黒い?ボトル
私は出張で、ド田舎の工場を訪ねた。バブル期には大儲けしていたらしいが、今や沈んだ静けさだけが敷地に残っている。この工場では、話にならない。今の仕事には、まったく手応えがなかった。
帰り道、さびついた街道沿いで、妙に主張の強い自動販売機を見つけた。
一番端の列に「お楽しみ」というボタン。黒ラベルに「?」のペットボトル。
好奇心に負けて押すと、本当に黒ラベルのボトルが転がり出てきた。
さすがに怪しみ、ラベル欄を睨んだ。
「エネルギー:50〜300キロカロリー」。その表記を見た瞬間、小声で「〜ってありかよ」と突っ込んだが、なぜか捨てる気にはなれなかった。
キャップをひねると、あたたかい柑橘の甘い香り。なぜかその香りは知っている気がした。覗き込むと、白濁した液体がゆっくり揺れている。冷たくもなく、温かくもない、常温。怖い。でも、それ以上に強烈に惹かれた。
私は意を決してひとくち飲んだ。
その瞬間、胸の奥にざわっと震えが走った。
懐かしい。なぜかとても、懐かしかった。
それなのに、どこで飲んだ味なのか思い出せない。舌の奥がざわつき、胸が妙に温かくなる。
もう一口、軽くすする。
すると、ふいに風景が揺れた。
次の瞬間、私は見たことのない光景の中に立っていた。
──明るすぎる照明。
景気の良さが服を着て歩いているような笑顔。工場のゲートには「年間利益 過去最高!」と横断幕。
そこは、さっきの寂れた工場の “バブル期そのもの” だった。作業服の人たちが汗を流しながらも誇らしげに笑っている。
豪快な笑い声。
飛び交うボーナスの金額。
新車の自慢。
プレハブに乱立する観葉植物。
私はただ立ち尽くす。
懐かしい味の正体は──この空気だったのか。
私は確かな手応えを感じ、現在へ戻るために意識を集中した。風景はぐにゃりと歪み、視界の色が急速に褪せていく。
──気づけば、私はまた街道沿いの寂れた工場前に立っていた。
明らかに危険な飲み物だ。しかし、まるでバブル期の遺伝子を持っているように、その世界に引き込まれた。ゴクリと喉を鳴らす。私は、成功の匂いに飢えていた。
そして、工場の扉をもう一度叩いた。
この付近に工場はここしかない。つまりこの飲み物は、ここで製造しているに違いなかった。これは中高年層に受けること間違いなし。
私はトントン拍子に工場長と契約した。そして、徹底的に品質と安全性を考慮して、全国にこの飲み物を売り捌いた。
すると、売れる売れる。飛ぶように売れる。
やはり中高年層にとてつもなくヒットした。バブル期の記憶を持つ人はその懐かしさから涙を流して喜ぶ人もいた。
そして人々は徐々にバブル期を思い出し、金を湯水のように使い出した。景気が潤い、どこもかしこも賑わっている。それは金を持て余した中高年層が、バブル期を再来させているようだった。
しかし気づけば、若者だけが急激に貧しくなっていた。
──ある日、50代の男性が街中で突然泣き崩れた。「あの頃に帰りたい。帰りたいんだ」と繰り返しながら、ボトルを握りしめていた。それを皮切りに、同じ年代の人々が次々と発狂したように街へ溢れ始めた。
そして、「近頃の若いもんがすべて悪いんだ」と、徒党を組み社会を壊し始めた。
街には黒ラベルのボトルが大量に転がっている。その液体の泡はパチンッと弾けた。
そして世界は──音を立てずに壊れていった。
壊れたのは景気でも秩序でもない。
未来を信じる力、そのものだった。
バブル期の世界を実際に探検してみたい今日この頃。




