う許可を得た。
令嬢としての教育はループの間に嫌と言うほど受けたから、もう身についている。そのため家庭教師はわがままを言ってクビにして、持てる時間の全てを体を鍛えたり平民として生きていくための技能を身につけるのに割いた。
急な私の変貌に、家族は「シャーリーの気が狂った!」と大騒ぎだったが、知ったことではない。
断罪されて野垂れ死ぬくらいなら、私は岩に齧り付いてでも生きて、このループを抜け出してやるのだ!
鍛錬の休憩時間は、厨房に潜り込んで料理を見学する。平民になったら自分で食事を作らなければならないから、簡単なスープぐらいは作れるように練習した。
料理人たちは大層驚いていたけれど、人からどう見られるかなんて気にしている場合じゃない。
平民の金銭感覚を身につけるために、下女や下男にもあれこれと聞いて回った。
私の計画では、今のうちに剣技と魔法を鍛えて、断罪されたら冒険者になって身を立てる予定なのだ。
たとえワケありの貴族令嬢でも、冒険者ギルドにだったら登録できる。
そのためには、まず、鍛錬、鍛錬、鍛錬だ。
ひたすら筋トレを繰り返す私を見て、母は嘆いていたが、関係ない。
そうして、王立学園に入る頃には、私はムキムキの筋肉令嬢になっていた。
「シャーリーお嬢様、どうしてそこまで鍛錬をなさるのですか?」
昔からついてくれている侍女のアンナが問いかける。
「何かあった時のためよ、何か、ね」
私は未来からループしてきたなどとは言えずに、ぼかしてそう言う。アンナは私が冤罪で断罪された時も大層嘆いてくれて、追放される時も色々と心配して細々したものを持たせてくれたので、信頼している。
それから、王立学園での生活が始まった。
15歳で入学する一年目は、平和に終わる。問題は、17歳の時に編入してくる平民のルビーだ。
彼女は同じ学園に通う王太子や騎士団長の息子、宰相の息子などを片っ端から魅了してしまう。そして、なぜか私は聖女ルビーを虐めた加害者として、断罪されることになる。
身に覚えのない罪で毎回糾弾されるのは辛いけれど、どう足掻いても回避できなかったんだから仕方がない。
「シャーリー様、ひどいわ! ルビー様の教科書を破くなんて……」
「シャーリー様がルビー様を階段から突き落としたらしいですよ」
「ルビー様のドレスを汚したのって、シャーリー様が嫌がらせでやったんですって」
今回も、そんな噂がまことしやかに流される。
私はもう悪役令嬢として、決まった運命の中に乗せられている気分だった。
そして、卒業記念パーティーの日、ついに断罪の時は来る。
「シャーリー・アンダーソン伯爵令嬢! お前をルビーを虐めた罪で告発する!」
王太子が卒業記念パーティーの広間の中央で大声を上げる。
「はぁ。わかりましたわ。今度は国外追放ですの? それとも平民へ落とすんですの?」
私はいつも通りのやり取りにうんざりして、さっさと済ませようと話を進める。
「今度は……? まぁいい。お前には平民に落ちてもらう! やったことの報いを受けるがいい!」
やったことも何も、私は何もやっていないんだけど……。
嘆息しつつも、もうどう足掻いても断罪劇は避けられたことがなかったから、諦めて受け入れる。平民に落ちても大丈夫なように、準備はしっかり進めてきたしね。
「では、シャーリー・アンダーソン。貴様は平民としてこの卒業記念パーティーから出て行ってもらおう!」
王太子の近衛たちに両脇を掴まれ、広間から連れ出された。このまま私は実家で荷物をまとめて、平民として市井に放り出されるのだろう。いつもの如く。
両親との仲は良好になるように気を付けてきたけれど、何度ループしても両親はこの断罪劇以降私を信じてくれず、罪人として放逐してくる展開になる。
それならば、と私は実家の庭にある納屋の中に、旅の供になる荷物をまとめて隠しておいたのだ。
実家に戻ってドレスから平民の服装に着替えたら、両親に別れを告げて納屋へ行く。
そこには旅に役立つ保存食や着替えの類の入ったリュックサック、そして剣がおいてあった。
リュックサックを背負い、剣を腰に佩いて準備を整えた。
さて、これからどうしようか。
まずは計画通り、冒険者ギルドに行こうかと考える。冒険者として生きていけるように、今まで剣技や魔法を鍛えてきたのだ。
貴族街から王都の大通りに出て、下町の方へと歩いていく。
平民の服に身を包んでいるとはいえ、豊かで艶やかな金の髪に、日焼けを知らない白い肌はよく目立つ。
少しガラの悪いものたちからも、目をつけられている気配がした。
少し面倒なことになりそうな気配に、うんざりする。
そうこうしているうちに冒険者ギルドに辿り着き、私はギルド加入の手続きをするべく受付へ向かった。
「おい嬢ちゃん。なんでこんなところに来てるんだ? お金持ちのお嬢ちゃんが遊びにくるようなところじゃね……!?」
絡んできた冒険者がいたので、その腕を取ってサッと固め技をかける。
冒険者ギルドで剣を抜いたら問題児扱いされてしまうものね。私は徒手空拳の技もそれなりに身につけているのだ。
「ちょ、は、離せ! イテテテ!」
「絡まないでちょうだい。わたくし、それなりに強くってよ?」
「わかった! わかったから!」
関節を曲がらない方向に曲げながら恫喝すると、ガラの悪いおじさんは素直に頷いてくれた。その姿に満足して固め技を解く。
周りは騒然としながら私たちを見ていた。
「とんでもねぇ女が来たぞ……」
「なんなんだあの高速の固め技は!?」
「結構美人……俺も固められたい……」
冒険者たちは口々に好き勝手なことを言っている。それを放置して、私は冒険者ギルドへの登録を済ませた。
登録を済ませた私は、早速ダンジョンへと向かう。
「あ、あの、そちらのダンジョンは上級冒険者向けで……、危険性も高くって……。初心者冒険者向けのダンジョンはこちらにっ」
「大丈夫よ。わたくしは上級魔法も使えるから」
魔術師における冒険者の等級は、使える魔法の等級と等しい。私は上級魔法に加えて剣術も使えるから、上級冒険者向けのダンジョンでも通用するはずだ。
上級ダンジョンに潜り込み、私は次々と魔物を殲滅していく。
「なんだ? あの女は!?」
「たった一人でオーガの群れを殲滅しただと……!」
周囲の冒険者たちが上げる驚きの声が耳に心地いい。そうしてあっという間に深層まで行くと、ドラゴン相手に苦戦している冒険者パーティーが居た。
「あら、助太刀いたしましょうか?」
私が声をかけると、冒険者パーティーの一人が振り返る。
「頼む! 想定外に強くて、もう魔力が尽きそうなんだ!」
「かしこまりましてよ!」
マントを翻し、私は高く飛び上がった。ドラゴンの顔付近までくると、大きな牙が私に向かって迫ってくる。牙の上にひらりと飛び乗った私は、そのまま竜ドラゴンの目へと剣を突き立てた。
「ぐ、グオアァァ!」
ドラゴンが咆哮をあげ、闇雲に暴れ始めた。ひと足さきに牙の上からひらりと飛び降りていた私は、そのまま上級魔法の『炎槍』を十本同時に展開してドラゴンを攻撃する。
「すごい、上級魔法を十個も同時展開してる……」
感嘆の声が冒険者パーティーから漏れ出る。
ドラゴンを倒した私は、消耗している冒険者パーティーに近寄って行った。
「大丈夫ですこと? 回復薬なら予備がありますわ」
「あ、ありがとう。君は一体何者なんだ?」
「さあ、何者でしょう。乙女の秘密ですわ」
私は巻きスカートを翻しながら微笑んだ。
それからも、他の冒険者たちと交流を積みながら私はダンジョン攻略に励んだ。
そんな忙しないながらも平和な日々が続いていた時のこと……。
「邪神復活の兆し……?」
そんな噂が、市井に広まっていたのだ。
邪神は、光の女神と対立する、魔物を生み出し人間を脅かす悪しき神である。
その邪神が復活しようとは……。
その噂に加えて、こんな噂も流れ始めていた。
邪神に対して有効な、希少な光属性を持つ聖女ルビーが、偽物なのではないかと言う噂である。
聖女であれば、『光の女神の祝福』という魔法を使えるはずなのに、それを使う形跡がないのだ。
その上、聖女ルビーのいる王立学園に瘴気が蔓延するようになってきたという。
「王立学園の調査?」
それに伴って、冒険者ギルドには、王立学園の敷地調査をしてほしいという依頼が出ていた。上級冒険者に対する指名依頼で、その中には私の名前も含まれている。
「今更、あの学園に戻ることになろうとはねぇ」
感慨深く呟く。私は先日深層で助けた冒険者パーティーと一緒に、王立学園の調査に向かうことになった。
「アークウェルさん。準備はできまして?」
「ああ、ばっちりだ。シャーリー嬢」
装備を整えた私たちは、瘴気で汚染された王立学園へ乗り込む。
学生たちは不安げな表情で、瘴気払いの聖布を口に当てながら歩いている。
光属性魔法を使える聖女がいるはずなのに、この惨状はどうしたことだろう。
うっすらと黒い靄の漂う学園内に踏み込みつつ、まずは調査の挨拶をするべく学長室へ向かう。
すると、学長室の隣にある生徒会室から、王太子と聖女ルビー、そしてその取り巻きたちが出てきた。
「なっ、シャーリー・アンダーソン!? どうしてここに! またルビーに危害を加えようと侵入してきたのか!」
「違いますわ、王太子殿下。わたくしは冒険者ギルドからの正式な指名依頼で瘴気の調査に参ったのですわ。そこの、聖女と呼ばれているのになぜか瘴気を祓う力がない方が役に立たないようですから」
「なんだと!?」
王太子はいきり立ち、腰の剣に手をかける。
「嘘だと思うなら冒険者ギルドにお問い合わせくださいませ。とにかく、わたくしたちは調査があるので学長にご挨拶させていただきますわ」
話の通じない王太子を放って学長室へと入り、調査の許可を得る。
それから、広大な敷地を有する王立学園の調査が始まった。
講義棟に訓練場、庭園に庭師の小屋まで、ありとあらゆるところを探る。そうして探っていると、瘴気の濃度に差があることに気がついた。
濃度が濃い方へ濃い方へと、調査を進めていく。
「この辺りはひどいな……」
敷地内にある演習用の森の中に進んでいくと、瘴気が一際濃い地域があった。そこには得体の知れない石碑があり、瘴気が噴き出してきている。
「この石碑を調べましょう」
押したり引いたり、石碑の周辺を調べたりしていると、石碑がゴゴゴと音を立てて動いた。地下への道が露わになる。
「いかにも怪しいって感じですわね」
「そうだな。警戒して進むか」
アークウェルさんと共にパーティーを先導して地下への階段を降りていく。
一番下まで辿り着くと、そこにはいかにも邪神の神殿といった様相の遺跡があった。
「うわぁ、禍々しい……」
「邪神の地下神殿かしら」
神殿の邪神像から、瘴気が噴き出している。
「……っ!? 下がれ!」
私たちが邪神像を見つめていると、その巨像がゴリゴリと低い音を立てて動き出す。
「これって動くの!?」
「ゴーレム型モンスターか。ここで戦うと崩落の危険がある、いったん地上へ出よう!」
アークウェルの指示で、私たちは地上への階段を駆け上がる。地上に出ると、地下から重たい地響きが鳴り響き、地面が陥没した。
邪神像が崩落した地盤から飛び出してくる。
「アークウェル! 戦闘準備よ!」
「わかってる!」
私たちは巨像のゴーレムとの戦闘を開始した。
剣で切り付け、弓を射掛け、魔法をぶつけるが、なかなか邪神像には通用しない。
「炎槍が通用しない!?」
やはり、邪神の眷属ともなると、光魔法でなければ通用しないのだろうか。
私たちが困っていると、森の浅い所から騒ぎを聞きつけた生徒会の面々が現れた。
王太子に聖女ルビー、騎士団長の息子に宰相の息子もいる。
「この騒ぎは何事だ!」
「これはちょうどいいところに聖女様。瘴気の原因を調査していたのですわ。そしたら、邪神の地下神殿がありまして」
私は邪神像の攻撃を避けながら、聖女様に説明する。
聖女ルビーが本物なのであれば、この邪神像も倒すことができるはずだ。しかし……。
「ルビー、光魔法を使うんだ!」
「え、えぇ。殿下……」
王太子の言葉に、ルビーは顔を青くした。
光魔法が手から放たれるが、それは酷く弱々しい。
「何をしているんだ、ルビー! もっと強く、光魔法を放つんだ!」
「で、殿下。無理ですわ。私、えっと……、邪神が恐ろしくて力が出ません!」
ルビーはよくわからない言い訳をもごもごと言いながら、この場から逃げ出そうと背を向ける。
その背中に向かって、邪神像が太く重たい腕を振り下ろした。
「きゃ、キャァぁぁ!」
「ルビー!」
ルビーが悲鳴をあげて、その場に倒れ伏す。
すると、不思議なことにルビーの体から、白く光輝く一つの宝石が飛び出してきた。
『ようやく外に出られました。何度もループさせて、ようやく』
感慨深げな声が、その宝石から飛び出してくる。
「な、何?」
みんなが狼狽えていると、宝石の光に気圧されたように、邪神像が一歩後ろに下がった。
『シャーリー、あなたこそが真の聖女です。聖女の資格のないものがわたくし、光の女神の宝玉を手にしたがために、世界に歪みが生じておりました。さあ、シャーリー、宝玉を手に取り、聖女として目覚めるのです』
「光の女神様!?」
驚きの声をあげつつも、胸元に飛び込んできた宝玉を手に取る。すると、光の魔力が全身に溢れ出した。
そして……。今まで鍛え上げた筋肉が、光に満ち溢れた。
「す、すごい! 力が溢れてくるわ!」
私は光の魔力を全身に循環させると、剣を手に取り、改めて邪神像へと向かっていった。
「さあ、邪神、尋常に勝負よ!」
ゴーレムの腕が、足が、私の方へ向かって飛んでくる。それを真正面から受け止めて、拳で粉砕していく。
光の魔力に満ち溢れた私の体は、ゴーレムに対して特攻を得ていた。
光の魔力を剣に纏わせると、剣を邪神像の胸部に突き立てる。
すると、ガラガラと音を立てて邪神像はただの石に帰っていった。
「やったわね」
「すごい、シャーリー嬢、見事だ!」
アークウェルさんが私を褒め称えてくれる。
勝利の余韻に浸りたいところだけれど、まずは先に片付けないといけないことがある。
「聖女様……。いえ、偽聖女ルビー」
「に、偽聖女なんて……」
「そ、そうだ。ルビーを偽物呼ばわりするなど!」
王太子とルビーが抗議してくるが、その声は弱々しい。
「さっきの光の女神様のお言葉を聞いていたでしょう? ルビー、あなたは光の女神様の宝玉を盗んだのね。そのせいで世界に歪みが生じていた」
その歪みが、真の聖女の資格を持つ私を陥れるように世界を歪め、そして光の女神様が対抗するように時間をループさせていたのだろう。
何度も何度も断罪され、飢え、病気になり、時には裏路地でリンチにあってのたれ死んだ。
そんな目にあったのも、全てはルビーが光の宝玉を盗んで偽物の聖女を名乗っていたせいだと思うと、憎たらしい。
「真の聖女として、あなたには然るべき罰を下させてもらいます。王太子も、わたくしを陥れた報いは受けていただきますよ」
冷たい声で宣言すると、二人は地面に崩れ落ちた。
それから、ルビーは光の女神様の宝玉を盗んだ罪で断罪され、王太子も廃嫡されて第二王子が跡を継ぐことになった。
私は伯爵令嬢の立場に戻れることになったが、今の冒険者生活を気に入っているので辞退した。
今の私は、一介の上級冒険者として、アークウェルさんのパーティーに入り冒険を続けている。
「さあ、今日も一狩り行きますわよー!」
光を纏わせた筋肉を輝かせながら、私の冒険はまだまだ続くのだった。




